第8話 怒りのバニーさん(ヤマタノオロチ)
「ちょっと、ワルヴ!?」
「ワルヴならまだ帰ってきてませんよ?」
サウザンズ寮の共同スペースにも個室にも、ワルヴの姿はない。夜行性や非番のサウザンズたちが、キョトンとしている。
「バニー様、お仕事だったんですか?」
「そんなに働いて大丈夫かいの?」
心配してくれるサウザンズたちに、「大丈夫、大丈夫」と笑顔を見せたあと、寮から基地の情報部へと向かう。
「スネーク!! ワルヴは今どこ!?」
スネークは寮に戻らずほぼ情報部に住み着いている。八つの頭のうち、ローテーションを組んで寝起きしているのだ。
「あれ、バニー。ケンは大丈夫だったかい? 痛い、痛い、踏まないでくれよ」
床で絡み合っている蛇の体を踏んづけて、頭をもたげて起きているスネークのほうに近づく。起きているのは二匹、それ以外は床で目を開けたまま眠っている。一匹が私のほうを見て、もう一匹がサウザンズがごちゃごちゃ言っている動画をモニターでチェックしている。八匹の名前なんて覚えていられないから、全員「スネーク」だ。そもそも、名前があるのかどうかもわからないんだけど。
「ケンは回収したわ。見ていたでしょ?」と意地悪く言うと、スネークはゆらゆら揺れた。監視カメラを覗き見るのがスネークの悪い趣味であることを私は知っている。刑事二人の登場も彼らは見ていたに違いない。ほんと、悪趣味!
「ワルヴが何だって?」
「アップルレッドと一緒にいるかもしれないの」
「ほほう」
「それはそれは」
スネーク二匹は舌をチョロチョロ出しながら、ニヤニヤと下品に笑う。何かの動画のチェックをしていたスネークが、モニターを切り替える。大きなモニターに映し出された地図上で、赤色の光が点滅している。ワルヴの位置情報じゃない? それ。
「人狼の本領を発揮されちゃ困るのよね、アップルレッドを相手に送り狼になっちゃった、なんて……ねぇ、これ、どこ? 都内?」
「蜂王子市のようだな」
「蜂王子? よろず屋?」
「の、ようだな」
「送り狼、成功しちゃってんの!?」
私は頭を抱える。マジか! 嘘でしょ!?
正義の味方と悪の組織の一員同士の恋愛は、大昔から「よくあること」とされていて、タブー視はされていない。……悪の組織の中では。
もちろん、正義の味方のほうでは大問題。ドラマのシナリオが大きく狂うことになるもの。どちらかが寝返る、なんてシナリオなら、まだマシなほう。最終回までに恋愛パートが回収できない、なんてのもマシ。最悪なのは、駆け落ちして二人共が逃げてしまったり、女が妊娠してしまったりして、オンエアが続けられなくなることだ。
「まさかワルヴ、アップルレッドと――!?」
「三時間以上移動していないみたいだな」
「今夜はもう帰ってこないだろ、ワルヴ」
「んもう、なんてこと!」
スネークは「二人共大人なんだから好きにさせてやれ」と笑うが、そういう問題じゃない。分別のある大人だからこそ、正義の味方と悪の組織だからこそ、超えてはいけないラインというものがあるわけでしょう? 善悪の境界は、簡単に乗り越えちゃいけないものでしょう!?
「ワルヴと言えば、あいつ、動画について勉強しているみたいだぞ」
「動画?」
「ビデオカメラの使い方とか、この間、熱心に聞いてきたよなぁ?」
「そうそう。あ、まさか」
「そのまさかか?」
「やーめーてー!! 想像しないで!!」
頭にピンク色の靄がかかる。スネークは「見てみたいなぁ」「まぁうまくやれば見られるだろ」と既にワルヴのビデオカメラをハックする相談を始めている。
まさかとは思うけど、ワルヴ……アップルレッドとの……三時間のいちゃいちゃを、撮影していないでしょうね!? 流出したら、どれだけ大変なことになるか……! 前代未聞のスキャンダルになっちゃうわよ……!
「まぁ、ワルヴがアップルレッドとどんな動画を撮っていようが、我々には関係ないさ」
「そう、我々にはね。でも、バニーは気になるんだろ。お前さ、嫉妬してんだよ」
スネークは、耳を疑うような言葉を私に向けた。ちょっと待って。誰が誰に嫉妬してるって?
「スネーク?」
「そうだな、嫉妬だな」
「お前、羨ましいんだよ、あいつらが」
羨ましい? 何を言っているの?
「自由に恋愛できる奴らが羨ましいんだよ」
「自分ができないからって、当たり散らすのは見苦しいぞ、バニー」
スネーク、レーザー剣とかで首を全部ぶった斬ってあげようか? 火で炙って再生できなくしてやろうか?
「じゃあ、今ここにイワトビがいたらどうする?」
……イワトビがいたら……? そんなの、決まってる。
「サインもらうわよ」
「相手が正義の味方でも、かい?」
「当たり前じゃない。ファンなんだから」
悪の組織の女幹部が正義の味方にサインをもらっちゃいけないなんて法律、ないでしょ? 倫理的に問題はあるかもしれないけど。
「じゃあ、イワトビから飲みに誘われたら?」
「行く」
ソフトドリンクしか飲めないけどね!
「イワトビから家に誘われたら?」
「行く」
……行くわよ。
「イワトビからベッドに誘われたら?」
……ん、んんんー!?
ペンギンマンのイワトビから、「こっちに来いよ」なんて言われたら?
あの切れ長の瞳で見つめられたら?
黄色いチャーミングなくちばしが、私に近づいてきたら?
唇に、ふ、ふ、触れたら……!?
「ほら見ろ、悩むじゃないか」
「悩まずに行動に移せたら、なんて考えたかい?」
「本能のままに行動できる奴が羨ましいかい?」
……羨ましくなんかない、とは言い切れない。毎日、西部地区のリーダーズが羨ましいと思っている。悪の組織として、ペンギンマン・イワトビに会えるんだもの。妬ましいと思わないわけがない。
「不純異性交遊くらい、大目に見てやれよ」
「お前が西部地区に異動になったとき、イワトビとどんな関係になっても、誰も文句は言えないようにしておくんだな」
「あぁぁぁぁ、もうっ!」
私はスネークの目の下あたりを殴る。部屋着ではなくバニースーツを着たままだったから、すごい音を立ててぶっ飛んでいった。「なんてことを!」ともう一匹が慌て、寝ていたスネークが何匹か起きてしまったけど、もう、知らない。
わかったわよ! わかったわよ! 罰したり咎めたりしなきゃいいんでしょ! 大人の関係だから、って! 大目に見ておけばいいんでしょ! わかったわよ!
情報部から退室し、私は廊下の壁をガンガンと殴る。ちょっとだけ壁が凹んだ。まぁ、ちょっとだけ、ね。いいじゃない、ここ空室で誰も使っていないんだから!
「……羨ましい……っ!!」
私だって! 大好きなイワトビと! オンエアできない関係に! なりたいわよぉぉぉ!!
「……管理職つらい……部下の管理ができない……」
「ちょっと、マリカ、コレ、コーヒーよ? あんた、コーヒーで酔ってるの?」
「酔ってない! でも酔いたい!」
メディとはすっかり友達になった。暇を見つけては、たまに会っている。スナック雅で会うこともあれば、こうして寂れた喫茶店でお茶をすることもある。
コーヒーのサイズが選べるような、大通りに面したカフェでは、メディはかなり目立ってしまう。握手やサイン、写真を求められたりして落ち着かない。だから、口の堅いマスターが趣味で切り盛りしている、老人の常連客しか来ないような喫茶店は、格好の女子会スポットなの。もちろん、メディのために椅子が丈夫であることも大事なんだけど、ここの木製のベンチは最高ね。強度もあるし、クッションがふかふか。
「マリカ、部下がいるのね。若いのに意外だわ」
「そうなの。私が年下の管理職だから、余計に舐められているのかも」
メディはブレンドコーヒーを一口飲んで、「年下の上司を舐めてしまう気持ち、あたしならわかるわ」と苦笑する。
ですよね! ジャスミンバニー、めっちゃ舐められてますもんね! メディに! あなたに!!
でも、「仕事ができない上司」と見られて舐められても、私が正義の味方を倒すわけにはいかない。私は負け続けなければならない。そして、それを部下にも強いなければならないのだ。それが仕事。ストレスだって溜まってしまう。
だから、メディに愚痴を聞いてもらっている。情けないかもしれないけど、メディは実は意外と聞き上手なのよね。あと、意外とアドバイスが的確。スナックのママとか似合いそう。雅子ママにノウハウとか色々教えてもらえば、いいママになれそう。
「仕事のことなら失敗しても私が何とかできるけど、生活のほうまで面倒は見られないわ」
「部下って言ったって、いい大人なんでしょう? 何か問題があっても、上司が責任を取らされるなんておかしいんじゃない?」
「そうよね! でも、部下が管理できないと私の監督不行届ってことになるのよ」
そのあたり、ボスは意外と厳しい。正義の味方に負けるより、サウザンズが地上で好き勝手することを嫌う。メディとワルヴの件を報告した際、ひどく不機嫌だった。「監督不行届」はそのときにボスから言われた言葉だ。
サウザンズを地下に閉じ込めておくにしたって、それを管理するリーダーズの数が圧倒的に足りない。娯楽も足りない。移送ポッドを使えないようにしても階段で上ってきちゃう。メディだってそう。サウザンズにとって、地上は楽園なのだから。
「どうすればいいのか……」
人を増やしてほしいなんてボスには言えない。娯楽施設を増やす? どんな? サウザンズのストレスを解消できるような施設を地下に建設するなんて至難の業だ。
「問題を起こしたら、その人の自業自得でしょう」
「じゃあ、メディがこの間暴れたのも自業自得?」
「……まぁ、それは、ねぇ?」
メディの口が重くなる。他人のことなら「自業自得」と切り捨てられても、自分のこととなるとそうはならないのが世の常だ。サウザンズも例外ではない。
「お酒を飲んじゃうと、なかなか難しいわねぇ」
「そうだよね」
メディもワルヴも酒癖が悪いみたいだ。メディはサウザンズ寮の共同スペースに私が入り浸っているせいで、地上に出てお酒を飲んで楽しみたいと自分の居場所を求めているのだから、飲酒を禁止するようなことはしたくない。だからといって、「深酒するな」とも言いづらい。私が言ったところで効果はないだろうし。
「部下が節度を持って行動できればいいんだけどねぇ?」
「それが一番難しい! ねぇ、メディ、何かいいアイデアない!?」
「えぇ? ないわよぉ」
「じゃあ、メディはどうすれば基地から出ない?」
「どう、って……」
メディは首をひねって、うぅんと唸る。彼女はかなり真面目だ。だから、きちんと考えてくれるだろう。
どうしたら、メディやワルヴに居場所が与えられるだろう。どうしたら、基地が魅力的になるだろう。サウザンズの幸せのために、私ができることはないの?
「そうねぇ。あたし、意外と寂しがり屋だから、皆で楽しく飲みたいわねぇ」
「皆で楽しく……」
「でも、マリカとこうしてコーヒーを飲むのも好きよ。楽しいわよ」
メディは寂しげに笑う。「意外と」どころか、「かなりの」寂しがり屋なんじゃないの? 彼女はきっと、もっと仲間と仲良くなりたいのだ。
けれど、そんな寂しがり屋のメディから共同スペースを奪っているのは、私だ。サウザンズと仲良くする機会を奪っているのは、私だ。
だったら、私が彼女の居場所を作るべきでしょ? そうじゃない?
「ありがと、メディ」
技術部に相談しなきゃ。
サウザンズたちのために私にできることがあるのなら、何だってやっておきたいのよ。
▼▽▼ 解答(4) ▼▽▼
雪女。
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