第5話
中学に入ると制服を着なくてはいけなくなりました。
小学校の時はなかったいろいろな校則という規則が増えました。
髪が肩につく長さになったら縛らなければいけないとか、スカートの丈の長さは何センチでなければならないとか。
校則を破ると罰せられました。
この時の絶対的存在は比較的正体が分かりやすく、校則と先生がその中心にいました。
それに細かな絶対的存在が合わさり1つになって支配していました。
女の子たちの間では小学校の時以上に仲良しグループの結束ができ、私の息苦しさは一層激しくなりました。
ときどき気分が悪いと授業を抜け出し保健室に行くふりをして、校舎の裏手にあるケヤキの木の側に行きました。
何度も周りを見回し誰もいないことを確認しました。
私が植物と話をするところを人に見られてはいけません。
そこへ行くと息苦しさから解放されました。
まるで長いこと深い水中に潜っていて、やっと水面に顔を出したかのように呼吸ができました。
「また気分が悪いの?」
ケヤキが心配そうに声をかけてきます。
「音を聴かせて」
私はケヤキに耳を当てます。
小さなガラスの破片が水の中を流れていくような樹液の音がします。
それを聴くととても安らかな気持ちになりました。
思えば子どもの頃から私はこうやって樹液の流れる音を聞いてきました。
私は抱かれるのを嫌がる赤ん坊だったとよく母が言っていました。
私は心臓の鼓動の音が嫌いです。
抱かれるのが嫌だったのはそのせいだと思います。
どくん、どくん、と脈打つあの音が怖いのです。
赤い血が流れている音だと思うと耳を塞ぎたくなります。
赤ん坊は母親の胎内にいた記憶から鼓動の音を聴くと泣き止むとか眠るとか言いますが、私にはそれは当てはまりません。
私にとって母の鼓動より樹液の流れる音の方が心地良いのです。
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