第7話 イルキラ魔兵商会2
「部下が失礼いたしました」
ヴェルムが深々と頭を下げる。
上司が自分のせいで頭を下げる。
これは彼女に彼女が悪いことをしたのだと自覚させる意味もある。
「あ、あ……失礼いたしました!」
慌てて謝るメイフィ。
納得はしていないのだろうが、謝罪が出来るのならまだ教え甲斐が──。
「私の
「!?」
今まで黙っていて、存在感すらなかったレイナが突然激高する。
「死ねぇぇぇぇぇっ!」
何か、筒のようなものをかざし、叫ぶ。
これは、まずい。
目が尋常ではない。
「魔法術式ファイアグレイノ!」
そして、その筒をメイフィに向けて叩き──。
ぱすん
瞬間的に、突風が吹いた。
薄青い空気が視認出来たが、それは瞬間に霧散した。
それはヴェルムが注意しようとしてまだ注意していなかった彼女のサイドテールを棚引かせた。
だが、それだけだ。
突風は身構えていた彼女の目をしぱたかせたが、何も起きなかった。
それは想定外の事であったのは、レイナの表情を見れば分かる。
「あ……れ? あれ?」
メイフィは飛びかかっていいのか、大人しくしているべきか迷っているようで、ヴェルムに確認したのでヴェルムは座っていろ、と目で指示した。
すると、困ったようにヴェルムを見る。
ヴェルムは自分でも気づかないうちに、メイフィを引き寄せようと腕を掴んでいた手を放す。
「え? え? なんで? あれ?」
レイナは機械を見て、メイフィを見て、
これは、どういう状況なのだろう?
「やれやれ、お前にはまだ早かったか……」
専務が呆れたように言う。
「え?」
「それは空砲だ。万が一を考えてお前の持ち物を入れ替えておいた」
先ほどの薄青い気が見えたので何か魔法術式かと思ったが、違うようだ。
おそらく、色を付けて視覚的にも格好良く見せるための玩具なのか?
「え? ええっ! あ、ああ……っ!」
専務が言うと、更に
「もういい、お前は下がれ」
「あわ……あわわわ……」
レイナは逃げ帰るように走り去る。
「部下が大変失礼しました。あれでも有能な技術者なのですが……」
専務が頭を下げる。
「いえ、お気になさらず。失礼はお互い様ですから」
「あれも、もう部長なのですから、社内だけでなく、そろそろ社外の方ともお会いして行かなければと思ったのですが……ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「こちらこそ部下がご無礼をいたしました」
互いに謝罪をし、それであっさりと切り替えて商談に移る。
お互いこの程度のトラブルなど、慣れているのだろう。
「さて、これまでお聞きした事業計画ですが、単体ではご融資は困難だと判断いたしました。何か、担保が必要となります」
「やはり、そうですか……」
やはり、という事はリクシーナが投機的な事業融資を好まないことを知っているのだろう。
物分かりが良くて助かる。
「では、こちらなどいかがでしょう?」
ごとり、と出したのは、拳よりもさらに大きな白い石だ。
濁りはあるが、透き通っている。
「とある術式製造に使用しておりました
「ほう……触ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
ヴェルムは薄手袋をはめ、
この重さ、肩さは
この大きさは、現存する
さすが一流企業、出してくる担保も一流だ。
「問題ありません。それではご融資する金額の交渉と参りましょうか」
「それでは、社に帰って上とも話し合いますが、おそらく大丈夫でしょう。再度お伺いいたします」
「それではよろしくお願いいたします」
成立すれば巨大な取引となる上に、両社とも直接利害関係が発生することになる。
これは競合することもないお互いにとっても悪くない話だ。
「それと、こちらは先ほどのお詫びも兼ねてどうぞ」
専務が二枚のチケットを手渡す。
それには「お来客様用」と書かれている。
「これは?」
「本社の社員食堂のチケットとなります。ぜひご利用ください。海が近いので海鮮料理は絶品ですよ?」
これはお詫びの一環ではあるだろう。
だが、何故顧客用を手持ちしていたのかと言えば、あらかじめ用意していたからであり、元々手渡す予定だったのだろう。
「ありがたく、いただきます」
断るのも面倒だ、受け取っておこう。
「それでは失礼いたします」
「失礼します」
メイフィも挨拶はする。
来た時のあの、元気さのかけらもなく。
二人はしばらく無言で廊下を歩く。
どちらも言いたいことはある。
だが、お互い、相手にも言いたいことがあることを知っている。
だから先に相手の話を聞こうと思っているのだ。
「あ、あれ?」
最初に口を開いたのはメイフィだった。
「食堂には行かないんですか?」
そしてそれは、彼女が本当に言いたかったことではなかった。
「私は融資先の企業で出されたものは口にしない」
「ええ……でも、もらったんですよね……?」
「断るのも失礼だから受け取っただけだ」
メイフィが名残惜しそうな表情をしている。
彼女はそんなに食にこだわりのある人間だっただろうか?
確かに、人質時代には食事にうるさい部分もあったが、それはただ我儘であっただけで、食にこだわりがあったり、または食に貪欲であったり、いわゆる食いしん坊ではなかったはずだ。
いや、これはおそらく──。
「食費にも貧窮しているのか?」
「え!? ま、まあ、そんな感じかも知れませんね……」
出来る限り言葉を濁そうとしているが、図星だろう。
初任給まではまだ日がある。
盗賊団からもらった賠償金の一部を当面の生活費として手渡しているが、そろそろ節約が必要なのだろう。
「お前、寮に入ってないのか?」
「え? 寮ってあるんですか?」
どうやら寮があることを知らなかったらしい。
誰も教えなかったのだろうか?
入社時の説明者が省略したのだろう、本社移転で混乱しているのかもしれない。
天涯孤独、誰も助けてくれる人がいない彼女が、寮を利用していないのだとすると、確かに手渡した金銭では、そろそろ一食が重要なエネルギー源になると言えよう。
「仕方がないな……。分かった、帰りにレストランに寄ってやる」
「え……ええっ!?」
まさか、ヴェルムから食事に連れて行ってやる、などと言われるとはかけらも思っていなかったのか露骨に驚くメイフィ。
「嫌なのか?」
「い、いえっ! そんなことないです……けど……割り勘ですか……?」
ヴェルムは少し呆れるが、まあ、金がないメイフィはそこが一番心配なのだろう。
「仕事の一環としよう。今回は経費だ」
「え……? いいんですか?」
本当はおごってやる予定だったが、こう言った方が気が軽くなるものだろう。
「ああ、その代わり、仕事もするぞ? 先ほどの態度の問題点も全て教えるからな?」
「わ、分かりました……」
メイフィは、一食浮いた喜びと、これから説教されるという落ち込みの間で微妙な表情をしていた。
「ま、職務上の食事と言うのはそんなものだ」
「はい」
「その代わり、ここよりは海鮮がうまい店に連れて行ってやろう」
「は、はいっ!」
それだけでまた、少し喜んだメイフィ。
二人は待たせていた馬車に戻って行った。
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