第3話 オフのバニーさん(よろず屋)
私は人間だ。サウザンズとは違い、人工的な生命体ではない。マスクとバニースーツを脱いで地上へ出れば、人混みに紛れて活動することができる。だから、真夏の炎天下では、一般人と同じく干からびて死にそうにもなる。
……いえ、軽々しく「死ぬ」なんて言っちゃいけないわね。
私の両親は事故で死んだ。
会社名よりも衣食住が保障されている、という点が非常に魅力的だったのよね。給料も意外と高い。世界征服なんていう危険な仕事だから、色々な手当がついているんじゃないかしら。フィギュアなどのグッズのロイヤルティ分もたくさん貰っている。
私は給料はほとんど使わない。西部地区の正義の味方、ペンギンマンのイワトビグッズが欲しいだけ。たまに店員さんにおだてられて服を買うこともあるけど、頻繁ではない……と思う。だから、貯金に回すお金と生活費とペンギンマン・イワトビのグッズ代を差し引いた分のいくらかを、糸井児童養護施設に毎月寄付している。
「あ、
施設の門をくぐると、庭の日陰やプールで遊んでいた子どもたちが私にすぐに気づいて駆け寄ってくる。あ、セミはいらないかな、セミは。プレゼント? ごめんね、やっぱいらないわ。
「茉莉花だ! 久しぶり!」
「おやつ買ってきた?」
「今日はなに?」
「元気堂のチョコレートどら焼きだよ!」
やったぁぁぁと叫びながら、子どもたちは施設――「家」へと駆け込んで行く。おやつの時間には少し早いけど、まぁいいか。日曜日だし、先生たちも多少のことでは怒らないでしょ。
「ちわっす」
「こんにちはー」
家の補修をしているのか、ベニヤ板やブロック、工具を持った若い男たちがうろうろしている。汗びっしょりで大変そう。
――にしても、どこかで見たことがある顔。黄色に緑に茶色にピンク……やたらカラフルなそれぞれのツナギには『よろず屋』と刺繍がある。……よろず屋?
「元気堂のどら焼き、美味いよね!」
「そ、そうね」
茶色のツナギの男性が話しかけてくる。曖昧な笑みを浮かべながら、私は上空を見上げる。……やっぱり。ヒーローチャンネルの無人航空機が何機か飛んでいる。
茶色のツナギの男は、果物戦隊のマロンブラウン……いや、よろず屋の
「おい、栗栖、口じゃなくて手を動かせよ」
ピンク色はピーチピンクこと
「あれ、もう休憩?」
黄色はレモンイエローこと
「いい匂い! おやつの時間?」
緑はライムグリーンこと
あたりを見回したが、アップルレッドこと赤峰林檎はいない。一人で家の中に入っているんでしょ。炎天下の中、果物戦隊の四人で外の作業をしていたみたい。
あぁ、今は果物戦隊じゃなくてよろず屋、ね。私も、ジャスミンバニーではなくて
「お疲れ様。暑いのに大変ね」
「いえいえ、美しいお嬢さんにお会いできたので、夏の暑さなんかたった今吹き飛びましたよ」
「くーりーすー!」
茶山栗栖は相変わらず女好きだ。そして、桜川桃矢は相変わらず真面目だ。この性格はオンでもオフでも変わらないのかしら。
「多めに買ってきたので、良ければ皆さんも一緒におやつにしない?」
四人は顔を見合わせて頷いた。
「喜んで!」
やったぁ、と喜ぶ黄木檸檬と緑青雷夢の天真爛漫さに癒やされる女の人たちの気持ちを何となく理解しながら、私は敵対組織のヒーローたちを食堂へと案内するのだ。
どら焼きを皿に載せたり、コーヒーやジュースを準備したり、よろず屋の四人はせっせと働いてくれる。施設の先生たちは子どもたちに手を洗わせたり、他のおやつを準備したり、こちらもいつも通りテキパキと行動している。
結局、赤峰林檎はよろず屋の仕事をしていないらしい。どこにも見当たらないので桜川桃矢に尋ねたら、眼鏡のズレを直しながら「お姫様だから」と困ったような表情で答えてくれた。「お姫様だから」の意味は全く理解できなかったんだけど、まぁ「お姫様だから働かない」とかそういう意味なんでしょう。紅一点って高慢な性格になるのね。……わ、私は違うわよ。
「茉莉花はどうしてここへ?」
「私の故郷だからね」
既に名前を呼び捨ててくる茶山栗栖に辟易しながら、連絡先を聞き出そうとしてくる彼をかわす。正義の味方と馴れ合うつもりはないの。オンでもオフでも。
「茉莉花ちゃん、ここで育ったの?」
「両親が死んで、親戚もいなかったのよ」
「それは苦労したねぇ」
黄木檸檬と緑青雷夢は憐れんでくれるけど、私自身は別に両親がいないことを嘆いたり悲しんだりはしていない。施設長を始め、先生方は我が子のように育ててくれたし、退所した今も千人近い家族がいるのだから寂しくはない。
「まぁ、普通だよ」
何が普通なのか、よくわからないけど。悪の組織の女幹部として働くのも普通。正義の味方とどら焼きを食べるのも普通。普通の人生だ。
どら焼きを食べ終わったら、子どもたちはまた庭で遊び始め、よろず屋はまた家の補修作業に戻る。子どもたちは、ヒーローチャンネルで見るヒーローが来てくれていることを最初は喜んだみたいだけど、果物戦隊に変身しない彼らには興味をなくしたらしい。仕事の邪魔もしていないようだと先生方が言っていた。子どもは現金よね、本当に。
片付けを終えた私は、糸井施設長の部屋へと向かう。
「失礼しまーす!」
ノックをして返事があったので入室する。真っ白い髪をきちんと整え、高いジャケットを羽織った老人が、笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「やぁやぁ、茉莉花。元気だったかい?」
「お陰様で。糸井先生もお元気そうで何より!」
糸井施設長は、世界的な玩具会社
「今月分の寄付金、ありがとう。はい、領収書」
「ありがとうございまーす」
「でもねぇ、茉莉花、寄付金は必要ないんだよ。ここの運営状況は悪くないんだ。子どもたちが気になるのはわかるけど、お金は自分自身のために使いなさい」
糸井施設長はそう言うけれど、十分に貯金はしているし、使い道もないのだし、それなら子どもたちのために使ってほしいんだけど。
「糸井先生が受け取ってくれないなら、他の施設に寄付するだけだよ。今の私には多くは必要ないんだもの」
糸井施設長は困ったように笑って、「じゃあありがたく」と頷く。うん、それでいい。それでいいのよ。
「よろず屋さんに塀を補修してもらわないといけないくらいになったんでしょ? お金、足しにしてよ」
「あぁ、すまないね」
そう。素直に受け取ってもらえると、私も嬉しい。嬉しいのよ。
「相変わらずペンギンマンが好きなのかね?」
「ペンギンマンのイワトビ、ね。コウテイでもアデリーでもないわよ、イワトビよ。ITOYはイワトビグッズをよく出してくれるから、オンラインショップの常連だよ、私」
「ハハハ。相変わらずだね。仕事は順調かね?」
「うん、順調だよ。お給料もいいし、仕事も楽しいよ」
「それなら良いのだが」
糸井施設長は心配性だ。毎月毎月、同じ質問を繰り返す。ボケるにはまだ早いのに。
「しんどくなったらいつでも帰っておいで」
「大丈夫。今は会社が家族みたいなもんだから」
悪の組織と言う割に、勤務形態はかなりホワイトだ。残業代も出るし、非番の日には電話も鳴らないし……たまに、しか。巷で噂されているブラック企業ではない、はず。
コンコン、とドアがノックされる。糸井施設長への客人だろう。
「うん? 日曜日に、誰かな?」
「おーい、じいちゃん、遊びに来たぜー」
入室してきたのは、高校生くらいの少年だ。私の姿を見つけ、「げっ」と言って後ずさる。――彼は確か。
「あれ、
「うわ、茉莉花だ。何でいるんだ? お前、退所して何年も経つのに!」
「やぁだ、久しぶりー! 二年ぶりくらい? 大きくなったじゃないの!」
思わず、ぎゅうと抱きついてしまう。しかし、以前よりも顔の位置が高くなり、見上げないといけなくなっている。体もゴツゴツと筋肉質で、何だか収まりが悪い。嫌そうな顔で私を見下ろす拓未くんは、私の知っている拓未くんではない。
「やっだ、成長してる!」
「茉莉花は成長していないようだな」
「わぁ、憎まれ口叩いてる! 可愛い!」
「……お前なぁ!」
「はいはい、喧嘩はナシ!」
私と拓未くんの間に、糸井施設長が割って入る。仕方ない。孫と祖父の「遊び」の邪魔をしてはいけない。渋々拓未くんから離れ、「お邪魔しました」と部屋を出る。
サウザンズに抱きつく癖がついてしまったのか、可愛いものを見るとハグしたくてたまらなくなる。これは困った。癖になる前に何とかしないと。スキンシップによって、私に恋をしてしまう人が増えたら困る。どうせフラれるのだから、かわいそうじゃないの。
でも、我慢しようと思って我慢できるものでもないわよね、これ。可愛いものを抱きしめたくなるのは、理屈じゃないもの。
困ったわ、これ。
夕方になり、子どもたちと夕飯を作って、食べる。拓未くんは夕飯を食べずに帰宅し、よろず屋ももう作業を終えて帰ったみたいだった。
宵の口、施設長や先生方、寂しがる子どもたちに挨拶をして、私も寮へと向かう。むわっと湿度がまとわりつくような空気。まだまだ暑く、クーラーが恋しい。
けれど、足早に駅へ向かう途中、「やあ、茉莉花」と呼び止められた。私を「茉莉花」と呼ぶ人間は少ない。あ、今日一人、新たに出会ったばかりだ。嫌な予感がして振り向くと、茶色のツナギが目に入った。
「今から飲みに行かないかい?」
「未成年だから行かない」
「コーヒーだけでも」
「飲まない」
「じゃあ駅まで一緒に」
「ついてこないで」
茶山栗栖は、しつこい。背後からピッタリ追いかけてくる。そのあたりにいるナンパ男よりしつこい。しつこい男は嫌いだ。
「あ、茉莉花、そっちは」
「ひゃあ!」
工事中の看板に気づかず、フェンスに躓いてしまった。よろけた私を、ぐいと抱き寄せてくれたのは――茶色いツナギ。
「ごめん、ごめん、しつこくして。ちょっと話をしたかっただけなんだ」
「私には話すことなんてないんだけど?」
やっぱり戦隊モノのメンバーらしく、鍛えている体だ。私も鍛えているほうだけど、男女差なのか筋肉の付き方が違う。全く腕がぐらつかない。胸板も厚い。……汗臭いけど、爽やかな香水の匂いもする。
「八十八、六十、八十五」
「え、何?」
するり、と体のラインを辿る指。
「オレが今一番気に入ってる女のスリーサイズ」
「へえ?」
「キミもどうやら同じみたいだね」
腕、びくともしない。抜け出したいのに。
「ジャスミンバニー」
冷や汗が止まらない。
バレた? バレてる? バレそう? どれ?
スリーサイズがわかるほどの女好きだとは聞いてない! 公式設定! 茶山栗栖のこのムダな特技、追加しておいて!
「キミがジャスミンバニーなの? 茉莉花」
耳元で聞こえる低音に、体がピリピリする。ヤバい、ヤバい、ヤバい! 私、耳弱いみたい! しかも、かなり弱いみたい! 知らなかった! 知りたくなかった!
わー、まずいまずい! これはジャスミンバニーの正体がバレる回? 今クールはあと何話だっけ!? 早くない? まずくない? 私、まだまだ戦えるのに!
「……ジャスミン、バニー?」
突然、全く違う方向から声が聞こえてきた。私の背後から。ものすごく、怨みがこもった声が。
え? なに? なに? 誰?
「お前は誰だ?」
茶山栗栖、よく聞いてくれた! よく聞いてくれた! さぁ、誰? サウザンズ? ねぇ、早く名乗って!
茶山栗栖は拘束を解き、私を背後に隠しながら手で合図を送ってくる。逃げろ、と。
いやいやいや、ここでは逃げられないでしょ。相手が何者かもわかんないし、仲間がいるかもわかんないのに。まぁ、果物戦隊とサウザンズの戦闘になったら遠慮なく逃げるけど。
「ジャスミン、バニィィィィィ!!」
やだ! もう、誰!? めっちゃ恨まれてる感じの声なんだけど! そんな声で私の名前を呼ばないでよー!
影が、揺れた。影の髪の毛がぞわぞわと蠢く。……髪の毛? 毛? 毛、じゃ、ない、よね、あれ。
「お前は!?」
影からゆらりと出てきた、ちょっと大きな女性を見て、茶山栗栖は叫んだ。
「メドゥーサ!?」
「あの女の名前を、出すなぁぁぁぁ!!」
サウザンズのメドゥーサ、メディさん、ですね、はい。なぜか私をめちゃくちゃ嫌っている、サウザンズの一人です。
えー……サングラスをかけているので表情はわかりませんが、どうやら彼女、かなり酔っているみたいです。両手にワインの瓶を、持っています。グラスは、ないみたいですね。あぁ、ラッパ飲み……なるほど、悪酔いもしますね、それは。メディさん、どうしちゃったのでしょうか……?
心の中で実況をしないと、何だか、いたたまれない。悲しくて。情けなくて。一応、私の部下だし。部下から嫌われてるの、ほんとつらい。逃げ出したい。
それにしても、メディ、地上で酔っ払うなんてどうしたの。何がそんなに嫌だったの。私、何かした? 何か気に食わないこと、やっちゃった?
「茉莉花、逃げろ!」
「ジャスミンバニィィィ!!」
バリン、とワインの瓶が割れた。酔っ払った一般人がメディの姿を見て、叫びながら退却していく。
今、この場で、果物戦隊マロンブラウンと、メドゥーサの戦いの火蓋が切られることになろうとは、さすがの私でも予想はしていなかった。
マジか……残業代、出るかな? 非番だから出ないよなー。しかもこれ、計画書にない戦闘だから、私の監督不行届、報告書作成パターンだ。つまり、減給対象だ。残業代は諦めよう。残念。
とにかく、誰も傷つけず、何も壊れませんように!
戦闘が始まったら、私はもう、祈るしかできないのだ。
▼▽▼
「サメ貴族」の爵位の順番を、高いほうから順に答えよ。
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