【Fly!! 〜白濁の聖英機〜】
ボンゴレ☆ビガンゴ
【Fly!! 〜白濁の聖英機〜】
〜そう、この物語は新たな太陽が、生まれるまでの物語である〜
【
聖装軍第3558特別進撃隊の猛者たちが一堂に会していた。その数、400000000人……そう、四億人である。
隊員たちは皆、精悍な顔つきであった。過酷な訓練を耐え抜き、幾人もの仲間の屍を乗り越え、今まさに出撃の晴れ舞台を目の前に控えているのだ。年齢はバラバラだが、少年兵も、老兵も等しく鍛え上げられた肉体は戦闘服の上からでもわかるほど膨張している。
四億の兵の、八億の瞳からの視線を一身に受け、大隊長は壇上に雄々しく屹立し、力強く隊員の姿を見つめ返していた。兵達は、聖なる騎士、すなわち『聖士』と呼ばれ、内地の人々の憧れの的である。その聖士たちは皆、直立不動の姿勢で大隊長の言葉を待っていた。シンとした張り詰めた空気、緊張感はあれど聖士達の立ち姿は凛々しく、その眼差しは鋭い。
四億の同胞を見渡してから、大隊長は大きく息を吸い、拳を突き上げ絶叫した。
「ここにぃ!!! 集まれしツワモノどもよッ。時は……きたッ! 我らが悲願を達成するために! 今こそ立ち上がるのだッ!!」
たった一人の男の声は広大な大地に轟き、空気をビリビリと震わせた。四億の兵全てに響き渡るほどの、とてつもない声量であった。そして、四億の聖士たちは、その崇高で真っ直ぐな精神の源である魂魄を吐き出すように、大きく口を開け、握り締めた拳を高らかに突き上げ、叫び声で返した。
「「うおおおおお!!!!」」
四億の叫び声である。その雄叫びは地響きとなり、大地を揺るがし、世界を震撼させた。
「皆の者ッ!! 今までッ! 多くの同輩がこの地より旅立ちッ!! 儚くも散っていったァ!! 今日までに出撃した隊の数は3557ッ!! 誰一人として、目的地に辿り着く事なく、その尊い人生に幕を閉じたのだ。しかしッ!! 彼らは無駄死になどではないッ!! 諸君らは勇敢なる勇者達の遺志を継ぎ、未来に希望の『種』を残すために、命を賭けて戦うのだッ!!」
「「うおおおおおっ!!!!!」」
兵達の雄叫びは天を突く。
「今回の作戦、目的は一つッ!! 険しい旅路の果てにある『子宮殿の園』にたどり着き!! 囚われし卵姫を助け出し!! 我らが悲願! 『
「「うおおおおぉ!!!」」
「四億の愛しい同輩よッ! 諸君らは第3558特別進撃隊の誇りを胸に、命を賭けて戦ってほしい! 死を恐れるな! 死を愛しく胸に抱け! そして、笑って死んで行け!! たった一人だ! たったひとりでいい! 卵姫のもとにたどり着くのだッ!!! 各員!!!!健闘を祈るッ!!」
大隊長が力の限り叫び、四億の聖士も力の限り叫び返す。男達の熱いパトスが空気を熱していく。空気が沸騰するかの如き燃え盛る大気だ。むせ返るような男の匂い!これぞ、『
そのとき!!
聖士達の
この『男根世界』から別の世界、通称『膣界』へ渡るための『白濁虹の黒橋』と呼ばれる橋が架かった合図なのだ。
ついにこの時が来たのだ。
「……時間だッ!! 栄誉ある第3558特別進撃隊よッ!! ついに出撃の時だッ!!!」
大隊長の声に四億が叫び声で応じる。
「うおおおおおお!!!!!」
「各隊! 出撃準備にかかれぃ!!」
大隊長の号令とともに、統率のとれた動きでシャトルに向かう兵達。巨大な白いシャトルが数千機、片道分の燃料を載せて待機していた。兵達はシャトルに乗り込み、格納庫にズラリとならんだ巨大な人型機動兵器に乗り込んでいく。機動兵器の名は『聖英機』。膣界用人型決戦兵器である。
聖士達はコクピットに収まりシートベルトを締め、計器を確認する。機内には作戦本部からの無線が忙しなく交差していた。内地から飛ぶオペレーターの声にも緊張が滲んでいた。
『オーガズム準備完了まで残り30秒!』
『エミッション作業オールグリーン!』
『続いてイジャキュレーションへ移行!』
『各員、機体の最終チェック急げ」
慌ただしくオペレーターの声が飛び交い、シャトルが傾き、発射体制に固定される。兵達の表情は一様に……固いッ。
巨大人型兵器を何体も積んだシャトルの中、正確に言えば『第3558特別進撃隊258小隊ドビュッシー隊』のシャトルの中で、一人の少年兵は胸の鼓動を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。
「……おい、アムーラル。緊張してんのか」
回線を開き、軽口を叩いてきたのはシャラルク。アムーラルがモニターに目をやると、まだ幼さの残るシェラルクの顔が映る。シャラルクはアムーラルと幼い頃から一緒に育ってきた同い年の少年である。
「緊張なんかしてないよ。やることやるだけさ。膣界にたどり着いたら、脇目も振らずに駆ける。敵の攻撃を避けて飛ぶ。聖英機の稼働時間は限られているから、死ぬまで走る。それだけさ」
「ふん、相変わらず淡白だな。聖士だけに。なんつって。はは。大丈夫さ。きっとうまくいく」
「シャラルクは少し緊張しろよ」
呆れて言いながらも、彼のおかげで緊張が解かれていくのをアムーラルは感じた。
「ま、もしお前がやられそうになったら、このシャラルク様が華麗に守ってやるから安心しな」
「シャラルクに守られるくらいなら、おとなしく撃墜されてやるよ」
「なーにー!」
「おら、お前ら、無駄口叩いてると、射聖の際に舌を噛むぞ!」
小隊長からの無線。二人は肩をすくめて口を閉じた。どちらにせよ、シャトルがうまく『膣界』ににたどり着けなければ外気に触れ、あっけなく死ぬだけだ。……いや、うまく『膣界』に侵入できたとしても、『
だが、もとより片道切符と覚悟は決めてきた。きっと自分もどうせ死ぬんだ。なら、思いっきり暴れてやるさ……。アムーラルはスピーカーから流れるオペレーターの声を目を閉じて聞き入った。
『発射角度調整! 完了!』
『イジャキュレーション準備完了……オーガズム来ます!!』
『ブースター起動! 防御液表層包囲完了! ……第3558特別進撃隊の諸君! 健闘を祈る!!』
シャトルが轟音とともに振動する。
「野郎ども!! 派手にぶちかましてやろうぜ!!」
「うおおおおっ!!!」
小隊長の声と絶叫のような兵達の声。振動は高まっていく。
『シャトルナンバー001から300まで、レッツ! オーガズムッ!! 』
『ラジャー! レッツ・オーガズムッ!!』
『レッツ・オーガズム!!』
『シャトル!!発射ぁぁ!!!』
ブースターが轟音をとどろかせ、シャトルはカタパルトを飛び出した。
シートに体を押さえつけられる程の凄まじいGを感じながら、アムーラルはぎゅっと目を閉じた。
次々と打ち上げられていくシャトル達。花火大会のフィナーレのように壮大な景色であった。
アムーラルはGの重みに耐えながら、聖英機のモニターにシャトル外部のカメラを接続した。幾千ものシャトルが白いブースターの煙の尾を引きながら飛んでいくのが確認できる。これだけの数のシャトルが一斉に飛び出したのだ。
今度こそ、我らの悲願、
シャトルの軌道が安定し、機内にほんの少しの安堵感が満ちた時、前方の隊員がざわめき出した。
「おかしい。なにかがおかしい!」
「どうした!? これは……まさか」
ざわめきはアムーラルの機体の無線にも届いた。シャラルクとモニターごしに顔を見合わせ、外部映像に目を向ける。
「浅い! アムーラル浅いぞ! これじゃ膣界にたどり着く前にシャトルごと全滅だ!」
「どういうことだよ? まさか……」
「そのまさかだよ……。なんてこった、これは『
「
「野郎ども!安心しろ! 白濁虹の黒橋はまだ膣界に架かったままだ! このまま突っ走れば間に合う! しっかりつかまってな!」
小隊長の声と共にシャトルは加速を増す。アムーラルは不安な気持ちを抑え、奥歯を噛み締めて衝撃に耐える。今できることは目を閉じて成功を祈るだけだ。左右上下に激しい振動。警戒を告げるアラートがシャトル内の赤色灯を明滅させる。
もうダメか……、そう思った瞬間。振動がやんだ。
「……やった!! 成功だ!俺たちは膣界にたどりついたぞ!!」
小隊長の声。そして、仲間の歓声。
「ああ! ダメだ! なんてこった! 俺たちより後のシャトルは
「なんだって!?」
ひとりの隊員の声に、機体のモニターをシャトル外部のカメラに向ける。
シャトルの後方を見ると、後方のシャトルは膣界にたどり着くことなく、眩い光に包まれていた。
「あ、あの光は……」
「外気だ……あれに触れたら……もう……」
シャラルクが言うより早く、同胞達のシャトルは光の中で爆発していった。
「チクショー、 なんてことだ! 259から500までのシャトルが
「そんなことを気にしてる場合か! 脱出準備を早くしろよ!俺たちが最後尾だ。まごまごしてると出遅れるぞ」
隊員達の通信が交差する。
その時、ゴゴゴゴッという音とともにシャトルの外の景色が引き摺られるように遠くなった。
「まずい! 揺り戻しだ! このままでは白濁虹の黒橋と膣界の接続が解除される! 引き抜かれるぞ!! 各員シャトルより脱出せよ! 各員シャトルより脱出せよ!」
小隊長の叫びに、慌てて各隊員が機動兵器を起動させ、シャトルから脱出していく。
アムーラルも特殊兵装のカウパーソードをランチから取り、聖英機に握らせシャトルの外に出た。
薄暗いシャトルから慌ただしく飛び出したアムーラルであったが、膣界に出ると、そのあまりに美しい世界に思わず息を飲んだ。
「こ、これは……、これが……膣界」
内地で話に聞いていたよりも、何倍も美しく荘厳な大地だった。地上には草木が芽吹き、空はどこまでも高い。これが男根世界とは異なる世界だというのか……。棒立ちで呟いたアムーラルは視界が潤み、自分が涙を流していることに気づいた。
(ついに、僕はたどり着いたんだ)
……アムーラルは感無量であった。
これまで結成された聖装軍特別進撃隊3557のうち、3553を超える部隊はこの膣界にたどり着くことなく
精歴0035年の歴史で、初めてこの異世界にまで達した初の聖士がこの第3558特別進撃隊なのだ。滾らぬわけがないっ!
「うおおおおおお!!!」
全身が白濁色に塗装された聖英機のコックピットで、アムーラルは雄叫びをあげた。
絶対に、絶対に、子宮殿の園にたどり着いてやる。出撃前には、どうせ無理だと諦めていたアムーラルだったというのに、今は血が熱く燃え盛っていた。
大地を見渡せば自分たちよりも先に到着したシャトルが数百機。その中から飛び出した聖英機達が大地を埋め尽くして進軍している。
「お前ら!先鋒隊になんぞ、負けてられんぞ! 進軍開始!!」
「おおおおお!!!!」
小隊長に続き、アムーラル達は進軍を開始した。
「『ロウション粒子』の濃度も良い!素晴らしい! お前ら! 高速移動モードへ移行し、
小隊長は機体を変形させる。機体は四肢を折り曲げ複雑な動きで、姿を変えていく。
人型だった機体は、まるで『おたまじゃくし』のような形態に変化した。超高速飛行が可能なモードである。
「ラジャー!」
アムーラルも機体も変形させた。
他の聖士達も次々と機体を超高速移動モードへ変化させ、進撃を開始した。
白く輝く、おたまじゃくし型の機体が、空を埋め尽くし駆け抜けていく様は、圧巻の一言であった。
「子宮殿の園まで簡単に行けそうだな」
シャラルクも呑気な声をかけてくる。
「こうして並んで膣界を飛べるなんて、夢にも思わなかった。シャラルク。ありがとう。君がいたから僕は頑張れた」
「何言ってやがる。それはお互い様だろ。お前がいなきゃ俺はここにはいねぇよ」
シャラルクはそう言って笑った。アムーラルとシャラルクはいつだって一緒だった。生まれた時期も一緒。共に学び、共に遊び、共に成長してきた。身体は大きいのに引っ込み思案なアムーラルと、小柄なくせに態度が大きいシャラルクは、でこぼこコンビと揶揄され、喧嘩もしたが、結局はいいコンビだった。
いつまでも、二人でいたい、アムーラルは密かにそんな気持ちを抱いていた。しかし、二人が聖士となった時に運命は決まった。この第3558特別進撃隊に志願したのも、シャラルクが志願したからだった。シャラルクの援護をしたい。どうせ叶わぬ想いなら、シャラルクを守って散りたい。それがアムーラルの気持ちだった。
「む、流星群だ!! 各自、気を引き締めてかかれ!!」
前方を飛ぶ小隊長の声。空からキラキラと光る粒が見えた。あれが、この膣界の最大の敵。酸性の流星雨だ。あれを避けながら飛ばねばならない。
「あんなの避けられるのかよ!」「やるしかねえだろ!」
仲間の声をスピーカー越しに聞きながら、アムーラルは操縦桿を握りしめた。
「くるぞ!! 各自! 健闘を祈る!!」
ついに流星が降り注いできた。機体より大きいものから小石ほどの大きさのものまで、間髪入れずに降り注ぐ流星の豪雨だ。
アムーラルは必死に機体をコントロールして流星の隙間を縫うように進んで行く。反応は良い。アムーラルは機体を自在に操り降り注ぐ流星を華麗に躱し進んでいく。だが、分離した流星のかけらが機体をかすめることは何度もあった。
「小隊長! ダビッタングがっ!」
仲間からの通信。そして後方で爆発。
「……怯むな。前進せよ!奴の思いは俺たちで引き継ぐぞ!」
「ラジャー!」
「う、うわー! 直撃だ! しょ、小隊長……自分の機体も持ちません……、後は頼みます……」
「サブロンか……! ……わかった。お前の勇敢な姿、忘れない!」
ついに、我が小隊の仲間からも脱落者が出始めた。機体をローリングさせ流星を躱していたアムーラルは、自分を弟のように可愛がってくれた小隊の仲間たちに、最後の言葉をかける余裕もなかった。
轟音と共に墜ちて行く仲間達。同じ小隊の仲間も、先発していた部隊の同胞も、まるで蚊トンボのようにくるくると火を吹いて墜ちていく。昨日まで一緒に飯を食い、同じ風呂に入っていた仲間たちが、死んで行くのに、自分のことで精一杯で、何の感慨をもつ暇もない。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
気がつけば、ドビュッシー小隊もすでに半数が脱落していた。降り注ぐ酸性の流れ星を避けながら進むので、周りを見る余裕すらない。
通信だけが仲間の安否を教えてくれる。
シャラルクはどうだ……。
流星が一瞬止んだ隙にモニターを確認する。いた、六時の方向、まだ飛んでいる。彼よりも、先に脱落だけはしない。アムーラルはそれだけを胸に必死に飛行した。
さらに時間が流れた。蛇行する道を無心で飛ぶ。流星は止むことはなく、次々と仲間が堕ちていく。
操縦桿を握る手も痺れてきた頃、はるか前方に光の点が見えてきた。流星も少なくなっていた。
「みろ!
シャラルクが無邪気に笑う。
「こちらでも確認したよ」アムーラルが返す。
「だが、ここまでたどり着けた我が小隊員はこれだけのようだな……」
小隊長の声。はっとして周りをみるが、編隊を組んでいたはずの仲間達がいなかった。あと少しで、子宮殿の園にたどり着くと言うのに、我が小隊の存命機はたったの3機になってしまった。小隊いちの操縦技術をもつマルベスも、いつも一番風呂に入っていたヤンバモも、もういない。もう会えない……。
「アムーラル! くよくよするな! 仲間の分も飛ぶんだ!」
小隊長にゲキを入れられアムーラルは潤んだ瞳に力を込めた。
「お前はでかい図体して、いつも泣き虫だったからな。俺の隊のお荷物だと思っていたぜ。だが、こうして今も膣界の空を飛んでいる。はは、内地の奴らに見せてやりたいぜ。泣き虫アムーラルがドビュッシー隊、一番の飛ばし屋だったってな」
「小隊長……」
「シュラルク……。お前にも手を焼いたよ。だが、お前らはいつも良いコンビだった。互いに欠点を補って、成長してきた。二人とも単騎での戦闘は大したことがなかったが、コンビを組むと目を見張るものがあったからな。これからも二人で力を合わせて進んで行くんだぞ」
「何を言ってるんですか。小隊長がいて来れなきゃ僕たちはダメですよ」
「ははは。だが、そうもいかんようだ」
「ああ、しょ、小隊長……機体から火が……」
シュラルクの声にアムーラルは慌ててモニターを確認する。上方を飛んでいた小隊長機の胴体から火の手が上がっていた。小隊長は二人の被弾を少しでも防ぐために、自らを盾にして危険な配置を取っていたのだ。
「……ようやく気づいたか。はは、お前ららしい。俺の戦いもここまでのようだ」
「そ、そんな……」
アムーラルの瞳が潤む。
「泣くなよ! アムーラル! 俺はここまで来れただけで満足なんだ」
一喝されて、アムーラルは歯を食いしばった。思えばこの小隊に配属されてから、小隊長には何度も何度も言われた言葉が『泣くな』であった。
「初めて、お前を叱った時も、泣くんじゃないと、怒鳴ったな……。ガハハ。思い出したよ、アムーラル……、そしてシャラルク。お前らは隊の問題児だったが、お前らがいたおかげで癖のあるメンバーはまとまっていたんだ……」
小隊長の声が次第にかすれていく。機体の損傷が激しく通信が途切れかけているのだ。
「小隊長っ!」
「シャラルクよ、アムーラルを頼むぞ。そして、アムーラル。お前は気づいていないだろうが、お前の潜在能力は我が隊イチだった。自分を信じて、飛べ……。見ろ……! 憧れの子宮殿の園は、も……うすぐそこ……だ! 俺……は、あの子宮殿の園をこの目で見れただけで満足だ……」
「小隊長……」
「最後ま……、諦……るな。飛べ……! アムーラル! シュラルク! 健……を、祈……」
ザッと通信が途切れる音とともに小隊長の機体は爆ぜた。爆風が二人の機体を揺らす。
「小隊長ぉ!!!」
燃えながら堕ちていく小隊長機を視界の端に収めながら、二人は機体を飛ばした。流星は少ないながらも降り注いでいる。感傷に浸る暇はない。止まれば小隊長と同じ運命をたどるのだ。
「くそ……。これでドビュッシー小隊も……二人っきりになっちまったな」
「うん」
これだけの短時間で仲間を亡くし、普段のアムーラルならば号泣していることだろう。だが、いまは悲しんでいる時ではない。必死で降り注ぐ流星を回避しながら聖英機を進ませていく。
次第に前方の光が大きくなってきた。ついに二人は、子宮殿の園の入り口にたどり着いたのだ。
「アムーラル! 飛び込むぞ!」
「うん!行こうシャラルク!」
二人は聖英機を加速させ、光の中に飛び込んだ。
真っ白で、暖かく、穏やかな光のカーテンをくぐり抜ける。
しばらく飛ぶと視界が晴れた。
子宮殿の園は広大な面積のドーム型の庭園であった。ドームの天井は黄昏時のような切ないオレンジ色。大地は鮮やかな緑が広がるが、まるで海原のように波打っている。
不思議な光景だった。
「やった! これでひとまず第一ミッションはクリアだ。あとは中心部の結界にたどり着けば……」
「待て! 見ろ! 先発隊の様子が変だぞ!?
シャラルクの言葉にモニターを注視する。一瞬、何が起きているのかわからなかった。聖英機たちが編隊を乱すようにジグザクに飛行していた。それどころか交錯するように機体同士がすれ違い、火花を散らして堕ちていく機体が何機も見えた。
「……同士討ちしているのか?」
アムーラルは目を凝らした。
「違う。先発隊の聖英機が何者かに攻撃を受けているんだ!
よく見れば、この楽園にいるのは聖英機だけではなかった。聖英機の美しい白濁色のボディとは違う、また別の白い機体が飛び回り、聖英機を撃ち落としていた。
「あれは……ホワイト・ブラッド・デビルっ!! この楽園の門番だ。だが、おかしい。奴らは俺たち聖士には攻撃を加えないはずだ……」
確かによく見れば、その姿は聖英機とは似ても似つかない二足歩行の獣のような形をしていた。まるで白い悪魔だった。
「だって、実際に攻撃を受けているよ。シャ、シャラルク。どうしよう……」
「どうするもこうするもねえ、相手がやる気なんだったら、戦うしかねえだろう!」
「わ、わかった……けどっ」「びびってんのか? アムーラル」
「そんなわけないだろっ」
「よし。なら、飛び込もう! 俺たちのコンビネーションを、あの白い悪魔どもに見せてやろうぜ」
そう言ってシャラルクは機体を人型に変形させた。おたまじゃくし型のボディが、一瞬で人型に変わる。アムーラルも機体を人型に戻し、シャラルクの隣に機体を寄せる。
二人の機体に気がついた一体のホワイト・ブラッド・デビルが地上から飛び上がって襲いかかってきた。
「遅いっ!」シャラルクがホワイト・ブラッド・デビルの攻撃をかわしながら、カウパーソードを振るう。
「キシャーッ!!」片手を切り落とされたホワイト・ブラッド・デビルはそれでも残りの腕をシャラルクの機体に伸ばす。腕の先には鋭い爪。掴まれればひとたまりもない。
「させるかッ!」アムーラルが後ろから飛び出し、横薙ぎにカウパーソードを振るった。胴体を真っ二つにされたホワイト・ブラッド・デビルは叫び声をあげながら地上に落ちていった。
「サンキュー、アムーラル。危なかった」
「貸し一つだね。だけど、まさかこの『楽園』で攻撃を受けるとは……」
予想外の展開に二人は警戒しながら地上に降り立った。空を飛んでいるよりも、的になりにくいとの算段だった。波打つ大地は身を隠すのにもってこいだと、アムーラルは思ったのだが、それは浅はかな考えであった。白い悪魔たちは、空から地上から、いとも簡単に二人の居場所を嗅ぎつけて襲いかかってきた。
しかし、ホワイト・ブラッド・デビルの攻撃は単調なものだった。肉弾戦のみのホワイト・ブラッド・デビルは聖英機よりも素早く、運動性は上のようだったが、単独行動ばかりで連携は苦手のようだ。
飛びかかるホワイト・ブラッド・デビルを払いのけ、斬り捨て、串刺しにし、二人は大地を走った。悪魔の返り血を白濁色のボディに浴びながらも二機は絶妙なコンビネーションで駆けていく。
「シャラルク! 右!」
「わぁってる! オラァ!!」
「今度は上だ! 僕が行く!」
「オーケー! 下の敵は任せろ!」
阿吽の呼吸でホワイト・ブラッド・デビルを蹴散らし二人は進軍して行く。他の聖英機が苦戦しているのを尻目に、二人は前進して行く。
そして、この子宮殿の園に辿り着いた聖英機の中では最後尾に位置していたはずの二人は、いつの間にか最前線に立っていた。白い悪魔の力は確かに強大だったが、二人の連携の前では敵ではなかった。
『あのコンビは誰だ!』『ドビュッシー隊のガキどもだ!』
『あいつらの後に続け! 遅れをとるな!』
オールレンジで入る通信の声。仲間の士気は明らかに上がっていた。二人の大車輪の働きに皆、興奮しているのだ。
そんな賞賛の声を浴びながら、二人は鬼神の如き進撃を見せた。
最高の友と、最高の戦いができている。それだけでアムーラルは幸せだった。二人ならどこまでもいける。負ける気がしなかった。敵の動きが手に取るようにわかる。立ちはだかる野獣を前に、右に飛ぶかのようにフェイントを入れ、相手の重心がずれた隙に反対側の横っ腹を斬りはらう。敵はその機動性で斬撃を避けたが、その後ろから、全てを見通していたかのように跳躍していたシャラルクが敵の顔面を踏みつけると同時に足裏のバーニアをふかした。顔面を焼かれた悪魔もなすすべなく倒れた。
進撃。撃破、連携。圧倒。圧倒。圧倒っ!!
模擬戦でも、なし得なかった完璧な連携で二人は快進撃を続けた。もう、誰にも僕たちを止めることはできない。引っ込み思案で自分に自信が持てなかったアムーラルでさえ、自らに万能感を感じていた。
『聞こえるか同士たちよっ!!』
その時、二人の機体に通信が入った。声の主は、この第3558特別進撃隊の大隊長スベルマ・コイノーであった。
『よくぞ、ここまで生き永らえたっ! 前方に壁が目視できるはずだ! あれこそ卵姫が捕らえられた結界だ! 何としてもあの結界にたどり着くのだ! 勇敢なる諸君! 諦めるな! 行く手を阻むものは蹴散らせ! 進軍だ! 全軍進軍だ!」
「「うおおおお!」」
そうだ。戦いはまだまだこれからなのだ。
この広大なドーム型の楽園の中心地に張られた結界を突破し、卵姫を救い出し『
……しかし、目的地を再確認した瞬間に、アムーラルに迷いが生じた。この後に及んで、この作戦の『あの大前提』を思い出してしまったのだ。
『たとえ、卵姫の元にたどり着けたとしても、その聖士をのぞいて、その他、全ての聖士は死ぬ。』
アムーラルの脳裏にシャラルクの顔が浮かんだ。幼い頃からずっと一緒に成長してきた親友だ。たとえ二人が無事にあの結界の元にたどり着いたとしても、どちらか片方しか結界の中に入ることはできない。軍にとってどんなに最高の結末を迎えられたとしても、二人のうちどちらかは……
そんなことを考えてしまったからだ。飛びかかってきた敵に反応が一瞬遅れた。
「アムーラル!! 危ない!!」
その声に慌てて操縦桿を引いた。目の前に飛び込んできたホワイト・ブラッド・デビルにシャラルクの聖英機が交錯した。
「シャラルクッ!?」
目の前で、シャラルク機の胸部にホワイト・ブラッド・デビルの爪が突き刺さった。
「シャ、シャラルクゥ!!」
聖英機のコクピットは胸部である。そこに攻撃を受ければひとたまりもない。
バーニアをふかし、敵の背後に回り込むと、アムーラルは渾身の力でカウパーソードを打ち下ろした。袈裟懸けに斬られたホワイト・ブラッド・デビルは悲鳴をあげ、その場に倒れた。
アムーラルは敵機撃墜の確認もせず、すぐさまシャラルクの聖英機に近づき抱きかかえた。
だが、シャラルクの機体はだらりと腕を落としたまま動かなかった。
「シャラルク! シャラルク!!」
必死に呼びかけるアムーラル。
『ジジッ……』と通信が入る音。
「……は、はは。俺としたことが、ミスっちまったぜ……」
荒い息遣い。苦しそうな声。嘘だ。こんなの嘘だ。
さっきまで、あんなに完璧な連携で戦っていたのに……。
「違う、違うよミスをしたのは僕だ! 君が僕なんかを庇う必要はなかったんだ……! 僕が、僕がやられればよかったんだ!」
「ば、馬鹿野郎。出撃前に……言ったろ。お前を守るって……」
「やだよ……。ばかなのはシャラルクの方だよ……。僕なんか守ったって、何にもならないじゃないか」
「……違う。やっぱ馬鹿なのはお前の方だよアムーラル。この戦いに出たら、勝とうが負けようが、別れが訪れるのはわかっていたじゃねえか……。俺のことなんか放っておけ。お前はまだ戦えるだろ……。姫を……卵姫を救え」
「嫌だ!! 僕は本当は、
「……ふ、ありがとよ。俺もお前ともっと飛んでいたかったよ……。だけど……、ここでお別れだ」
「嫌だ! 嫌だよ! シャラルク! 僕は君のことを……」
「アムーラル……。泣くな。最後くらいお前の笑顔を見せてくれ。そして、お前が卵姫を救い出すんだ。お前が[[rb:精受 > キャッチ・ザ・ドリーム]]を成し遂げてくれ。それが俺の最後の頼みだ……」
「シャラルク……」
膣界に来れば、遅かれ早かれ、別れが訪れる。そんなことは百も承知のはずだった。
それが、自分の死なのか、シャラルクの死なのか。どちらにせよ、避けようのない事実であり運命だった。
出撃が決まった時にはもう、覚悟はできていた。
諦めたはずだった。諦めなければならない現実なのだ。
……だけど、だけど、
「嫌だ! 僕は君と一緒に行く!」
アムーラルは叫ぶと、コントロールパネルを操作した。
「お、お前。何をする気だ。やめるんだ」
シャラルクの制止も聞かずにアムーラルはコクピットのハッチを開けた。そして、シートベルトを外し、機体から飛び降りてシャラルクの聖英機の元に駆け寄った。
「やめろ! 危険だ!」
シャラルクが怒鳴るが、アムーラルはシャラルク機のコクピットをこじ開けた。
「……シャラルク」
「アムーラル……」
見つめ合う二人。コクピットに飛び込んだアムーラルは、血だらけのシャラルクを抱きかかえた。
「な、何をする気だアムーラル」
「一緒に行く。僕の聖英機で一緒に飛ぼう、シャラルク」
「ば、バカ言ってんじゃねえ。もし、仮にうまく飛べたとしても、卵姫の結界を乗り越えられるのは一人の聖士だけだ」
「やってみなければわからないじゃないか! どうせ結界の中には聖英機で乗り込むんだ。中に何人の聖士が乗り込んでるかなんて、誰にもわからないだろ」
「ばか、よせ。俺のことは放っておけ」
「嫌だ! 僕はシャラルクと一緒に飛ぶんだ!」
無理やりシャラルクをコクピットから引きずり出し、自機に乗せるアムーラル。小柄なシャラルクを抱えるのは容易かった。
「……くっ。お前、本当に馬鹿だな」
コクピットに押し込められた、血だらけのシャラルクは苦しそうに言った。だけど、その表情に少しばかりの笑顔が浮かんでいた。
「ああ。僕は馬鹿だ。それでいい」
コントロールパネルを操作し、コクピットハッチを締めたアムーラルは泣きながら笑った。
「もし、ダメだって構わない。敵に撃墜されたっていいんだ。これなら死ぬときは一緒だ」
「……ふん。勝手にしやがれ」
操縦桿を握りしめ、背部バーニアを点火させる。
「行くよ。シャラルク!」
「ああ。せいぜい俺がくたばる前に結界を突破するんだな」
フットペダルを強く踏み込む。轟音を響かせ、アムーラルの聖英機は飛び立って行った。しかし、すぐにその機体に無数のホワイト・ブラッド・デビルが襲いかかった。野獣の雄叫びとともに鋭い爪が機体をかすめる。必死に応戦するアムーラル。
だが、連携相手がいれば最強だったアムーラルも、一人での戦いでは勝ち目はなかった……。
☆ ★
激しい戦いは続いた。美しい黄昏時のような空に、花火のような煌めきが輝き、その度に勇者達が散っていった。
どのくらいの時間が流れたのだろうか。
四億の聖士達も、今や両手で数えられるほどになってしまった。
楽園の中心に目をやると、薄桃色の結界に一体の聖英機がとりついていた。右腕を欠落した満身創痍の機体であった。
美しかった白濁色の装甲も、野獣の返り血でどす黒く変色していた。
立っているのが不思議なほどボロボロの機体であるにも関わらず、絶対に倒れそうもない異様なオーラを全身に纏っていた。
すでに周りには敵も味方もいない。無数の骸が散らばっているのだけだ。子宮殿の庭は、静かで穏やかな安らぎの楽園そのものだった。
片腕の聖英機は握りしめていたカウパーソードを投げ捨てた。そして、左手のマニュピレータを結界に向けた。結界を突破するための特殊兵装を使用するようだった。
「「アクロソーム!!」」
片腕の聖英機の中から叫ぶ声。マニュピレータが光を放つと、薄桃色の結界が聖英機一体分だけ剥がれ落ちた。そして、開かれた結界の奥から暖かな液体のような粘度のある光が漏れ出した。
よろけながらも、静かに歩み行く片腕の聖英機。
その機体がゆっくりと光に包まれていく。
ついに、一体の聖英機が結界を突破し卵姫の元にたどり着いた。光の海に飲み込まれ、すっかり姿が見えなくなり静寂だけが楽園に残された。
しばらく静寂が支配していた楽園だが、光の海がざわめき出した。ざわめきは激しくなり、張り巡らされていた結界が音を立てて崩れ去った。
光が溢れ、楽園が光の洪水に飲み込まれていく。
そう。これこそ聖装軍四億の聖士たちの長年の夢『
誰が精受を成し遂げたのか知るものはいない。
だが、勇敢な聖士がひとり、卵姫の元にたどり着いたという事実は揺るがない。これでいいのだ。四億の民が望んだ希望の『種』が生まれ落ちるのだ。世界が新しく生まれ変わるのだ。胎動し、収縮して、膨張して、光の海は一つの光球をその楽園に上空に生み出した。
勇者の名は歴史に刻まれない。だが、後世に伝わる事柄が一つだけあった。
……生み落とされた『種』は一つではなかった。
光球は上空で小刻みに震えだしたと思うと、なんと二つに分裂したのだ。明滅しながら膨張する光球。その光の中に、微笑み合う少年の姿が一瞬、映し出された気がしたが、もちろん、それを目にしたものは誰一人としていなかった。
だが、それでいいのだ。誰が『精受』を成し遂げたのかなど、どうでもいい。誰かが成し遂げたという事実だけで、希望が生まれたのだから。
〜そう、この物語は新たな太陽が”ふたつ”生まれるまでの物語である〜
完
【Fly!! 〜白濁の聖英機〜】 ボンゴレ☆ビガンゴ @bigango
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