第5話 戦うバニーさん(スケルトン)

「だから! シラホネ! こっちじゃなくて、あっち! 東に向かって! 戻って!」

「えぇ? どっちですかぁ? ワタシ、方向感覚がなくて……あ、骨だから感覚っていう感覚がありませんでした」


 頭痛が酷い。暑さのせいではない。部下のせい。確実に部下のせいよ。

 スケルトンのシラホネを巨大化させたはいいけれど、指示には従わないし、街中でスキップするし、寺の鐘つき堂は蹴って破壊するし――鐘つき堂? え、今、すごい音鳴らしながら飛んでったの、鐘つき堂!?


「あぁぁ! ヤバい、今、どっかのお寺壊した」

「うふふ、骨がたくさん落ちてますねぇ! 拾って差し上げましょうか?」


 私はドクロの目の中に立ったまま、シラホネがこの数分間で破壊の限りを尽くした街を見下ろす。幸い、火災もなく、瓦礫の下敷きになった人も見当たらない。


 こんなはずじゃなかった。

 既に街には特別怪人怪獣警報によるサイレンが響き渡っている。サイレンを聞いたのは久しぶり。民間人に死傷者が出ていないといいのだけど。

 シラホネが荒川のゴルフ場で暴れ回り、それを果物戦隊が制圧する――そんな計画だった。けれど、果物戦隊の到着が予想以上に遅れ、脳みそのないシラホネがはるか上空の飛行機を追いかけ始めた結果が、埼玉のとある街の破壊だ。

 この惨状だと、被害額はかなりの額になるはず。政府と保険会社からの非難が殺到するのは間違いない。久々の始末書モノだ。頭が痛い。


「あ、今度はヘリコプターですよぉ! うふふ、はたき落としてしまいましょう」

「やーめーろー!!」


 巨大化したシラホネはスケルトンらしく剣を振り回す。十五メートルほどのシラホネは、もちろんヘリコプターには届かない。おいコラ、ジャンプすんな! 酔いそうだわ!

 彼を止めるには、現状、果物戦隊のロボットが出てくるしかない。脳みそお花畑の巨大ガイコツは、私では手に負えない。けれど、情報部によると、果物戦隊のロボットが出撃した気配はないという。一体、どうなっているのか。早くシラホネをやっつけてもらわないと、この街が瓦礫の山になってしまう。本当にこのあたりを征服してしまう。征服しちゃいけないのに!


『また予算が降りてないんじゃないかい?』とスネークが通信機の向こうで呑気に笑う。ロボットを発進させるには何千万円とお金がかかるため、果物戦隊はたまにしかロボットを出撃させることができない。お金が足りない正義の味方――世知辛い世の中だ。


「アップルレッドの人気がないのが災いしているのかしら」

『寄付金額は毎年落ちているようだよ。落ち目ってやつだね』

「それじゃあ困るのよ! 政府は何をしているの!?」


 ガイーン、と大きな音が響く。見ると、シラホネが何かのモニュメントを剣でぶった斬り、さらに蹴り上げていた。いや、やめて、それはボールじゃない! お友達じゃない! ドリブルするんじゃなーい!


「シラホネキーック!」

「ぎゃあぁぁぁ! 街がぁぁぁ!」


 悪の組織の女幹部らしからぬ悲鳴が響いてしまう。五メートルの球体モニュメントでも、時速百キロメートルくらいのスピードで街に落ちたら、大惨事。住民の避難が完了していると言っても、家屋に甚大な被害が出る。避難生活を強いられる人々が増えるということだ。

 帰る家がない、という切なさは、経験したことがある人でないとわからない。あれは本当につらい。私は悲しむ人々を増やしたいわけじゃない。


『ナイスキャーッチ!!』


 突然、陽気な女の声が響いた。球体モニュメントを受け止めたのは、赤黄緑茶桃色の、フルーツ山盛りロボット。――ロボット! ようやく!? 遅いわよ!!

 私はホッとしながら、ジャスミンバニーとしての演技を開始する。


「あらぁ、遅かったじゃないの、バスケットロボ! あと少しでシラホネが世界を征服するところだったのに!」

『待たせたわねぇ! 財策大臣から許可が降りたから、心置きなく戦えるわよっ!』


 政府め、街が壊滅状態になりそうだから慌ててお金を出してきたな。遅すぎる。もっと早く決定してよ!


「うふふ、ロボットですねぇ、素敵なカラーリングですねぇ。ワタシにも塗ってほしいですねぇ! ワタシ、真っ白なんで!」


 いきなり、シラホネが飛んだ。――飛んだ!?

 鞭を出す暇もない。私は慌てて適当に骨を掴み、舌を噛まないように口を結ぶ。しかし、着地の際の衝撃で、ガイコツの頭の中のほうまで飛んでしまう。脳みそがないので、クッション性もない。めちゃくちゃ痛い。メディにやられた肋骨もまだ完治していないのに、また新たな怪我が増えそうよ。


「ちょっと、シラホネ! 移動するなら、気を――」

「怖いですねぇ、嫌ですねぇ、そんなもの、向けないでくださいよぉ」

『バスケット・シューティング・スタァァァァ!』


 見せ場を作ろう、と考える余裕もなかったらしい。被害が拡大する前に、果物戦隊は必殺技をぶっ放すことにしたようだ。バスケットロボの胸のあたりに虹のようなカラフルな光が集まり始める。


「ちょっ、待っ」


 私は慌ててシラホネの目と目の間の鼻骨に鞭を巻き付け、衝撃に備える。今日はとにかくこんなのばかりだ。


「また来るわよぉぉぉ!」


 私の決め台詞が果物戦隊に届いたかどうかはわからない。あとでアテレコされれば良い。とにかく、バスケット・シューティング・スターに吹き飛ばされ、私たちはキランと輝く星になり――東京湾へと落ちる。それはもう、大きな水柱を上げて。


「わぁ、助けてください、バニー様! ワタシ、泳げないんですねぇ!」


 バスケットロボの必殺技を食らい、シラホネは既に巨大化が解けている。いつもの、成人男性サイズだ。

 バニースーツ越しに海水の冷たい感触。夏だから「気持ちいい」で済むが、冬なら死活問題だ。


「あんたは死なないから大丈夫。骨は拾ってあげるわよ」


 脂肪のない骨は海水には浮かない。沈む。しかし、スケルトンは溺れることはあっても、死ぬことはない。網か何かですくってやればいいでしょ。


「ワタシ、骨しかありませんからー! 拾ってくださ――ゴボゴボ……」


 東京近辺で特別怪人怪獣警報が発令され、かつそれが巨大な怪人や怪獣だった場合、東京湾全域に避難指示が出る。漁船も客船も、可及的速やかに最寄りの港へ行かなければならない。

 なぜなら、巨大化した怪人怪獣は、ロボットに吹き飛ばされたあとたいてい東京湾に落ちるからだ。悪の組織、及び政府の都合で。まぁ、その他の事情でたまに山に落ちることもあるけど、ほぼ海に落ちる。だから、民間人を巻き込まないように、準備を万端にしておかなければならない。面倒だけど、人命第一なのよ。


「バニー様!」


 東京湾海上で待機していたサウザンズが、船で駆けつけてくれる。浮き輪にしがみつきながら、シラホネが沈んでいったあたりに網を投げさせる。深くまで沈んでいなかったのか、比較的短時間でシラホネは海上に姿を見せた。「拾ってもらえましたぁ」と嬉しそうなシラホネだったけれど、私は船のデッキで溜め息をつく。


「始末書書きたくない……」


 ボスからの説教は絶対に避けられそうにない。私は街の惨状を思い出す。出火はしていなかったけれど、全壊半壊の家屋が多かった。シラホネのスキップをどうにかして止めるんだった。


「もぉやだ……」


 溜め息しか出なくなるのも当然よね……泣きたいわ。




「に、二十億円……!?」


 今回のように計画が大きく狂った場合、ヒーローチャンネルのオンエアより先にボスの耳にも入るようで、悪の組織の基地に戻ってすぐにボスの部屋に呼ばれた。そして、ボスから被害額を聞かされたわけだけれど……それが二十億円。今までとは桁違いの金額だ。私の給料、何百年分だろう!


『死者はいなかったが、負傷者が十余名、建造物や家屋の損壊などを合わせて見積もると、大体それくらいの金額になるとのことだ』


 どこの保険会社の見立てかはわからないけど、政府が予算をつけるくらいの被害金額にはなるとは思っていた。具体的な数字が出たのなら仕方ない。始末書をまとめなければ。


『バニー』

「はい、申し訳ありません。シラホネを制御することができませんでした。私が未熟でした」


 モニターの前で、私は土下座している。怖くて顔が上げられない。モニターの向こうでボスがどんな顔をしているのか、想像しただけで恐ろしい。まぁ、顔なんてわかんないんだけど。とにかく、背中が寒い。冷房のせいではない。ちょー怖い。


『悪の組織としてはよくやった、と褒めるべきなのであろうが』


 ですよねー。普通の女幹部なら褒められるところですよねー! 普通ならね!


『今回はあのゴルフ場の再開発のため、破壊の限りを尽くすという計画だったな?』

「はい」

『計画通り、破壊の限りは尽くせたか?』

「尽くせませんでした! 申し訳ございませんでした!」


 ゴルフ場の損壊より、街の被害のほうが大きいはずだ。シラホネはゴルフ場からすぐに街のほうへ行ってしまったから。計画を逸脱してしまった。報告書どころか始末書ものだ。わかっている。


『計画段階で何が間違っていたのか、報告をまとめろ』

「かしこまりました。今日中にまとめます」


 言いながら、違和感に気づく。

 報告……報告書? 始末書ではなくて?


「あの、ボス。恐れながら申し上げたいことが……」

『何だ?』

「始末書でなくてよろしいのでしょうか?」


 顔を上げると、相変わらず闇のように真っ暗なモニター画面。しかし、ボスの気配はある。ボスは――笑っている。笑ってる? なんで?


『ゴルフ場は破壊できず、街には甚大な被害をもたらした。計画を無視した結果となったが、なぜ始末書ではなく報告書なのか、という疑問か?』

「はい」


 理由が全然わからない。私は失敗した。なぜ、それが咎められないのか。三週間後だか四週間後だかに、一緒にオンエアを見るサウザンズにどう説明するべきなのか。なぜ、ボスは笑うのか。


『二十億円など、政府にとっては端金だった、ということだ』


 えーと、ボス、ますますわかりません。


『あのゴルフ場のコンペに誰が出席していたかわかるか?』

「ふれあいコンペ、ですか? 偉い人がいる、くらいの認識でしたが」

『財策大臣だ』


 ……マジか!!

 じゃあ、果物戦隊のロボットの出撃が遅れたのは、財策大臣があの場にいて混乱していたからか! いや、逆に、あそこに財策大臣がいたからこそ、ロボットの出撃に足りるだけの予算がついたとも考えられる。


『つまり、ゴルフ場の再開発のため、という名目で我々に接触をはかってきた人物には大きな貸しができたというわけだ』

「混乱に乗じて財策大臣の暗殺を目論んだ、と?」


 シラホネが暴れていたら、ゴルフ場にいた財策大臣が死傷していた可能性はある。財策大臣が死んでいたら……この国にとっては確かに二十億円以上の損失になりうるだろう。


『街の住民の避難が早く死者が出なかったのも、その人物が裏で手を回していたとも考えられる』

「我々悪の組織は、利用されたということですか?」


 よくあることだ。悪の組織だから悪事を働いてくれるだろう、と期待する輩は多い。殺人の依頼だって、山のようにある。もちろん、応じるわけはないのだけど。


『我々を利用してタダで済むと思われたら困る。そういうことだ』


 だとすると、報告書を提出する先は――ボスであって、ボスではないということね。私はバカではない。伊達に女幹部を名乗っていない。


「かしこまりました。では、そのように報告書を」

『理解が早くて助かるよ、バニー』


 ボスの言葉にホッとする。私の首は繋がっている。それだけでよい。

 計画は失敗したが、国益は損なっていない。

 よくできたシナリオじゃないの。ヒーローチャンネルの《果物戦隊バスケットの活躍日誌》のオンエアが楽しみだわ。


 そして、後日、なんちゃら補佐官が逮捕されることになるのだけれど、それはまた別の話。

 計画を遂行しなかったシラホネが「減給ですかぁ!」とただでさえ真っ白な顔をさらに白くしたのも、また別の話なのよ。




▼▽▼ 問題(3) ▼▽▼

「触手怪獣ヌルリ」は何と罵られると腹を立てるか。


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