第12話 吸血されるバニーさん(吸血鬼)

 東部地区のサウザンズは、外国の神話や物語の怪人怪獣をモチーフにしたものが多い。技術部の気まぐれもあるのだろうけど、東部地区は戦隊モノのヒーローがよく着任するからだと聞いている。日本の怪人怪獣――妖怪の類は、戦隊モノとの相性が悪い、らしい。どんなに相性が悪いのか、どんなふうに調べたのか、まぁ、そのあたりは詳しくはわからない。

 西部地区や北部地区では、和のサウザンズが重用されている。天狗やナマハゲ、河童なんかもいる。雪だるまんには割と可愛らしいサウザンズ、おにぎり侍にはリアルな妖怪サウザンズ、ペンギンマンには海産物・海洋動物系のサウザンズ……といった具合に、戦闘員が正義の味方に合わせて用意されている。


 吸血鬼だからといって、人間の血を必要とするように造ることなんてなかったのに。リアリティなんて必要ないのに。

 私は、ヴァンが憐れで仕方ない。

 主食は人間の血、と設定されたことによって、ヴァンは入手困難な血液を飲まなければならない体質で生まれてきてしまった。技術部の面々がその食事の大変さに気づくのは、すぐあとだ。「消す」こともできたけど、当時の東部地区のリーダーズがそれを許さなかった。だから、技術部がどこからか調達してくる血液で、ヴァンは何とか生かされている。

 今回、技術部が多忙で――タイガーが忘れていて、血液の調達が間に合わなかったんだろう。かわいそうなヴァン。暴れたのは、お腹が空いただけなのに。

 スネークから通信が入る。追加情報かしら。


『ヴァン、救護室に移されたぞ』

「取り押さえたの?」

『メディが殴り飛ばしたらしい』


 細身のヴァンがゴツいメディのパンチを食らって無事なはずがない。飢餓状態で、ヴァンにはパワーもないはずだ。たぶん、気絶でもしたのだろう。ますますかわいそうだ。

 メディの店ではなく救護室へ向かう。ドアの前で心配そうに中の様子を窺っているサウザンズたちに部屋に戻るよう指示を出して、入室する。


「ヴァン、大丈夫!?」


 真っ白な床がうごめく。真っ赤なつぶらな目が私を見上げ、口々に喋り出す。


「大丈夫じゃないわよぅ」

「酷い貧血よぅ」

「鉄剤を投薬しても良くならないわよぅ」

「輸血が必要よぅ」

「ラビット、ごめんなさい。血液は技術部に頼んであるから」


 ぴょこんと立った耳と丸いしっぽは、私と同じ。救護室に棲み着いているのは、大量のウサギだ。ただのウサギではなく、彼らは薬を造るウサギ、薬師だ。

 ……それにしても、もこもこ、ふわふわ、誘惑の海であることに違いない。あぁぁ、ヴァンのことがなければ、床にダイブしたのに!

 誘惑を断ち切って、奥のベッドへ向かう。頬もこけ、げっそりと痩せてしまった吸血鬼が、青白い顔で私を見上げる。かわいそうに、イケメンが台無しだ。


「バニ、さま」

「ごめんね、ヴァン! 技術部には早く血液を持ってくるよう伝えてあるから!」

「あぁぁ、ダメです、バニー様、今の俺に、近づいては――!」


 ヴァンが手を伸ばし、私の手首を捕らえる。どこにそんな力があったのかと驚くくらいの強い力でヴァンに引き寄せられ、ベッドに押し倒される。

 かわいそうなヴァン。苦悶の表情を浮かべたままだ。この行動は、彼の本意ではない。心と体が剥離しているのだろう。本能で血を求めているのだ。


「ダメです、バニー様、バニー様……俺、あなたを」


 私はバニースーツの変身を解除し、いつものキャミソールとショートパンツの部屋着になる。荒く酒臭い息を吐き出していたヴァンが、息を呑むのがわかった。彼はうっとりとした表情で、私を見下ろしている。きっと美味しそうに見えているに違いない。


「……おいで、ヴァン。血が必要なんでしょう?」

「ダメ、です! バニー様から、血をもらうくらいなら、死んだほうがマシです!」

「飲みなさい。これは命令よ」


 ヴァンは震えながら私の左首を見つめている。恍惚とした表情のまま、欲望と戦っているようだ。私はそっと左肩のキャミソールとブラの紐をずらし、頭を右に方向け、飲みやすくしてあげる。

 遠慮なんてしないでいいのに。痛いのは嫌だけど、私、ヴァンを死なせるのはもっと嫌なのよ。


「バニー、さま、すみませ――」


 ハァハァと荒い呼吸が聞こえる。ヴァンは私の左首のあたりに顔を埋めながら、謝罪の言葉を繰り返す。彼なりの葛藤があるのだろう。

 私はヴァンの真っ黒な髪を撫でながら、笑う。そんなに謝らなくてもいいのに。この基地に人間の女は私しかいないんだから、甘えればいいのに。


「痛くしないで、ね?」


 左首の少し背中寄りのあたりに、ヴァンの熱い舌が押し付けられる。ぶわ、と、一気に体が熱くなる。めっちゃくちゃ緊張する。心臓がドクドクとうるさい。

「バニー様」と、ヴァンの甘えるような声が耳元で聞こえた瞬間に、チリと首筋に痛みが走る。歯が突き立てられたのだ。


「ん、っう」


 吸血鬼は歯で肌に傷をつけてから、傷口から血を吸う。献血の太い針を刺されたときと同じような感覚だ。強い痛みはない。チリチリと痛む程度。ただ、献血と違い、傷口が、首筋が、熱い。ヴァンの口の中が、舌が、熱い。


「痛くないですか、バニー様」

「ん、だいじょ、ぶ……っあ」


 体がビリビリする。何だろう、これ。悪寒が走るみたいにゾクゾクするような、ぞわぞわするような。


「バニー、様」

「ひゃ」


 それだ! その声だ! 私、耳、弱いんだった! 忘れてた! ヴァンもやたらとイイ低音だから、ドキドキしちゃってるんだ。やだ、もう、恥ずかしい。


「すみませ、ん、内出血が」

「ん、いいよ。続けて、飲んで」


 不思議な感じ。

 血を吸われる、って、もっと痛いものかと思っていたけど、そうでもない。くすぐったくて、熱くて、重い。

 ……重いな、ヴァン。ってか、よく考えると、エロいな、この体勢。男に押し倒されるなんて初めての経験だけど、こんな感じなんだ……うわ、意識するとめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。


『イワトビからベッドに誘われたら?』


 ……思い出してしまった。スネークのあの言葉。

 これが、イワトビ、だったら……?


『茉莉花、痛くはないかい?』


 っあぁぁ! 痛くないです、痛くないです! 痛くても我慢できます! むしろ、もっと痛くしてくれても構いません……っ!


『そう、いい子だね。少し我慢しておいで』


 します、します! いくらでも我慢します……!

 脳内で、イワトビのイケメンボイスが響く。頭の中がピンク色の花畑になってしまう。

 あぁ、もう、最高……っ! 素晴らしい……!


「……あの、バニー、様」

「ふふふ」

「もう、大丈夫なのですが……」

「んふふふふふ」

「バニー様、その」

「ふふふ……え?」


 ヴァンの声に目を開けると、困惑した表情の彼が目の前で私を見下ろしていた。すっかり血色も戻り、肌もツヤツヤしている。

 ……ヴァンか……イワトビじゃなかった……残念。


「できれば、離していただけると……いや、別に、このままでも俺は構わないんですけど!」


 私、ヴァンを抱き締めていたわ。がっしり、ぎゅうっと。……イワトビと間違えて。


「あぁ、ごめん!」

「美味しかったです、バニー様の血」


 慌ててヴァンを解放すると、彼はうっとりと舌なめずりをして、私を見下ろしながら微笑んだ。


「さすが、しょじょ――おぶっ」


 ヴァンを殴り倒してしまったのは、不可抗力だ。仕方がない。デリカシーに欠ける発言は、排除しなければならないのよ。

 ベッドの下で伸びているヴァンは幸せそうに笑っている。私はラビットに首筋の傷口を手当してもらいながら、失礼な部下を冷ややかな目で見つめるのだ。




 後日、キミ・チューブの悪の組織チャンネルにアップされた動画「ジャスミンバニーと吸血鬼ヴァンのちょっとえっちな○○動画」が今までの最高再生回数を抜き、王座に君臨することになったのだけど――。


「ワールーヴー!!」

「だから! あれは絶対に! 必要だったんだ!」

「消しなさい! 今すぐ消しなさい!!」

「無理だってば! もう消せないぜ!」


 私が鞭を振り回しながらワルヴを追いかけ回しているのには理由がある。ワルヴはヴァンのあの吸血シーンを隠し撮りをしていたのだ。私の素顔は見えないように撮られていたけれど、ヴァンの最後のセリフをカットしなかったせいで、私は今、窮地に立たされている。SNSがめちゃくちゃ炎上しているのだ。


『バニー様、まさかの処女!』

『付き合いたい、付き合いたい、付き合いたい』

『あれだけのカラダを一番に食べられる男が羨ましい』

『バニー様がビッチじゃないなんて、なんか興醒め』

『あのクソウサギが清純派だなんて笑える』

『体は清いのに露出度が高いなんて、変態度高すぎ』


 もぉ、やだ! お嫁に行けない!

 プライバシーの侵害よ! セクハラよ!

 何事もサウザンズの自主性に任せはするけれど、私のことは私が管理したいの! 私のイメージってものがあるでしょう! イメージってものが!!

 鞭でワルヴの足を捕らえ、転ばせて、腹を見せる人狼の上に乗る。足に伝わるふわふわとした柔らかい感触……あぁ、もう、憎らしいモフモフめ……!


「ワルヴ! ヴァンのセリフをカットしなさい!」

「だから、もう、動画を取り下げても、また誰かがアップするから、無理なんだぜ!! すんません、バニー様!」


 ワルヴの謝罪の言葉に、私は泣きそうになる。

 私はずっと「ジャスミンバニーは処女」だと言われ続けなければならないの? 「処女じゃない」と否定したら、今度は「ビッチ」だとか「淫乱」だとか言われるんでしょう? そんなの、最悪じゃん! どっちも最悪じゃん! 私のイメージが!!

 やだ、もう、涙が出てきちゃった。


「お嫁に行けなくなったじゃないの……!」

「責任なら俺が取るぜ!」


 ワルヴの胸を殴りつける手が止まる。胸を殴ったせいで、頭がおかしくなったのかしら? どんな原理? ちょっと、何を言っているのかわからないわ。


「オレ、バニー様のこと好きっすよ!」

「あっ、ワルヴ、抜け駆けすんな! 俺も!」

「ボクも、ボクも!」

「自分も大好きです!」

「元凶は俺なんで、俺が責任を取ります!」


 サウザンズたちが一斉に挙手をしてアピールしてくる光景を、私はたぶん一生忘れられないんだろう。

 コレ、愛の告白? 皆、バカなの? バカなの!? 驚きすぎて声も出ない。

 あぁもう、本当に、愛しくて、バカな子たち。あのね、私はね、結婚するなら、サウザンズじゃなくて。


「私、結婚するならイワトビがいい!!」


 私の高らかな反論に、一瞬、その場が静寂に包まれる。けれど、次の瞬間には「そりゃ無理ですよ、バニー様」「相手はヒーローなんですから」「夢は夢だからいいんですよ」とサウザンズたちに口々に諭され、慰められていた。

 わかっていたけど、誰も応援してくれない。わかっていたけど、かなり切ないわ。わ、わかっていたわよ!


「相手はペンギンですよ? 鳥類ですよ?」

「敵じゃないすか!」

「子どもも作れんじゃろ」

「クールなイワトビに、熱いバニー様は不釣り合いッスよ」

「そもそも、イワトビはバニー様を知らねえんじゃねぇか?」

「ヒーローなんぞにバニー様は渡さん!」


 部下たちからこんなに反対されるとは思わなかった。ペンギンがダメなら、サウザンズはもっとダメじゃん。人間じゃないんだもの。皆、バカねぇ。


「それでも、私は! イワトビと結婚したいのー!!」


 これはもう、心の奥底にある、魂の叫びなのだ。




▼▽▼ 解答(6) ▼▽▼

甘い。


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