第6話【幕間】ゴーゴー!サウザンズ

「あー、死にたい」


 吸血鬼のヴァンが嘆く。彼が手に持つグラスには赤い液体がなみなみと注がれている。死にたいと物騒なことを言う割には、それをちびちびと飲んでいる。


「ヴァンはすぐ死にたい死にたいって言いますねぇ」

「死ぬ気なんてないのになぁ?」


 触手ヌルリの言葉に、ケンタウロスのケンが頷く。「死んでも何も変わりませんよぉ」とスケルトンのシラホネが跳ねながら笑い、「また可愛い女の子の血を調達してきてやるよ」と人狼のワルヴがグラビア雑誌を見ながら下品な笑みを浮かべる。


「俺は生きていてはいけない存在なんだ」

「それを言うなら、人間にとって我々は皆そうですよ」

「悪の組織なんだもんなぁ」


 共同スペースにいたサウザンズたちは頷く。悪の組織に属しているということに劣等感を感じているのか、溜め息をつく者もいる。


「なかなか勝てないし」

「ヒーローチャンネルでは雑魚扱いだし」

「俺、この間、アップルレッドに『イカ』って罵られた……ヌルリと一緒かよ」

「ワシなんか『イモ』だったぞい。生き物ですらなくなったわい」

「俺は『ミジンコ』……微生物だよ」

「バニー様でも『クソウサギ』だからなぁ」


 サウザンズは肩を落とす。罵られ続けるのは、意外と精神的に負荷がかかる。しかも、正義の味方だけでなく、世間一般の人々からも心ない言葉を浴びせられる。とりわけ、子どもたちから暴言を吐かれることを、サウザンズたちは大変悲しく思っているようだ。


「子どももなぁ、無邪気だからなぁ」

「石を投げられるの、地味につらい」

「バットを振り回して追いかけてくる子どもも怖い」

「隠し撮りされるのも嫌だなぁ」

「加工されてSNSで拡散されるの本当に嫌だ」

「死にたい……」


 共同スペースは暗い空気に満ちている。空気を読まないサウザンズは笑いながら走り回っているが、周りはかなりどんよりと淀んでいる。「ヴァンのネガティブが伝染してしまいましたねぇ」とヌルリは苦笑する。


 そんなとき、青いゼリー状の体を揺らしながら、トロリンが入室してきた。


「あれぇ? どうして皆暗い顔してるの?」

「……姐さんはどうだ?」


 ケンに尋ねられ、トロリンはぽよぽよ跳ねた。


「バニー様は眠ったよ。かなりお疲れだったみたい。ボクの体はベッドじゃないんだけどなぁ」

「眠らせてやれよ。バニー様は疲れているんだ」

「そうだ、そうだ!」

「バニー様はワシらのために働いてくれておるんじゃ」


 責められていると感じたのか、トロリンの目に涙が浮かぶ。それをヌルリが慰める。触手とスライムの相性は良いのかもしれない。


「相変わらず、バニー様の部屋はイワトビのぬいぐるみで溢れていたか?」

「うん、また新作が増えていたよ」

「姉さん、イワトビが好きだからなぁ。正義の味方なのに」

「まぁ、この間ITOYから特大クッションが発売されたしなぁ」

「特大、クッション……」


 サウザンズはそれぞれ自分の特大クッションがあったらどうだろう、と考える。それは何とも素敵でくすぐったい。幸せなことに違いない。


「正義の味方ばかり、羨ましい!」

「我らの特大クッションも作ってほしい!!」

「またリュニクロにコラボを頼むか?」

「リュニクロだけってのもなぁ」

「ま、ヴァンとオレ以外のグッズなんて売れないだろうけどな!」


 ワルヴがゲラゲラと笑うが、他のサウザンズはムッとした表情で彼を睨む。ヴァンはまだ「死にたい」を繰り返している。吸血鬼と人狼は、サウザンズの中でもルックスは良いほうだ。中身は別にして。


「ワタシの標本は売れているみたいですよぉ」

「骨格標本はグッズじゃねえ!」

「わぁ、ワルヴさん、ワタシをかじらないでくださいよぉ!」

「お前のその脳みそ空っぽな頭をよこせ!」

「ひぃぃ、誰か助けてー!」


 誰かが「犬と骨は元気だな」と呟き、サウザンズたちは頷く。「バニー様、大丈夫ですかね?」と誰かがまた呟き、サウザンズたちは溜め息をつく。


「我々が不甲斐ないばかりに……」

「バニー様にしわ寄せが行っていることは間違いない」

「ボスからも相当叱られておるんじゃなかろうか」

「バニー様はそういうの、全然見せないからなぁ」

「オレたちが暗くならないようにいつも明るく振る舞ってくれて……」

「本当はペンギンマン・イワトビがいる西部地区へ行きたいでしょうね」

「バニー様、いつか異動しちゃうのかな?」

「まさか、と言いたいところだが、可能性はあるな」


 サウザンズたちはまた深い溜め息をつく。そんな中、ヌルリはふと以前から考えていたことを口にする。


「ボスに幹部の人員を増やすようにお願いしてみますか?」


 サウザンズたちの動きが止まる。皆が一斉にヌルリを見る。


「ボスに?」

「どうやって?」

「我々は総帥室には入れないんだぞ?」


 皆「できない」とは言わない。できるならボスにそう願いたいところなのだ。意見を言い合いながら、可能性を探っている。


「情報部を経由するというのはどうだ?」

「いい考えだ!」

「しかし、取り合ってくれるかどうかじゃが」

「やってみなければわからんだろう!」

「やってみるか!」

「紙とペンを!」


 テーブルを取り囲み、サウザンズたちは目をキラキラさせたが、誰もペンを取ろうとしない。お互いに見つめ合い、首を横に振る。


「俺、文字は読めるけど、書けねえよ」

「ワシも」

「文字を書ける奴はいないのか!?」


 サウザンズの識字率は高くないらしい。誰も手を挙げることがない。読解することはできても、筆記することができないらしい。

「我々、バカだもんなぁ」と誰かがポツリと呟き、「オレたちの教育のほうが大事かもなぁ」と誰かが頷き、ヴァンが何十回目かわからなくなった「死にたい」を口にする。葬式のような暗い空気になるが、底抜けに明るい場違いな声が跳ねながらやってくる。


「スネークさんに直接お願いすればいいんじゃないでしょうかねぇ?」


 足の骨をなくしたシラホネを皆が一瞬見つめ、「それだ!」と大合唱が起こる。「脳みそがないのによく思いついたな」と褒められ、シラホネは飛び跳ねる。ワルヴも大腿骨を噛んで満足そうだ。


 そうして、情報部のスネークに連絡をし、「ボスに手紙を!」とうるさく懇願したサウザンズたち。しかし、真夜中の監視カメラチェックの楽しみを邪魔され、機嫌の悪いスネークから「動画送れば?」と投げやりに提案され、また「それだ!」「グッドアイデア!」と歓喜の声を上げるのだった。




『ボス、お願いです、バニー様に休息を!』

『幹部の増員を!』

『我々に教育を!』

『バニー様の負担を軽く!』

『ワルヴ、こっちも撮ってくれ!』

『面白いな、コレ。オレ、キミ・チューブ始めてみようかな』


 サウザンズが口々に叫ぶ動画を見ながら、ボスは「ふむ」と呟く。ジャスミンバニーの勤怠管理表をチェックし、「なるほど」と頷く。


「リーダーズの増員と自分たちへの教育、か。面白いことを考えるようになったじゃないか、サウザンズども」


 ボスはニヤリと笑ったが、彼らの希望が叶えられるかどうかはまだわからない。ボスの裁量次第なのだ。




▼▽▼ 解答(3) ▼▽▼

タコ。


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