変質 strange 3-3

瞬間、凄まじい悪寒を佐渡は感じた。

何かが近づいてくる、今間合いを詰めて来る朝凪じゃない。

覇気とでも言うべきだろうか、稲妻が落ちたような衝撃に襲われる、邪悪なオーラを発するモノがすぐそこまで来ている。

朝凪も同じものを感じたようで、驚嘆した表情で体勢を変え、間合いを詰める途中で着地した。

二人して運動場側とは反対、住宅地側のフェンスを見る。

「それ」は姿を現した。

跳躍で地上から屋上を一瞬にして飛び越えたようで、途中フェンスの端を手に掛け上昇エネルギーを曲線的に逸らし、空中で回転した後、佐渡達の前に三点着地した。

ゆっくりと立ち上がるその姿、美しい少女だった、特徴的に切られた可憐な黒髪は緑の艶が煌く、熟練した職人の手で精巧に磨き上げられた人形を思わせる美貌。

「お取り込み中だったかな?」

飄々とした態度で彼女は話す。

そして、その美しさと反比例する様な、禍々しい、昆虫の外骨格を思わせる巨大な左手。

腰には切欠や朝凪が使っているものとよく似た機械がベルトで固定されている。

この近所では見たことのないブレザーの下からは、刺々しい尻尾が伸びていた。

「朝凪伊鈴、だったかしら?ここんとこ好き勝手やってくれてるらしいわね。」

「お前、まさか調整者か?」

「新米調整者、アシュレイよ、」

不敵な笑みを浮かべる少女。

「よろしく。」

佐渡は状況をまったく把握できない。

「何の用だ、戦闘形跡の修復に来た……って様子じゃなさそうだが?」

朝凪の頬に一筋の汗が流れる。

両手を広げ、わざとらしく肩をすくめるアシュレイ。

「保護対象の手先が、派手に状況を掻き回しているって聞いてね、今日はそのお片付けって訳。」

「非適合者を無理矢理覚醒させ街に放った挙句、どうやら今日はこんな危ない所でドンパチやってたみたいだし。」

「あなたは別に保護対象じゃない、少しおとなしくさせる必要があるわね。」

斧を構える朝凪、対して無防備に佇むアシュレイ。

「なら話が早い!!」

アシュレイに向かい突進し斧を横に振る朝凪。

次の瞬間、何の装甲もしていない右手でアシュレイは斧を掴んでいた。

驚く朝凪、ニヤリと笑うアシュレイ。

アシュレイの飛び回し蹴りを胸に受け、朝凪の体は軽々しく吹き飛び、フェンスに激突した。

よろめきながらも立ち上がり、再び突進し斧を下から上へ薙ぎ払う。

しかし今度は外骨格を纏った左手で防御される、次に上から振り下ろすもまた防御され、袈裟に、左から、突きも、連続で斬撃を放つも全て防御されてしまう、ギイン、ギインという重い金属音だけが鳴り響いていた。

圧倒的だった、攻撃の一つ一つに彼女は全く動じていない。

間合いを取る朝凪、疲れきった様子だった。

「……これなら」

右腕に嵌めた機械のつまみを回す。

『エフェクトマキシマイザー!』

朝凪からさっきよりも強力な光る衝撃波が発せられる、どうやら最大出力で挑むようだ。

斧を腰に構え、踏み込む。

頭上からアシュレイ目掛け一気に振り下ろす。

ガキィィンという音が耳を劈く。

アシュレイは装甲された左手で斧を受け止めていた。

「そんな……」

佐渡は呟いた、強すぎる、まるで勝ち目がないじゃないか。

「はぁ……まるで歯応えがないなぁ。」

斧がアシュレイによって投げ飛ばされる、次に尖った左手の爪で切り裂かれる朝凪、防御壁だろうか、朝凪から発せられたエネルギーの壁が壊される。

何度展開してもすべて斬り壊され、ついには倒れこんでしまった。

こうなったら。

(黒祐、まさか……)

佐渡は倒れている切欠のもとへ走った。

「くっ……!」

朝凪はアシュレイを睨む。

「それじゃ、これで終わりよ。」

切欠が使っていた記憶メディアらしきカードと腕に嵌める機械を急いで拾う。

アシュレイの刺々しい左腕がゆっくりと振り上げられる。

朝凪が佐渡の行動に気づき叫んだ。

「やめろ!佐渡!!」

異常に気づいたアシュレイも振り返る。

(そう……戦うのね……黒祐……)


力が必要だと思った、バスター、いやストレンジャーの力が。

朝凪に何の恩も返せないまま終わってしまうのは嫌だ。


佐渡は腕に嵌めた機械のスイッチを押した。

『オーバードライブ』

瞬間感覚が研ぎ澄まされていく、強いエネルギーが全身に流れ込んでくるのを感じる。

時間の感覚が変質していき、時が止まったかの様だった。

カードを機械に差し込む。

『トランスポート ブルームスター』

目の前の空間に光り輝きながら巨大な剣が出現した、それを掴み取る。

アシュレイに向かって飛び込み、剣を振り下ろす、後ろに飛び跳ね、回避される。

「馬鹿な!!ブルームスターは並みの出力では扱えない筈……!?」

朝凪は驚愕している。

ブルームスターと呼ばれた剣、それを構えなおす佐渡。

「ほう、サークルを体内に……面白そうな事やってるねぇ。」

アシュレイは楽しそうに口元を歪める。

『エフェクトマキシマイザー!』

佐渡が機械のつまみを回すと、暴風の様なエネルギーの奔流が迸りはじめる。

そして叫び声を上げながら突進した。

「無駄よ!」

またしても攻撃を左手で受け止めるアシュレイ、凄まじい金属音が鳴り響く。

受け止められて尚、剣を押し込む佐渡、次の瞬間アシュレイの外骨格にヒビが入った。

「なにっ!?」

後ろに飛び跳ね、間合いをとるアシュレイ、ひび割れた自分の左腕を見て、口元を歪ませる。

「ハハハッ!!おもしろいっ!!あなた面白いわっ!!」

跳躍してフェンスに掴まり、心底嬉しそうに笑うアシュレイ。

「これは保護対象クラスね、計画を建て直す必要があるわ。」

フェンスを飛び越え、アシュレイは屋上から去っていった。

疲れた様子でへたり込む佐渡、剣は消え去り、bloomstarとラベルに書かれたカードが転がった。

「そうか……佐渡、それがお前の答えか。」

朝凪は悲しそうに言う。

「俺は諦めない、いつかお前を普通の人間に戻してやる。」

切欠を背負い立ち去ろうとする。

「……待ってくれ、朝凪!」

朝凪はカードを取り出し、右腕の機械に嵌める。

『ミュート』

切欠を背負ったまま、朝凪は屋上から跳び去ってしまった。

佐渡は右腕に嵌めたままの機械を眺め続けた。


ビルからビルへと飛び移っていく朝凪、その背中で切欠が意識を取り戻しつつあった。

「……せん……ぱい?」

「安心しろ、もう大丈夫だ。」

安堵する切欠、そして朝凪に背負われている事に気づいて顔を赤らめる。

このままずっと先輩の温度を感じていたい、そう思っていた。

「……すまなかったな、全部俺のせいだ。」


次の日、今日も朝凪は欠席していた。

切欠は出席しているらしい。

メールをしても朝凪から返事はない。

ろくに授業も手に付かないまま下校時間になった。

帰り路を歩く佐渡、冬の風が染みる。

(黒祐、朝凪君は……)

(俺がなんとかしなきゃいけない、きっとこの力もその為に……)

いつもは朝凪と一緒に帰る道、昨日の出来事が頭の中をグルグル回っていた。

ふと、顔を上げて戦慄した。

アシュレイがいた。

「やぁ、サークルホルダー君。」

急いで機械とカードを取り出す。

「まぁまぁ、今日は戦いに来たわけじゃないの。」

「積もる話もあるし、一緒にお茶でもしましょう?」

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stranger in town @ashley723

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