第11話 幹部会議のバニーさん(リーダーズ)
今日は月に一度、月初に開かれる定例幹部会議。ボスとリーダーズのみが参加する。もちろん、専用回線を用いた会議なので、各自、基地の幹部室にスタンバイしている。
幹部室からネットに繋ぐと、北部・西部の幹部リーダーズがそれぞれモニターに現れる。いつも通り、ボスはまだだ。
私は手元の端末に表示された資料にざっと目を通す。先月の、悪の組織と正義の味方の戦いの成績。もちろん、勝利数なんて無意味な数字は載っていない。死傷者数や保険金額、多額の寄付をしてくれている企業――お得意様の経常利益や株価の変動なんかが出ている。
こういう資料を準備するのは、スネークだ。企業の数字については、決算期でもない上、悪の組織なんかにデータを開示してくれるわけがないので、勝手に盗み見ているものだろう。ほんと、毎月のことながら、どこから持ってくるんだか。
『バニー、頑張っているじゃないの』
モニター画面の中で西部地区のバイオレットキティが微笑んでいる。相変わらず、菫色の細いしっぽがセクシー。
『東部を任せて半年にしては、うまくやっているじゃないですか』
褒めてくれたのは、同じく西部地区のオーキッドパピー。半年前まで東部地区のリーダーズだった幹部。私の前任者であり、私の教育係だった先輩だ。中卒から三年間、みっちり彼の下でしごかれてきた。今はもうそれさえも懐かしい。怒涛の半年だった。
『お前んとこはサウザンズが死ななくていいなぁ。何かコツでもあんの?』
北部地区のカメリアピグレットが感心している。相変わらず、脳内が筋肉で満たされているみたい。うちのケンタウロスといい勝負だわ。
「死者が出ていないのは、サウザンズが頑張ってくれているおかげです」
『いいなぁ。こっちは死人ばっかりだぜ』
『北は死者出しすぎ』
『あんだと? やんのか、コラ』
『諍いはやめましょう。時間の無駄です』
血の気が多いキティとピグレットがモニター越しに喧嘩を始め、パピーが仲裁するのはいつものこと。様式美だと思っている。
ちなみに、私はそれを傍観している。加わる気はない。様式美を壊すほど野暮ではないの。
『揃ったか』
ボスの声に、喧嘩は中断、私たちは背筋を伸ばす。空気がピリと張り詰める。おしゃべりは無用だ。
あぁぁ、緊張するぅ!
毎月のことながら、慣れることがないわ、本当に。
ボスは手早く数字を確認し、溜め息をつく。この、ボスの重苦しい溜め息が苦手なのよね、私。自分に向けられたものではありませんように、と毎月祈っている。
『では、ピグレット。サウザンズの死者数が多い理由について説明したまえ』
最初は私じゃなかった、良かった!
今月はボスが問題点を指摘し、理由や改善点などを私たちが答える形式のようだ。討論形式になることもある。会議の内容が決まっているわけではない。そのときのボスの気分で決まるんじゃないかしら。
『雪だるまんが短期決戦を望み、サウザンズ相手に容赦がなかったからです』
ピグレットは簡潔に答える。
タイガーがそんなことを言っていたわね。雪だるまんが溶ける前に全力で戦う、とか。
『真夏の雪だるまんの機動力は冬の半分だ。にも関わらず、なぜサウザンズが死ぬのだ?』
『サウザンズが弱いからです』
『つまり、見殺しにしたと?』
『そう、ではありません、が……』
『サウザンズの管理を適切に行なっていれば、死傷者はここまで増えなかったはずだ。管理怠慢ではないか?』
『いえ、そんなことは、決して!』
ボスの追求に、ピグレットはしどろもどろになる。手に汗握る展開だ。ボスは追求の手を緩めない。痛いところ――監督不行届な箇所を攻めて、責めてくる。
当事者ではないのに胃が痛い……!
『スネーク、北部地区サウザンズの勤怠管理表を』
『あいよ』
モニターに映し出された勤怠管理表は、うちと同じようなもの。勤務の日は計画書通りに地上で暴れたり、ヒーローショーで怪人役になったり、土地や家屋の調査をしたり、といった仕事がある。もちろん、非番の日――休日もある。サウザンズは週四日働けば「よく働いた」と言っていい。非番の日にはトレーニングも含まれるもの。
『では、傷病者の欄を赤く塗りつぶせ』
スネークが表示した表に、キティとパピー、私は驚く。ピグレットは『怪我人ばっかりだな』と笑う。
いやいやいや、全く笑えないんだけど。どこ見て笑ってんの、ピグレット。東部地区ではこんなの見たことがない。勤怠管理表はほぼ真っ赤だったのだ。
『キティ、どう見る?』
『おそれながら……サウザンズに傷病者が多数いる場合、戦闘能力が低下します。こんな状況下で戦わせるのは危険です。死を招きます。これが……北部地区でサウザンズの死者が増えている原因だと考えられます』
『クソ猫、てめえ、適当なことを』
『黙れ、ピグレット』
ボスの低音が響く。四人ともビクッと震えて縮こまる。
ボス、めっちゃ怒ってる。めっちゃ怖い。私が叱られているわけではないのに、手汗がびっしょりだ。
『サウザンズは量産できるが、使い捨ての駒ではない。材料も培養時間も必要、むろん、金もかかる。効率よく無知なサウザンズを成長させるのは、技術部ではなく幹部の仕事のうちだろう。即ち、サウザンズの死はお前の怠慢だ、ピグレット』
『……はい』
『改善を誓うか、パピーに北部地区を任せるか、今ここでどちらかを選べ』
『改善いたします!』
『サウザンズの補充も終わっているだろう。傷病者は休ませ、一人の死者も出すことなく任務に当たれ』
『はっ!』
ピグレットは冷や汗をダラダラかきながらホッとした表情を浮かべる。しかし、それで終わりではない。ボスはヒーローチャンネル内の雪だるまんの視聴率低下とグッズの売上減少を指摘、ピグレットの職務怠慢を理由とし、一ヶ月の減給処分とした。
ピグレットは処分を受け入れるしかない。従わなければ、クビになるだけだもの。
西部地区は順調だ。長年正義の味方として君臨するおにぎり侍とペンギンマンの活躍は安定している。夏の事故を減らすキャンペーン中にサウザンズが暴れ回ったのが良いCMになったらしく、昨年と比べると海難事故が減少しているようだ。
『伯シャークが人命救助をしたそうだな?』
『はい、溺れた子どもを助けてしまいました』
『良かろう。正義の味方がいない場なら、致したかない。悪の組織としての演技より人命優先だ』
『はっ』
褒められたパピーは嬉しそうだ。サメ貴族の伯シャークも、ボスに褒められたならきっと嬉しいに違いない。
『キティは食中毒対策のために、あえて食べ物系のジャマジャマを投入したそうだな?』
『はい。注意喚起を促したく』
『三週に渡って食べ物系にした意図は察するが、土用の丑の日にウナギのジャマジャマを入れたのは不適切だった。寿司屋と漁協と大手スーパーから販売不振のクレームが来ている』
『申し訳ございません。他のジャマジャマを戦闘に参加させます』
情報部に寄せられたクレームにもボスは目を光らせている。お得意様からのクレームは看過せず、真摯に対応している印象だ。
経済を回すことを第一に考えているのか、悪の組織の経営を考えているのか、定かではない。ボスの考えはわからないけれど、間違ったことは言っていないと思う。私はボスのことを信頼しているのよ。
『バニー』
「ひゃい」
声、裏返っちゃった! やだやだ、恥ずかしい! 緊張するぅぅぅ!
『戦闘に関しては、果物戦隊に出番が偏りすぎている。東海地方をサウザンズの自主性に任せすぎないよう、臨機応変に対応しろ』
「はい、かしこまりました」
『人狼のワルヴがキミ・チューブで悪の組織チャンネルを開設したのは――』
ヤバい、怒られる? 怒られる?
『――良かったな』
よし、セーフ! 褒められた!
ワルヴの解説配信は意外と好評で、チャンネル登録者数も順調に増えている。解説以外の他の動画も、ネット上での評判がいい。
口は悪いけど、的確なツッコミとサウザンズの裏事情を挟むことが高評価に繋がっているのではないかと私は考えている。ヒーローチャンネル内だとヒーローにしか光が当たらないんだもの。もちろん、ヒーローは子どもには必要なもの。悪の組織チャンネルは大人が楽しむもの、として割り切って配信しているのがうまく働いたんじゃないかしら。
ちなみに、広告収入も意外と入ってくるようで、それを元手にワルヴは機材や資材を買っているみたい。私にもたまに甘いものを差し入れてくれるから、彼の副収入にはノータッチだ。就業規則で副業は禁止されていないものね。
『ヒーローチャンネルのオンエアとリアルタイムで視聴している人間が多く、視聴率にも相乗効果が見られる。基地内のスタジオを利用して配信するのであれば、継続して許可を出そう』
「はい! ありがとうございます! これまで通り、地上での配信は禁止しておきます!」
ワルヴにもいい報告ができそうね。喜ぶかしら、ワルヴ。
『他にも、メドゥーサにスナックを持たせたのも面白い試みだな。サウザンズの飲酒による不祥事の数も少なくなったではないか』
「はい。掃除をする場所は多少増えましたが、大きなトラブルは今のところありません」
『そうか。あとで開店祝いに花を届けさせよう』
「あっ、ありがとうございます! メディ、喜びます!」
ボス大好きなメディのことだ。きっと泣いて喜ぶだろう。……ボスとの仲を誤解されたまま、というのは痛手だけど、いつかはわかってくれるはず。たぶん。最近、態度が軟化している気もするし、うん。きっと、何とかなるわ。
『八月は子どもだけでなく大人も夏休みに入る。盆の前後は交通機関への影響を考慮し、なるべく活動を控えるように』
ボスの言葉に、四人はそれぞれ頷く。活動を控える、つまり、世の中と同じように私たちにも夏休みがある、ということ。それはそれはありがたい言葉だ。
『夏が終われば、ハロウィンにクリスマスがある。季節のイベントを侮るな。各企業に儲けさせ、より多くの寄付金を手に入れるのだ』
四人は「はい」と背筋を伸ばす。正義の味方に寄付をする企業は、意外と悪の組織にも寄付をしてくれる。不思議よね。善悪では測れない何かがあるのよね、きっと。
あと、私のフィギュアもハロウィン仕様、クリスマス仕様、それぞれ売り出せるはず。コスチュームをデザインしろって言われるなら、衣装部と一緒に頑張っちゃうわよ。もちろん、露出多めで際どいポーズだって頑張っちゃう。
『では、八月の活躍に期待しているぞ』
ボスの姿が消える。皆、ホッと一息つく。パピーは机に突っ伏し、キティは両手を上げて伸びをする。ピグレットはすぐに回線を切って姿を消す。
『バニー、皆、元気か?』
「はい、元気ですよ。パピーの活躍、皆ちゃんと見ていますよ」
『ハハハ。もう忘れられたかと思ったよ』
パピーとはサウザンズの様子を少し話す。私の前任者だから、やはり気になるんだろう。私もパピーに最近のイワトビの様子を聞くので、会議のあとは少し楽しい。ボスがいないので緊張することもない。
『じゃあね、お先』
「はい、お疲れ様です」
キティもいなくなったので、パピーと少し話をしてから回線を切る。
「夏休み、どこに行こうかしら」と呟き、北海道旅行にしようか、長野に行こうか、海外へ行くのもいいわね、とウキウキと考える。
もちろん、一人旅行よ。色気のない旅行で悪かったわね。あ、瀬戸内へ行ったらイワトビに会えるかもしれないわね。それもいいわね。
『バニー、大変だぞ』
幹部室から出る直前、スネークの慌てた声が室内に響く。幹部会議の間に何か困ったことが発生したらしい。
「何、スネーク?」
『ヴァンが』
「ヴァンが?」
ネガティブ吸血鬼のヴァンが、どうしたって?
『血が足りないって、メディの店で暴れだした!』
「……血が足りない割に、血気盛んなことねぇ」
大方、血とワインを見間違えて飲んだんでしょうね。トマトジュースやケチャップと間違えることもある。ヴァンにとっては日常茶飯事だ。
『技術部、血を頼むの忘れてたんだろ。血液センター襲う計画書、作るか?』
「あぁ、タイガーが発注を忘れたのね。北部の手伝いで忙しかったから。技術部に連絡して、ついでに計画書のフォーマット、準備しておいて」
『あいよ』
間に合えばいいんだけど。
私は走り始める。メディの店『女王』に向かって。
……それにしても、「メドゥーサが女王という意味だから」そのまま店の名前にするなんて、ちょっとネット上の辞書に影響されすぎな気がするわよね。まぁ、メディ女王がいいならそれでいいか。今のところ、「女王様とお呼び!」なんて鞭を振り回したりもしていないし、好きなようにすればいい。
私は、なるべくサウザンズの自主性に口を出したくないの。
▼▽▼ 問題(6) ▼▽▼
「スライム怪獣トロリン」の涙の味は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます