初恋

「バカバカバカバカ ─ 」

昼休み、屋上で一人お弁当を食べながら、頭を抱えていた。

どうしよう ─ …。

あの時どうして「私が書いたんじゃない」って言えなかったのかな。

完全に遊佐君は誤解している。

でも……。

もともと匿名だったから、あのラブレターを書いた女の子は別に自分が書いたってわかってもらえなくてもいいって思ってたのかもしれない。

だとしたら、このまま黙っててもいいの、かな……。

遊佐君だって私みたいな地味な女が書いたと知ったから、ラブレターもすぐに捨ててると思うし……。

記憶にすら残っていないかもしれない。

なんて。

都合よくこんなことを思う私は最低だ。

悩んでも仕方がないけど、とりあえずお弁当を食べて時間めのチャイムが鳴る前に、屋上から出ようと立ち上がった。

と、その時。

「あれ?」

「っ!」

屋上に来たのは、

「あ……」

「今朝、玄関で会った子だよね? 美月ちゃんだっけ?」

「遊佐君……」

何故か遊佐君だった。

私はお弁当箱を持ったまま立ちつくす。

でも遊佐君が近づいてきたので、私はそのまま走って彼の横を通り過ぎて屋上から出てしまった。

なんだか、もう……心臓というか胸というか、なんかその辺りが痛い。

言えなかった罪悪感と、あと……。

何故か、胸が苦しい変な感じ。

遊佐君って変な人だ。私に話しかけてくるなんて。

私みたいな地味な女、仮にラブレターをもらってもきっと普通の男の子なら話しかけてこないだろう。

なのに、なんで……。



Side遊佐

「お、何これ? 手紙?」

「あ、うん」

「何々? ラブレター?」

「いや、違うよ」

俺は初めてラブレターというものをもらった。

友達のハジメが茶化すように覗いてきたから、俺は咄嗟に隠した。

手紙というものがなんとなく珍しかっただけなのだが、美月という子が少し気になった。

だってあんなにテンパって、ラブレターを俺の靴箱の中に入れたのに、話しかけるとまるで拒絶反応ではないかというほどに俺と関わりたくないオーラを出して……。

俺のこと、好きで手紙出したんだよね?

“ずっと大好きです”

この一言だけだけど…。

なんとなく、気になった。

昼休みになり、売店にパンでも買いに行こうかと思っていると、

「…あ!」

「なんだよ、急にでかい声出して」

「あのさ、あの子! あの、ツインテールの、眼鏡の子」

「は? あの、眼鏡の女が何?」

隣にいたハジメの腕を掴み、俺はツインテールの女の子、美月を指差した。

今朝、話したあの子を発見したのだ。

お弁当箱を抱え、人ごみの中、どこかへ向かう彼女。

「あの子、知ってる?」

「あー、知ってるかも」

「マジで?」

「知ってるよ。あれでしょ、あのー」

ハジメが思い出しているそぶりを見せる。

「あー、あれだあれだ。俺らの隣のクラスの……」

「隣?」

「そう、隣。隣のね、地味子ちゃんね」

「……地味? 子?」

「そうそう。有名だよ。学校一地味な子って。でも、あの子いつも学校の花に水あげてるみたいだぜ」

「水?」

「うん。みんなが地味な子だから地味なことしてんだとかなんとか話してたけど。実際見たことはないけどな」

「……」

地味か。

確かに、派手なタイプの子ではない。でも、

「あの子、眼鏡外したらもっと可愛くなるよ、きっと」

「はぁ?」

ハジメがびっくりしたように俺を見る。

「地味な子ではないと思う。それに、花に水あげてるなんてすごく優しい子なんじゃないかな」

「え、何? 好きなの?」

ハジメが、そんなわけないだろ?とでもいうような顔をした。

「まさか。でも、友達にはなりたいかな」

俺は、

「先行ってて」

ハジメにそう言って、彼女のあとをついていくことにした。



Side美月

「うわー。心臓に悪いよー」

放課後になっても私の心臓は落ち着かなかった。

勘弁してほしいというのが本音だった。

なんで急に現れて話しかけてくるんだろう。

勘弁してほしいよ、本当に。

友達だっていない私とは真逆の遊佐君が話しかけてくるなんて。

きっと、あのラブレターのせいだ。

私が書いたと思っているのなら、遊佐君は私が彼のことを好きだと思っているということだろうか……。

「えー……」

絶対にそうだろう。

恥ずかしいというか、なんというか……。

「……はぁ」

でも、一つだけわかったことがある。

おそらく、遊佐君は……。

「優しい人なんだな、きっと」

あんなに人気者の彼が私に話しかけてきて、しかもいやな態度をとらない。

カッコいいだけじゃないんだなって、そう思った。

「よーし、帰ろう」

とりあえず帰る前に校庭のお花に水をあげていこうと思った。

いつも昼休みにあげているんだけど、今日はいろいろあって忘れてしまったから。

本当は校庭の花の水やりは当番か何かで決まってた気がしたんだけど、誰もあげてる気配がないから、枯れないように私があげている。

それに私、友達いないから……。

こうやってお花を見てると心が穏やかになって、友達がいなくてもさみしくないから……。

と、思いたいだけなのかな。

「ふぅ……」

水をあげ終わり、帰ろうとしてくるりと後ろを振り返ると、

「っ」

「花に水あげてたの」

「な、なんで……」

何故かそこには遊佐君の姿が……。

私は遊佐君がどうしてここにいるのかわからなくて、もしかして私に話しかけているのではないのではないかとさえ思い辺りを見回すが、やはりここには私と遊佐君しかいない。

「ご、ごめんなさいっ」

私は急いで遊佐君の前から立ち去ろうとした。

でも。

「待ってよ。一緒に帰らない?」

「え、」

「帰り道同じだったら、なんだけど」

遊佐君は、何故か私を誘った。

本当に変な人だと思った。

「私と帰って変な噂流れたら……」

「噂? 別に気にしないよ。それよりも家どこ?」

遊佐君は、優しい笑顔を私に向けてくれた。

私には断る理由はなかった。

何も……断る理由が、なかった。


嬉しいのか残念なのか、私は遊佐君と帰る方向が一緒だった。

心臓がおかしくなってしまいそうなので、できることなら早めに家に着きたい気もする。

でも、まだこの温かな雰囲気の中にいたいとも思う。

なんか、私変だ。

「なんで水やりしてるの?」

「……えっと、なんでと言われましても……」

「当番とかじゃないんだよね」

「は、はい……まぁ」

「敬語じゃなくていいよ」

「あ、う、うん」

「毎日やってるの?」

「う、うん」

「そっか」

「……うん」

遊佐君は本当にカッコよかった。

こんな美形男子、今まで見たことがあるだろうか。テレビに出てたっておかしくないとすら思った。

でも遊佐君はラブレターのことには触れてこなかった。

言わない私はズルいかな。

ズルい、よね……。

でも、思ったんだ。

もしも、もしも……あのラブレターを私が書いたんじゃないって言ったとしたら、遊佐君はこんな風に話しかけてくれるかな?と。

そもそも、どうして私なんかに……。

「遊佐君、あのさ……」

「ん?」

「なんで私なんかに話しかけてくれるの?」

「え?」

「あの……ほら、私って友達いないし……暗いし……」

「……」

自分で言葉にすると悲しくなった。

わかってるのに、どうして変わろうとしないんだろう。

そんな自分がいやだった。

でも。

「初めて会った時」

「……」

遊佐君が足を止めた。

私は彼を見つめる。

空気まで止まったような、そんな不思議な感覚だった。

「俺は暗いとかそんなこと思わなかったよ」

「っ」

「すごく一生懸命な子なんだなって思った」

遊佐君の笑顔が、あまりにも眩しくて、眩しくて……。

「私……」

「うん」

「今日は、遊佐君と話せてよかった。あ、ありがとう」

「美月?」

「じゃ、じゃあ! 私こっちだから……」

私は遊佐君にぺこりと頭を下げ、背中を向けてそのまま走り出してしまった。

美月、と名前を呼んでくれる声が後ろから聞こえたけど、振り返らなかった。

顔が熱い。

全身が熱い。

走っているから熱いんだ。

うん、そうだ。

絶対そうだ。

私は何度も何度もそう思い込もうとした。

でも。

でも。

「ドキドキ……する……」

この頬の熱さと胸の鼓動は、走ったからだけじゃないこと……。

もしかしてって、もしかして……。

遊佐君の言葉やしぐさや声が、頭の中から消えてくれない。

「もしかして……っ」

私は立ち止まり、自分の胸に手を当てた。

「……私、」

私は、恋をしてしまったのではないだろうか… ─ 。

空を見上げると、もう夕日が沈みそうだった。


 ─ 翌日。

私はいつものように登校した。

『すごく一生懸命な子なんだなって思った』

遊佐君のあの言葉のせいで、遊佐君と昨日一緒に帰ってしまったせいで、私の頭の中は遊佐君のことでいっぱいになってしまっていた。

眠れないまま朝を迎えていた。

そのため、私は朝から目の下にクマを作って登校しているのだ。

靴を履きかえていると、

「おはよう」

「っ」

誰かに肩をたたかれ、振り返る。

そこには、

「ゆ、遊佐君……」

遊佐君がいた。

私には、友人と呼べる人はいなかった。

だから朝のおはようも個人的にしてきてくれた人などいなかったから、おはようの一言も返せず、ただ遊佐君を見つめる。

「どうしたの?」

「……あ、いや、おはよう……」

私は遊佐君から視線を逸らして、教室まで走った。

遊佐君と関わっていいのかな。

そもそも、あのラブレターは自分が書いたのではないということをまだ遊佐君には話していない。

遊佐君が私に話しかけてくれるのって、ラブレターを書いたのが私だと思っているからなのだろう。

私は、いつ本当のことを話せばいいのだろうと悩んだ。

教室に着くと、

「遊佐君って本当人気だよね」

「うん、そうだね」

遊佐君の名前が聞こえ、私はこっそり聞き耳を立てる。

「知ってた?」

「何を?」

「遊佐君この間、○組の水島奈菜ちゃんとデートしてたらしいよ」

「嘘!! 付き合ってるってこと?」

「いや、そうなのかどうか……よくわかんないんだけど」

「へぇ……」

「まぁでも、あの二人ならお似合いだもんね」

「うん、確かに。あんな美男美女、お似合いとしか言えないよね」

「うん……。悔しいけど、奈菜ちゃんなら仕方がないよね……」

“奈菜ちゃん”

その可愛らしい名前に少しだけ心が揺れ動く。

奈菜ちゃん、その子には会ったことはないけど、すごく綺麗な子なんだろうなってクラスメートの会話を聞いて思った。

そして同時に、

「私と一緒にいたら……」

もしも私と遊佐君が話しているところを誰かが見てしまったら。

きっとみんな思うだろう。

“不釣り合いだ”と。



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