第17話 バニーさんの大変な一日(スネーク)
「どういうこと? 北部が全滅って」
『北部と連絡が取れない。まずはこれを見ろ』
最寄りの移送ポッドに乗り込み、モニターを確認する。浮遊感を楽しんでいる場合ではない。
スネークが北部地区の基地と連絡が取れないというだけで慌てるはずがない。他に原因があるはずだ。
解像度の粗い映像がモニターに映る。
海上に、オレンジ色の何かが揺らめいている。蜃気楼、ではない。カメラが寄り、二足歩行の巨大な怪獣が現れる。外見は北部地区の怪獣こめったとまいったに似ているけれど、大きさが桁違いだ。七十から百メートルはありそうだ。映画で描かれ続けている、日本一有名な巨大怪獣のテーマソングが聞こえてきそうだわ。
怪獣は海から陸に向かっているため、歩行により生じた波が陸に押し寄せてくる。沿岸部では軽微な津波が発生しており、船が転覆するような被害が出ているみたい。
また、近くの島が怪獣の下敷きになっているのが見て取れる。島を蹴散らしながら沿岸部に進んできているようだ。
島……あれが銀華山なら、確かに北部基地との連絡が途絶えた理由がわかる。銀華山の真下に、北部地区の基地があるのよね。ピグレット、死んでいないかしら。
映像の中では特別怪人怪獣警報のサイレンが鳴り響き、誰かが「逃げろ!」と叫んでいる。しかし、都会の人間と違い、避難することに迷いはない。東北の人々だからこそ、だ。
サイレンが鳴り響く中、真っ白い球体の何かが怪獣目掛けて飛んでいく。赤いバケツと赤いマントの憎いやつ。「行け、雪だるまん!」と子どもたちから歓声が上がったのも束の間、白い球体は怪獣のしっぽに叩き落とされてしまった。大きな水しぶきを上げて、球体は海へと落ちる。
……何やってんの、雪だるまん……!
子どもたちが絶望の悲鳴を上げるのも無理はない。正義の味方が怪獣にやられてしまった場面なんて、純粋な子どもたちには見せたくないものだ。ヒーローチャンネルではちゃんと立ち直るけれど……これはどうかしら。立ち直れるかしら、雪だるまん。死んでないわよね? 海水に溶けていないわよね?
「これは?」
『一時間前の
「岩巻……! じゃあ、やっぱり怪獣の下敷きになっていたのが北部基地ね!?」
『ああ。雪だるまんが戦闘不能になり、雪だるまんの仲間が集まったが、未だに倒せていない状況だ。おそらく果物戦隊も出るぞ。どうする?』
「まずはアレを分析、被害状況を報告して。そのあと対策を立てる。サウザンズは上映ホールに全員集合。映像を中継で見られるよう、セッティングしておいて」
『はいよ』
移送ポッドの中でジャスミンバニーに変身する。ウサ耳がちょっと邪魔だわ。でも、マスクによってスネークと連絡が取りやすくなる。通信回線は、移送ポッドよりマスクのほうがいいものを使っているのかもしれないわね。
巨大な怪獣は今までに現れたことがないわけではないけれど、出現するのは稀だ。日本では十年以上現れていなかったんじゃないかしら。全国各地に週イチで現れるサウザンズと比べると、希少性が非常に高い。
久しぶりの緊急事態。人間の言語を理解せず、本能のままに行動する巨大怪獣は、それこそ、世界を征服するほどの力を持っている。破壊の限りを尽くす怪獣の前では人間の力など無力なものだ。そう、確実に死者が出る。
――情報を集めなければ。
「アレを作ったのは、うち?」
『北部地区のサウザンズを作ったときに紛れ込んだ可能性は、ゼロではないな。タイガーに事情を聞かなければ判断できないが』
「岩巻の被害状況は?」
『中継をマスクに繋ごうか? あぁ、ポッドのモニターのほうがいいか。沿岸部の防波堤が破壊されたぞ。津波用だったのに怪獣に壊されるとはな。今のところ、人間はスムーズに避難できているようだが……』
東北地方は天災によく見舞われるため、人々の避難のスピードは都会よりずっと速い。避難訓練を毎月やっている成果だ。素晴らしい取り組みだと思うわ。
ポッド内のモニターがテレビの中継カメラに切り替わる。ヒーローチャンネルのカメラね? こういう有事のときには重宝するわね。
怪獣が歩いたあとは、瓦礫の山。シラホネが暴れたときよりも酷い。映像で見る限り、火事は発生していない様子。でも、時間の問題よね。いつどこで火の手が上がるかわからない。
怪獣の歩行速度は比較的遅いみたい。とは言っても、一歩が大きいから時速に換算すると意外と速いのかもしれない。
……あら? 雪だるまん再登場?
怪獣の進行方向に巨大な雪だるまが出現するけれど、暑さのためか溶けかけている。巨大雪だるまの中から雪だるまんが復活するも、雪だるまパンチにいつもの威力はない。仲間の雪女が必死で周りに雪を降らせているけれど、どう考えても分が悪い。
北部地区のヒーローたちは皆暑さに弱い。あまり天候に左右されない果物戦隊が援助に向かうのは間違いないだろう。
『こいつ……
「仙代市民は全員避難できるのかしら。ヒーローとしてはその手前で決着をつけたいところでしょうけど」
『仙代まで五十キロ程度だろ。今時速三十キロくらいだから、二時間もせずに仙代に到着するぞ』
移送ポッドがようやく基地にたどり着く。扉を開け、私は上映ホールではなく技術部に向かう。先にタイガーに確認したいことがあるからだ。
技術部のラボの扉を開けると、技術部長のタイガーがモニターを見上げながら「なんてこった! なんてこった!」と叫んでいるところだった。
あー……あの怪獣はどうやらうちで作っちゃったみたいね。やっちゃったのね、タイガー。久々にミスったわけね。ボスからの命令がない限り、巨大怪獣は作っちゃいけないの。それが悪の組織のルールなのよ。
「タイガー、状況は?」
「あの怪獣、こめったとまいったの弱体版として作ったヤツだったんだ! でも、遺伝子配列が! 数字が、全然違う! 何でこうなった!?」
「つまり?」
「強くなってる!」
そりゃそうでしょうね。あの怪獣はどう見てもこめったやまいったとは比べ物にならないほど大きくて硬そうで強そうだもの。納得だわ。
「弱点は? こめったとまいったは米がなくなったら冬眠するじゃない? あの怪獣はどうなの?」
「ヤツのエネルギーは米じゃねえ。サウザンズと同じで、空気さえあれば生きていけるようにしてある。弱点は確かにサウザンズには必ず付与するものだが……それが」
「……まさか、弱点がないとでも?」
「いや、あるにはあるんだが……」
タイガーの歯切れが悪い。言いにくいことでも言ってくれないと困るわ。私、技術者じゃないのだからモニターに映る遺伝子情報だけではわからないのよ。
「あの怪獣の弱点は――親だ」
「……は? 親?」
ええと、うちが作った怪獣なのだから、サウザンズを製造した者が親だということかしら? だったら技術部の誰か? それとも、ボスのこと?
逡巡していると、タイガーがいきなり悲痛な表情で叫んだ。
「俺、戦闘に参加したくねえ!!」
私は鞭を振り回して、逃げ出そうとしたタイガーを捕らえる。はい、弱点・親、確保。
あの怪獣は、つまり国民的アニメのガキ大将ってことなのね。……ジャイア……だと、いろいろ侵害しちゃうことになるから、ジャイゴン? 体もオレンジ色だし、しっぽに白線があるから、なるほど、それっぽいわね。ジャイゴン!
早速、スネークにSNSで話題にしてもらってジャイゴンの名称を広げてもらいましょ!
「イヤだー! 外に出たくねえー! イヤだぁぁぁ!」
泣き叫ぶタイガーを引きずりながら、上映ルームへと向かう。バニースーツは意外と怪力なの。タイガーなんて小石を転がしているようなものだわ。
『雪だるまんは押されているぞ。雪女も頑張ってはいるが、雪の量が全く足りない』
「夏だもの。雪だるまんだけだと進行を防げないみたいね。他のヒーローたちは?」
『青森からリンゴちゃん、北海道から雪の女王様が飛んできているみたいだが、間に合うかどうか』
間に合わないと仮定したほうが良さそうだし、二人が加勢したところで戦力が劇的に増えるわけでもない。リンゴの旬は夏じゃないし、雪の女王だって夏の暑さに弱い。雪だるまんが巨大怪獣を倒せないとなると、二時間後には仙代が瓦礫の山になるわ。
「東部地区のヒーローの様子と、政府の動向はどう?」
『バスケットはロボットに乗って既に待機していて、フラワーと武将はそれぞれ集合中だ。やっぱ経験の差だな。果物戦隊は出撃準備が早いぜ。で、政府は今特別対策室を作ったところだな。ハハハ、意外だぞ。若林議員が対策室チームに入ってる』
「一時間で対策室の体裁が整った程度か。相変わらず遅いのねぇ」
『まぁ、十年ぶりの大物だし、組織ってのは上が決まらない限り動けないからな。難儀なことだな』
……上。悪の組織だって「組織」の一部だ。上が決まらなきゃ、下は動かない。いや、動けない。
忘れていたけれど、同じなのよね。
そういえば、ボスから連絡がない。日本にとっては結構危機的な状況だと思うのだけど。
一瞬、糸井施設長の顔が思い浮かんだけれど、すぐに打ち消す。声は変えてあるからわからないけど、喋り方や抑揚が違う。彼がボスだとはどうしても思えない。もっと若い人の喋り方だと思う。老人ではなく中年の男性。「じゃあ、誰なのか」と聞かれても答えられないけれど。
「ボスは?」
『連絡なし。指示を待つか?』
「いいえ、待っていられないわ。北部の指示系統は今使い物にならないのよね?」
『ああ。ピグレットの安否が不明だからな』
「なら、北部基地を東部で一時預かりましょ。今から北部と東部を私の指揮下に置くわ。西部に連絡して、キティとパピーに承認してもらってちょうだい」
ボスがいない場合はその下が動けばいいのよね。当たり前のこと。管轄外だからって、指を咥えて見ているだけじゃダメなの。
だって、ぐずぐずしていたら人が死んでしまう。街が破壊されてしまう。どれだけの人の「普通」の毎日がなくなってしまうのか、考えただけでつらくなる。
そんなの、ダメに決まってる。
悪の組織は、娯楽でなくちゃいけない。人を悲しませるための組織じゃないの。
『バニー、ピグレットは無事? 私たちにできることはあるかしら?』
キティの心配そうな声が聞こえる。指揮権移動の承認をしてもらうために、西部基地に回線を繋いだのだ。
「ありがとうございます。では、サメ貴族を北部基地に向かわせてくれませんか? 銀華山の下に怪我をしたサウザンズが大勢いると思うので、救助をお願いしたいんです。それから、ピグレットの生死はまだわかっていません」
『そう、わからないのね……そう。サメ貴族はなるべく早く向かわせる。地上での救助用に体重の軽いサウザンズも何人か乗せていくわね』
『あぁ、それと、北部基地の指揮の件はバニーに一任する。何かあればすぐに連絡してくれ』
「ありがとうございます、二人とも。助かります」
『あんなクソ豚でも、死んじゃったら夢見が悪いじゃない?』
キティとピグレットの仲は悪いけれど、お互いを心の底から嫌っているわけではない。じゃないと、長年同僚なんてやっていられない。……たぶん、だけど。
さて、北部基地の指揮権が幹部二人の承認を経て私に移った。となると、東部から北部基地のサウザンズに指示が出せるはずだ。
「スネーク、北部のサウザンズで無事なのは?」
『こめったが新潟、まいったが福島にいるな。ナマハゲは秋田だ。銀華山にも生命反応がある。誰かはまだ判別できないが』
「じゃあ、全員今すぐ仙代に向けて出撃させて」
『何をするつもりだ、バニー』
「決まっているでしょ!」
東日本の危機に、悪の組織が行なうことはただ一つしかないじゃないの。
「ヒーローを支援するのよ!」
▼▽▼ 問題(9) ▼▽▼
悪の組織の捜査をしている警視庁の部署は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます