第2話 癒やされるバニーさん(皆)
『バニー、《果物戦隊バスケットの活躍日誌》三十六話を確認した』
「はい。当初の目的は達成できました」
総帥室――ボスの部屋で、私は現況を報告する。
ボスは室内にはいない。主モニターに映る影のような靄のようなものと椅子に座って話をするだけ。
ボスは私たち幹部の前にもほとんど姿を見せない。ボスのこの声だって、映像だって、本物かどうかわからない。
サブモニターにSNSの書き込みが表示される。《果物戦隊バスケットの活躍日誌》の感想だ。サウザンズたちと同様に、ジャスミンバニーの水着への反響が大きい。赤峰林檎の水着シーンもあったはずだけど、世間からは忘れられているみたい。ふふふ、誇らしい。
『水着はどうだった?』
「着心地も良く、動きやすかったです。いつものサイハイブーツではなく素足だったのも、サウザンズには好評でした」
『だろうな。太陽堂でのフィギュア化と、水着の商品化が決定した』
「本当ですか!」
これは嬉しい。太陽堂の私のフィギュアはとても精巧かつスタイリッシュな造りだ。きっと今まで通り、可愛く美しく仕上げてくれるだろう。衣装部が協力したなら、水着もきっと可愛いに違いない。メーカーに期待したい。
『これらも我々の新たな資金源となるだろう。よくやった』
「お褒めいただきありがとうございます」
『放送前からSNSで動画や写真が拡散され、砂浜にも客が来始め、海の家も繁盛していると聞く』
「まあ、それでは!」
『今後、いつもの聖地巡礼客も増えるであろう。砂浜の利用客誘致と海の家の利益増、概ね達成できたと考えて差し支えないだろう』
ボスの言葉に、私は飛び上がる。最初に「当初の目的は達成できました」と言い切ってしまったからドキドキしていたけど、良かった、達成できたみたいじゃないの。
『若林議員からの寄付金に期待できそうじゃないか』
そう。あの砂浜は国会議員の若林先生の地元。美しく広いビーチがあるにも関わらず、利用客が年々減っていたため、その誘致を町から依頼されたのだ。
とりあえず、今年の利用客は多くなるだろう。来年以降は地元住民の今年の頑張りにかかっている。きっかけは作ったのだから、私たちの働きがムダにならないようにぜひとも頑張ってもらいたいものよね。
悪の組織は、寄付金や企業からのロイヤルティで経営している。中でも議員や会社社長からの寄付金、大企業からのロイヤルティは大きく、多額のマネーが動く。
廃工場や老朽化した建物で暴れて重機が入りやすくなるよう整地したり、住宅街に出現して住民のシェルターの購買意欲を高めさせたり、山で暴れてダイナマイトの使用量を減らすのに貢献したり……私たちの様々な活動が、巡り巡って寄付金やロイヤルティに化ける。もちろん、私の水着フィギュアだって素晴らしい利益を生むはずよ。間違いない。
『サウザンズには肉体的精神的な負担を強いることになるが、我々は負け続けなければならない』
「かしこまりました、ボス」
今どきの悪の組織は、世界を征服しない。
地球を征服して、世界中の人々から等しく上納金を納めてもらうとしたら、確かに悪の組織は潤うでしょうね。でも、それだと経済は回らない。抑圧された統治の下では生産性の向上は見られないだろう。そうなると、いつか財源が枯渇する。
だから、悪の組織は悪の組織らしく、裏で働いて経済を回すのだ。正義の味方さえも利用して。
そして、このボスの考えは幹部のリーダーズにしか知らされていない。サウザンズは「また正義の味方に負けた、また世界征服できなかった」と落ち込み、正義の味方は能天気に「正義は必ず勝つ」と宣言する。毎日が、毎年が、それの繰り返しだ。何十年と続いている様式美なの。
そう、世界は悪の組織が回している。誇らしいことだわ。
『バニー。次の活躍も期待しているぞ』
「はい、ありがとうございます、頑張ります」
『次の仕事の詳細は追って連絡する』
「かしこまりました、ボス」
主モニターがぶつりと消え、音声も聞こえなくなる。ボスへの報告はもう終わり。
あー! 疲れたー!
私はホッと一息ついて、背もたれに体を預ける。柔らかな革の高級な椅子は、ギシギシと不快な音を立てたりしない。ボスと話すとやっぱり緊張する。数分間は体を弛緩させないといけない。
私はサブモニターに並ぶSNSの文字をぼうっと眺める。
『ジャスミンバニー最高』
『女幹部なのに可愛い』
『スタイル良すぎ。モデルみたい』
うん、気持ちいい。もっと褒めて。称えて。称賛の海の中で溺れられるなら本望だわ。
『でもババアじゃん』
は? まだ十九よ。ハタチ来てないわ。
『あれもパワースーツなんでしょ? 実際はどうだか。胸も上げ底に決まってる』
白のバニースーツは技術部が造ったパワースーツだけど、スタイルは自前のものよ。残念でした。
『クソウサギ』
「ちょっと、情報部! このアカウント特定して!」
思わず腕時計型の通信端末から情報部にコンタクトする。クソウサギはダメ、絶対。許せない。
『バニーは煽り耐性高いはずじゃ?』
「ダメよ、スネーク。クソウサギはダメ」
情報部のスネークが端末の向こう側でゲラゲラ笑う。そんなにおかしい? 自分をクソ呼ばわりされて喜ぶ変態じゃないわよ、私。
『まぁ、そのうち凍結されるんじゃないか、このアップルブラック』
「アップル、ブラック?」
『結構過激な発言が多いからな。通報しておくか?』
「……いえ、いいわ。誰だかわかったから」
私は椅子から立ち上がる。
私を「クソウサギ」と罵るアップルなんて、一人しかいないじゃないの。
「アップルレッド! 次は遠慮なくいたぶってやるわ!」
『まぁ、ほどほどに』
笑い続けるスネークとの通信を切り、総帥室を出る。私の頭の中はもう、次回アップルレッドと対峙したときにどんなふうにいじめて苦しめてやろうか、という思考でいっぱいなの。
基本的に、リーダーズもサウザンズも悪の組織が用意した寮で生活する。東京の地下深くにある悪の組織東部地区の基地は意外と広く、リーダーズ寮もサウザンズ寮もその中の一角にある。
幹部・管理職のリーダーズの寮は、戦闘員のサウザンズ寮の一部屋よりも大きくて綺麗だ。自室にバス・トイレもついており、簡易的なキッチンや電化製品も揃っている。普通のマンションやアパートと変わらない設備なんじゃないかしら。
けれど、養護施設で育った私は、自室でゆっくりするよりもサウザンズ寮の共同スペースで皆とわいわいはしゃいでいるほうが好きだ。だから、夜はよく入り浸っている。
「《果物戦隊バスケットの活躍日誌》の視聴率、めちゃくちゃ良かったって!」
「さすがバニー様!」
「水着フィギュア、俺も欲しい!」
「お前、この間も給料全部フィギュアに使っただろうが!」
わいわい賑やかな空間で、サウザンズは皆好き勝手なことをしている。将棋を指していたり、コーヒーを飲んでいたり、相撲中継を見ていたり、おやつを食べていたり、様々だ。もちろん、自室で本を読んでいたり、ゲームをしていたり、寝ていたり、そんなサウザンズもいる。外出は禁止されているけれど、それを守るサウザンズはいないし、私も「規則だから」と咎めることはない。私はサウザンズの自主性を重んじているの。
私は、彼らのおしゃべりの輪の中に加わることもあれば、今夜みたいに壁際のソファでぼうっとすることもある。ちなみに、バニースーツは戦闘服だから仕事が終わればすぐに脱ぐ――変身を解除するのが常だ。今はマスクも脱ぎ、眼鏡をかけ、髪はお団子でまとめ、リュニクロの悪の組織コラボTシャツにショートパンツというラフな格好をしている。
幹部の私がこの空間にいても、サウザンズは気を遣うということがない。彼らは日本人ではない。いや、人ですらない。意図的に作られた生命体だからなのか、気を遣うということを知らない。
だから、すごく楽なのだけど、空気が読めない集団をまとめ上げるのは本当に疲れるのよ。
「バニー姉さん、お疲れですか?」
伸びてきたピンク色の触手の先に、ホットミルクのマグ。「ありがとう、ヌルリ」とマグを受け取ると、ピンク色の触手怪獣ヌルリは満足そうに笑う。
二メートルほどの大きさのヌルリは、隣に立ったままウネウネと十二本の触手を動かしている。昔「火星人はこんなイメージ」とされた、タコのような風貌のヌルリは、立つとか座るとかいう概念がないのかもしれない。
「ボスからお叱りを受けたのですか?」
「ううん、むしろ褒めてもらえたわよ」
「次の仕事が決まったのですか?」
「それもまだよ」
「ではなぜそんな浮かない顔を?」
そんなに酷い顔をしていたかしら、とヌルリを見上げると確かに彼の目は心配そうだ。なるほど、かなり酷い顔をしていたようね。部下に気を遣わせちゃった。
マグの中のホットミルクは甘い。ブランデーを少し入れてくれたのかしら。さすが紳士怪獣ヌルリ、気が利くわね。……でもちょっと待って。これトロリンの涙、入ってないわよね? まぁ入っていても問題はないんだけど。
「私がもっとしっかりしていたら、皆にも勝利の気持ち良さを味わってもらえるのになーって思うと、何だかね」
実際は、私がしっかりしていようがいまいが、サウザンズは負け続ける。勝ってはいけないのだ。正義の味方は、ヒーローは、負けてはいけない。子どもたちの夢を守るのも、悪の組織の仕事だ。
「仕方ありませんよ、我々サウザンズは弱く、頭も悪い。バニー姉さんたちリーダーズがいなければ、計画を練ることもできません」
「そんなことないのよ、ヌルリ。サウザンズは強いの。ただ、優しすぎるのよね」
トロリンだって子どもが好きだし、ヌルリはこうやって私を心配してくれている。戦闘員と言っても、一般人の命を奪うこともないし、怪我を負わせたとしても軽傷程度だ。無意味に建物を壊すこともない。
ヒーローチャンネル内の映像は、CG処理され誇張されているのだ。サウザンズは違法行為を行なうこともなく、こうして楽しく寮生活を送っている。大変、平和的な怪人・怪獣たちだ。
「人間のほうがよっぽど残酷だわ」
ほら、今だって、ニュースで殺人事件が取り上げられている。サウザンズでさえ、喧嘩はしても殺し合いはしないのに。
世界征服を実現不可能な目標として掲げながら、それをサウザンズに強いる私たち人間のほうが残酷だとも思う。まぁ、ボスが人間かどうかは知らないけど。
「バニー姉さんはこのところ働きすぎですよ。東部地区のリーダーズは姉さんしかいないんですから、やっぱり人員を増やしてもらったほうが」
「ありがとう、ヌルリ。でも、大丈夫よ」
正直、私の美学と反するような人員なら必要ない。それがリーダーズなら特に。衝突してサウザンズに迷惑をかけたくない。サウザンズに被害が及ぶのが何よりも嫌だ。
「バニー姉さんに何かあったら、自分は悲しいです」
「んー、もう、ありがとう、ヌルリ!」
ポヨン、とヌルリに抱きつくと、触れた体表がピンクから赤に変わる。んふふ、照れちゃって、可愛いんだから。
「ね、姉さん!」
「あー、冷たくて気持ちいいー!」
「わ、わ、ダメです、溶けます、リュニクロがっ!」
バランスを崩した私を、慌ててヌルリが抱きとめる。触手で。衣服を溶かす粘液がついた、ピンク色の触手で。
「ひゃあー! 冷たぁい!」
「姉さん、溶ける! 誰か! バスタオルを!」
悪の組織コラボTシャツが背中から溶けていく。何枚も持っているから別に構わないんだけどなぁ、と思いながら私はふと気づく。
あ、ヤバい、ノーブラだったわ。
「早くー! バスタオルー!」
触手怪獣ヌルリに衣服を溶かされて泣いている一般女性の気持ち、やっぱりあんまりわからないのよね、私。見てもらいたい欲求のほうが強いからかしら。露出狂ではないと思うのだけど。
「バニー様! バスタオル!」
「隠して! 隠して!」
「嫁入り前なんだから! 早く!」
「ヌルリ、バスタオルまで溶かすな!」
大量のバスタオルを体の上に載せられて、私は苦笑する。サウザンズのほうがよっぽど純真で純情で可愛らしい存在だ。私なんかよりも、ずっと。
「みんなー! 大好きよー!」
バスタオルの海の中で叫んだけれど、誰一人として気づいてくれないの。まぁ、いつものことだから別にいいんだけど、ちょっと苦しい。ちょっとやりすぎ。窒息する……うぅ。
「バニー様!?」
「バニー姉さん!!」
私、一生懸命なサウザンズが好きなのよね、やっぱり……ちょっとバカなところも含めて、ね。
▼▽▼ 解答(1) ▼▽▼
五代目。
それ以外は不正解。「一代目」「中の人などいない」は一発不合格。
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