第8話 銛と網亭のお説教1

 そこはイルキラ本社からほどなく離れた大きな街。

 海の香りが強烈な街だ、とメイフィは感じた。

 巨大な漁港があり、海辺には漁船が数多く停留している。ところどころ空きがあるのは出港中なのだろう。

「『銛と網亭』へ行ってくれ」

 ヴェルムが言うと、馬車が方向を変える。

 そして、大通りを抜け、中央から海岸方面へ移動する。

 そこには大きな、レストランと大衆食堂の中間のような店がある。

 今はもう食事をする時間を過ぎているにもかかわらず、大勢の客が食事をしているのが外からも見える。

「彼女と仕事の話があるので別で。貴方の分も経費で払う」

 運転手にそう告げて、今度は店員に何かを告げて、奥に案内される。

 奥には小さな部屋に一つの大き目のテーブルと四つの椅子のみだけが置かれていた。

「ご注文はいかがいたしますか?」

「今日の海鮮は何がいい?」

「本日は遠洋の漁船が帰ってきたこともあって、街中回遊肉食鯵イエローテイルで溢れております。また、海老も本日は品がよいようです」

 なるほど、漁港に来て、おいしい物を食べたいなら、今日何がおいしいのかを知っている店員に訊けばいいのか。

 そんなことを知らない自分が一人でここに来て、どうやってメニューを決めたのかと思うと、これまでとの世界の違いを感じてしまう。

回遊肉食鯵イエローテイルならちょうどいいだろう。それらを中心に普段肉しか食べてないような人間が喜びそうなコースを作ってくれ」

「かしこまりました」

 メイフィに何の相談もなく、ヴェルムがメニューを決めてしまった。

 勝手に決められてしまった。

 もちろん、何があるかも分からないし、何がおいしいのかも分からない。

 だから、もちろん決めてくれたことはとてもありがたい。

 だが、同意の一言くらい求めてもいいものだろう。

 それと「普段肉しか食べてないような人間」とは、自分の事だろうか?

 そういうのを決め付けというのではないだろうか?

 イメージや思い込みだけで決めないで欲しい。

 もちろん全く、何一つ間違ってはいないのだが、そういう言い方は侮辱ではないのだろうか?

 ……ああ、そう言えば、捕虜の時期にずっと肉料理を要求していたのは自分だった。

 とはいえ、それでも──。

「さて、まず、身体は問題ないか?」

「……え? 何の事ですか?」

 メニューを勝手に決めた事を抗議するように睨んでいたら、全く意に介されず、いきなりそんなことを訊かれ、少し慌ててしまう。

 体調の心配でもされたかと思っていたが、この人がそんな心配をするはずがない。

「先ほどあの女に、何か撃たれただろう。あれで問題は発生していないのか? という事だ」

 あの女、レイナさんの事だろうか?

 確かにひどく怒らせてしまい、攻撃、のようなものをされてしまった。

 だが、あれは今思うと、確かに自分が悪かったとは思っている。

 あの人たちのやっている行為は今でも許せない。

 だが、彼らの立場に立ってみれば、自分たちが一生懸命研究開発しているものを否定されたのだ。

 誰だって怒るし、自分だってそうだ。

 いや、それはともかく。

「あれは空砲でしょう。専務さんもそう言ってましたよね?」

「敵の言う事を信じるな、むしろ明確に言ったという事は逆だと疑え」

「別にイルキラは敵じゃないんじゃないですか?」

 メイフィの理解が拙いとしても、イルキラがビジネスパートナーであることは分かっている。

 少なくとも今回の契約が合意出来れば両社の益になるはずだ。

「敵、という表現はあくまで観点的な問題だ。先方は出来る限り好条件で融資を受けたい。こちらは出来る限りのリスクは避けたい。お互い腹の探り合いの敵同士なのだ。片手で握手をして、もう一方の手で殴り合うのがビジネスの現場だ。覚えておけ」

「は、い……?」

 メイフィにはその意味がまだ理解しかねていた。

 腹の探り合い、味方に見える敵。

 自分の理解出来る範囲で例えるなら、同盟を結んでいるが、いつ裏切るか分からない別の盗賊団のこと、という理解でいいのだろうか?

 何か、少し違う気もする。

「とにかく、問題はありませんから大丈夫です」

「そうか、ならばいい」

 確かに空腹でお金もないので朝を抜いてきたから、若干ふらつきもするし、意識も遠いが、気になるほどでもない。

 少なくともわざわざ上司に言うことでもない。

「それなら──説教の時間だ」

「……はい」

 嫌な時間の始まりだ。

 心の中で文句を言いつつも何だかんだで待望している料理への期待すら萎えてしまいそうだ。

 だが、今日に関しては一方的に言われるつもりはない。

「ですけど、私はあの事業に投資するのは反対です」

「ほう」

 あの事業は、危険だ。

 人間を物のように扱う、兵器にしてしまうプロジェクトだ。

「それは何故か、聞こうか」

「あれが完成すれば、戦争はもっと人間的じゃなくなるからです。それが各国に広まって常識になれば、戦争はもっとひどくなります!」

 この人が意見を聞いてくれることなどあまりないだろう。

 この機会に、自分の意見を言っておこう。

 この人は私を馬鹿だと思っている所がある。

 まあ、この人に比べたら、全く知識のない人間だというのは認めよう。

 だが、私だってちゃんと物を考えて、そこそこ賢いことを示しておきたい。

「ひどい行為が許せない、か?」

「許せないっていうのも、なくはないですけど……私だって元盗賊ですし、正義を語れるほど偉くはないんですけど……」

 自分だって元々は他人の財産を奪い、場合によっては人を殺してきた盗賊団の一員だったのだ。

 彼女自身は人を殺してはいないが、そんな犯罪者集団に所属していたという自覚はある。

 だから、人命を実験に使って研究して、人を意のままに操る兵器を開発する組織がこの世にいても、それがたとえ許せなくても容認せざるを得ない。

 そのくらいは弁えている。

「でも、それに自分が……自分のいる会社が荷担するのが……何て言えばいいのか分からないですけど……嫌です」

 うまく言えてない、半分も気持ちは伝えられていない。

「ふむ。まあ、それが極めて人道的ヒューマティックな考えであることは認めよう」

 だが、それをヴェルムは、あまりにもあっさり認めてくれた。

「だが、それは同時に近視眼的な考えと言わざるを得ない。戦争とは本来、万単位の兵を動員して、百、千単位の死者が出る。それがこれにより大幅に減る可能性もあるのだ」

「…………」

 ヴェルムの言っていることは、理解出来る。

「戦場で百人殺して英雄になった者と、あの機械を使って一人自殺させた者と、どちらが外道なのだ?」

 論理としては、数字としては、分かる。

 だけど、だけど……。

 うまく説明できない自分がもどかしい。

 「とにかく、嫌」としか言えない自分に腹が立つ。

 生理的に嫌なのだ。

 お互いに死ぬ覚悟のある者たちが殺し合って百人殺すよりも、他人の身体を操って情報を盗んで、最後には自殺させる方が、気持ち悪いのだ。

 だが、それを目の前の人に言っても笑わずに一蹴されて終わりか、表現力のなさを説教されるだけだろう。

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