第4話 オフのバニーさん(メドゥーサ)

 メドゥーサのメディは人間と比べると大柄だ。二メートルはある。しかも結構ゴツい。メディの性別はサウザンズには珍しく「女」なんだけど、巨体も相まってちょっとオネエっぽく見えてしまう。

 さて、戦うとなると茶山栗栖は変身しなければならない。生身では怪人や怪獣には勝てない。いくらサウザンズが手加減していても、ヒーロースーツがなければ大怪我をしてしまう。

 上空には、いつの間にか無人航空機が飛んでいる。撮影がいつから行なわれていたのかわからない。茶山栗栖に抱きしめられている姿が録られていないことを祈るしかない。だいぶ薄暗いから顔までは識別されてないといいんだけど。


「どいつもこいつも! ジャスミンバニーの話ばかり! あのぶりっ子ウサギ!」


 えーと、私の名誉のために言っておくと、私はぶりっ子ではない。一般人や視聴者に媚びてはいるけど、それは仕事での演技だ。胸や尻を強調するポーズを考え実践するのも、お色気シーンも、仕事上、必要だからだ。「悪の組織の女幹部」に色気が求められているからだ。……まぁ、目立ちたがりなのは、否定しない。注目を集めるのは気持ちいいのよね。

 メディはそれを知らない。ヒーローチャンネル内でのジャスミンバニーの性格を、生来のものと考えているのだろう。なるほど、だから私は嫌われているのね……いやいや、今そんなことを納得している場合ではなくて!


 どうやって逃げようか考えていると、茶山栗栖がババッと手を振り回し始めた。左手につけた変身用のバスケットウォッチが茶色に輝く。変身が始まるのだ。今ここで。

 ちょっと待て! 離れなきゃカメラに映っちゃう!

 私は近くの路地に隠れる。幸い、メディには気づかれていない。よし、このまま逃げるか。


「果物戦隊バスケット! マロンブラウン!」


 正義の味方は、決めポーズやセリフが結構細かく決められている。それが変身――ヒーロースーツ着用のトリガーとなっているため、間違えたら最初からやり直しだ。めちゃくちゃ緊張する瞬間なのよね、コレ。

 何しろ、私たち悪役はヒーローの口上が終わるまで攻撃を開始してはならない。噛んだり笑ったりしたらリテイク。一度、笑い上戸のヒーローのせいで十五回やり直したことがあるんだけど、両者とも戦意を喪失してしまって大変だった。殺意が沸いた私を誰も責めないでほしい。


「変身するぜ!」


 バスケットウォッチが輝き、茶山栗栖の体が茶色い光に包まれる。ビジュアルはあまりよろしくない。茶色い光は意外と綺麗ではない。別の色にすればよかったのに。青とか。あ、でも青いフルーツはないか。ブルーベリーとか? 葡萄でもいいかも。グレープパープル、いいじゃん。


「なにっ、お前は果物戦隊!!」

「マロンブラウン参上!」


 よし、よし。モーニングスターを取り出したメディと、槍を構えたマロンブラウンの戦いが静かに始まった。両者とも間合いが大切な武器。間合いを十分に取り、威嚇し合う。

 私は路地に身を潜め……まぁ、戦いの行方を見守るほど暇じゃないから、帰るとするか。腕時計型の通信端末から現在地と周りの地図を確認して――。


「ジャスミンバニーはお前たちの上司だろ!」

「あんなウサギを上司だと思ったことなんて一度もないわ!」


 酷い。メディ、酷い。ちょっと悲しくなっちゃったじゃん。私、何でそんなに嫌われてるんだろ? 意味わかんない。メディは上映ホールにも寮の共同スペースにも来ることがない。徹底して私との接触を避けている。

 えーと、この路地の奥はスナックばかりで袋小路……メディったら、こんなところで飲んでいたのね。飲むのはいいけど、お酒に飲まれちゃダメじゃないの。


「奇遇だな! オレにも嫌いな同僚がいるぜ!」


 マロンブラウンめ、あとでアテレコするからって好き勝手言ってる。……想像はつくけど。


「わかるわよ、どうせアップルレッドでしょう!」

「ハハハ、ビンゴ!」


 この会話、編集でカットされるか全く違うセリフがアテレコされるはず。アップルレッドを嫌いだと宣言したら、ドラマが成り立たなくなるのだから。

 まぁ、女好きのマロンブラウンにそこまで嫌われるアップルレッド。敵ながら感心してしまう。オンでもオフでもお姫様気分で四人を振り回しているんだろうと簡単に想像がつく。


「あの女、自分がテレビでどう映るかしか考えていないでしょう!?」

「なんてったって、お姫様だからなぁ!」


 マロンブラウンの槍はメディには届かない。モーニングスターに弾かれても体勢を崩さないし、動じた素振りがないのはさすが果物戦隊の一員。

 モーニングスターも槍も突く武器だ。尖端が尖端に当たったり、それぞれが身軽に避けたりして、重低音が響く応酬が続く。


「うちのウサギも同じよ! 媚びる女は嫌いよ! 美しい女なんかっ!」


 メディの髪の毛――に擬態していた白蛇が頭を持ち上げ、マロンブラウンを威嚇する。あの白蛇たちにアナちゃんズと名付け、メディはきちんと手入れをしている。脱皮を見守ったり、ご飯を与えたり、撫でてやったり……そのときのメディはすごく優しい顔をしているのだ。直接、目は見たことないけど。メドゥーサだから、目を見ると石になっちゃうからね。だから、目が見えない特注のサングラスが手放せないもんね。


「美しいだけが女じゃないだろ!」

「美しくない女の気持ちが、美しいだけの女や男にわかるわけないわよ!! あたしだってねぇ、あたしだって、もっと綺麗に、可愛く生まれたかったわよぉぉ!」


「何言ってんの!! メディは綺麗でしょうがぁぁ!!」


 思わず、叫んでいた。私が。びっくり。私が。

 私以上に驚いたのは、メディとマロンブラウンだ。マロンブラウンは「逃げろって言ったのに!」と悔しがっている。どうやらこの戦闘は私が逃げるための時間稼ぎだったらしい。

 うん、ごめん。出てきちゃったわ。だってめちゃくちゃ腹が立ったんだもの。撮影した映像がお蔵入りになっても構わない。だって、めちゃくちゃ、ムカついたんだもの。


「メディのどこが美しくないのよ! 裸眼で鏡が見られないからそんなこと言ってんの? ネットでの評価を鵜呑みにしてんの? 冗談じゃない、メディは気高くて美しい怪人じゃないの!」


 私を嫌っている部下だとしても構わない。私は、私の部下が好きだ。サウザンズが可愛くて仕方ない。それにメディも含まれる。例外はないのだ。

 メディは固まっている。戸惑っているのか、怪訝な顔をしているのか、大きなサングラスからは判別できないけれど、驚いていることは確かだ。


「おい、こら、相手は怪人だぞ! 危険だぞ! 怪人怪獣保険入ってんのか!?」


 私はマロンブラウンが制止するのも聞かず、メディに近づいていく。ちなみに、保険には加入済だ。


「アナちゃんズがツヤツヤで肉付きがいいのは、メディがきちんと愛情を持ってお世話をしているからでしょう? アナちゃんズがお利口で人を襲わないのは、メディがそう躾けたからでしょう?」


 そう、私は知っている。メディは優しく慈愛に満ち溢れた怪人だ。戦闘の際に人間を石化しても、それを解除するために必要な薬を関東と中部の救急病院すべてに配備しているのだ。被害に遭った人間の石化をすぐに解くために、メディが東部地区に手配したことを私は知っている。


「そんな、優しくて、動物を慈しむことができるあなたを、誰が美しくないとか可愛くないとか、言うの!? 連れてきなさいよ、そんなこと言ったバカを!!」


 ドスンとモーニングスターが落ちる。メディの頬を水滴が伝い、顎からボトボト落ちている。……あれ、泣かせちゃった?


「あっ、あんた、なんかに、何がわかんの、よっ」

「何もわかんないわよ。私は人間だし、怪人がどんなふうに考えているのか、知らないわ」

「だったら!」


 知ったようなこと言わないでよ? 怪人のつらさなんかあんたにはわかんない? 上等じゃないの。


「だったら、教えてよ、メディ」


 私は目の前のメドゥーサを見上げる。涙でくしゃくしゃになった美しい怪人を見上げる。


「あんたがどんな痛みを抱えているのか、教えてよ。少なくとも、私は知りたい。メディのことを知りたい」


 それはジャスミンバニーとして――仕事としてではなく、一人の人間として。

 ……いや、私、そこまでできた人間じゃない。やっぱりちょっとだけ仕事を円滑にしたいという下心はある。なんで嫌われてんのか、理由は知りたいよね。


「うっ、人間、が、生意気に……っ!」

「生意気でごめんなさいね」

「……あんた、誰よ」


 メディ、素顔の私を見たことなかったのね。嫌いな上司のマスクの下の顔なんて覚える必要もないってことね。切ないけど、ちょうどいい。普通の人間として色々話してみようじゃないの。


「宇佐美茉莉花。連絡先交換しましょ?」


「オレとも! 連絡先を!」と背後で叫んでいるマロンブラウンを無視し、私はハンカチを差し出しながらメディに笑いかけるのだ。




「だーかーらー、ウサギは仕事ができないのに、ボスに気に入られてるのー。だから、作戦に失敗しても、ヘーキな顔をしていられるのよー!」

「ボスに気に入られているから、仕事に失敗しても許されている、ということね?」

「そぉう! ボスはウサギに甘いのよっ! あたしたちは一生懸命計画通りに頑張ってるのに! あの女は一生懸命戦っていないから! 必死さが足りないから悔しくないのよ、あのウサギ!」


 酔っ払ったメディの話を総合すると、彼女は悪の組織が正義の味方と戦いながらも成果を上げられないことを恥じ、その元凶たる上司の無能ぶりを嘆いているようだ。

 私は知らなかった。メディがかなり真面目な性格であることを。そして、悪の組織の一員として、高い忠誠心と自尊心を持ち合わせていることを。

 そりゃ、私は嫌われるわ。当たり前だわ。私は深く納得してパイナップルジュースを飲む。悪の組織の一員だけど、お酒はハタチになってから、だ。


 私はボスから「正義の味方を倒すな」と命令されて動いている。サウザンズに無茶振りをすることもあるし、積極的にバカな作戦や計画を立てることもある。

 先日だって、塩に弱いトロリンを海に連れて行った。本気で正義の味方を倒し、世界征服を見据えるなら、絶対にやってはいけない愚かな人選だ。


「……無能な上司がいると大変ね」


 私はメディのグラスにワインを注ぎ、大人しく帽子の擬態をしているアナちゃんズに枝豆を差し入れる。白い蛇が素早く割箸にかぶりつく姿は微笑ましい。

 メディ行きつけのスナック『みやび』のカウンター席に二人で座り、それぞれ酒とソフトドリンクを飲んでいる。そう、二人だ。マロンブラウンは途中で撒いた。あれは邪魔な存在だった。

 メディの巨体でも気にならないくらい店内が広いのは、雅子ママの姿を見て納得した。かなりふくよかなママは、私たちの会話に参加することなく、ニコニコと笑いながらつまみを出したり酒を出したりしてくれる。居心地は良い。


「そお、無能な上司、本当に迷惑だわ」

「でも、仕事が失敗しても、その上司からもボスからも叱られたことはないんでしょ?」

「そう、そうなのよぉ! だからボスに申し訳なくて!」


 負け続けた上に叱られ続けるのはしんどいだろうと思い、サウザンズを褒めていたのがメディには逆効果だったらしい。私の考えの裏を読むサウザンズに、どう対処すればいいの! 本当に!


「じゃあ、ボスは無能な上司を叱り飛ばしているんじゃない?」

「ボスは優しいから、よくやった、としか言わないの。大した仕事もしていないのに、ボスから直接言葉をいただけるのも許せないわ!」


 なるほど。サウザンズは私だけではなくボスからも褒められたいのかも。部下を褒めるのは直属の上司の仕事だと思っていたけれど、独りよがりだったかしら。次回からボスにもできる範囲で協力してもらおうっと。


「誇りを持っているのね、仕事に」

「じゃなかったら、とっくに逃げ出しているわよぉ。長年の誇りもあるし、やっぱり好きなのよ……うっ、うっ、好きなのよ……!」


 酔っ払ったメディは、絡んできたり泣いたり感情の幅が忙しそうだ。私の悪口を言われているにも関わらず、不思議と嫌な気分ではない。納得できる理由があり、それを私が自覚しているからね。

 もっと早くにメディの本音を聞いておけばよかったわ。呑気に「いつかはわかってくれるでしょ」なんて放っておくんじゃなかった。これは私の落ち度ね。サウザンズのマネジメントも仕事のうち、という当たり前のことを痛感しているわ。


「……ううっ、ボス……」


 手を精一杯伸ばして、メディの広い背中を撫でる。意外と暖かい。


「あたしだって、ボスに、気に入られたい!」


 ……ちょっと待て、メディ。


「……メディ、もしかして、ボスのことが好きなの?」

「やだぁ! マリカったらぁ!」


 ばちーん、と恋する乙女から照れ隠しのパンチを食らい、私は壁まで吹っ飛ぶ。壁にめり込んだ背中が痛い。星が飛んでる。めっちゃ痛い。バニースーツ着ていれば良かった。めっちゃ痛い。


「マリカ!? あらやだ、酔ってて力の加減が! ごめぇーん!」


 痛くて涙出てきた。コレ肋骨折れてない? 戦闘中じゃないと怪人怪獣保険って使えなかったんじゃなかったかしら? メディのバカ……!


「んもう、マリカったら! 内緒よ、内緒! あたしがボスのこと大好きなのは!」


 おいコラ、メディ。ちょっと反省した私の気持ちを返しなさい。あんたがボスが好きだから、ボスに気に入られている――と思い込んでいる――ジャスミンバニーが嫌い、というだけの嫉妬にまみれた、ただの私情、私怨じゃないの。反省した私がバカみたいじゃないの! 私、ボスのことなんてちっとも好きじゃないのに、とんだとばっちりだわ!


「メディちゃん、オイタはダメよぉ」と雅子ママが私を軽々と抱き起こしてくれる。

「茉莉花ちゃん、怪我はなぁい?」

「あ、はい、だいじょぶ、です」


 ……ママ、ふくよかだと思っていたけど、コレ筋肉ね? めちゃくちゃ裏声ね? 雅子ママ、男ね?

 よく見ると、働いているスタッフは皆、女装をした男性に見える。見えるというか、そのままだ。なるほど、このスナックはそういう場所らしい。


「ねーえ、今度ボスを連れていらっしゃいよぉ。どんなにいい男なのか気になるじゃないの」

「ダメよ、ママ。ボスがいい男過ぎて好きになっちゃうわよ! これ以上ライバルは増やしたくないわ!」


 ママにはメディが女装した男性に見えているのか――同類だと思っているのかは定かではないけれど、メディにとって、ここは居心地の好い場所なのかもしれない。違和感もない。少なくとも、メディも白蛇アナちゃんズもサウザンズ寮にいるよりは楽しそうだ。


 私はまだサウザンズのすべてを知っているわけではないのね。メディのように鬱屈とした気持ちを抱えていないサウザンズのほうが少ないんじゃないかしら。そんな気がしてならない。

 とりあえず……肋骨痛い。間違いなく折れてるわ、コレ。保険適用されんのかしら、コレ。




▼▽▼ 解答(2) ▼▽▼

侯爵・公爵・伯爵・子爵・男爵。

侯シャーク・公シャーク・伯シャーク・子シャーク・男シャーク、でも可。


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