変質 strange 2-3

夢を見ている。

子供の頃の夢。

幼稚園の庭のようだ。

陽射しが強い、夏かな。

たくさんの子供達が遊具や砂場で楽しそうに遊んでいる。

幼い声が響く喧騒の中で、佐渡は一人ブランコに乗っていた。

あぁそうだ、こんな日もあったな。

佐渡は昔から引っ込み思案だったので、友達の輪に入れずあぶれてしまう事がよくあった事を思い出す。

思いだしたくない夢、早く覚めてしまえばいいのに。

子供達のはしゃぐ声が不快に頭に響く。

眩しい太陽が辺りを真っ白に染め上げていく。

白い苦痛に包まれ、悪夢に飲み込まれそうになったその時。

「くろすけくん」

顔をあげると、黒いワンピースを着た幼い少女がいた。

おかしいなこんな事記憶になかった筈だが。

「アイといっしょにあそぼ?」

ブランコを降り、少女に手を引かれて、走り出す。

それからは鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり、四つ葉のクローバーをどちらが先に見つけるか競争したり。

さっきまでの悲しみが嘘のように楽しい時間を過ごした。

もう僕は一人じゃない、これ以上寂しい思いはしなくていいんだ。


目が覚める。

外は既に明るくなっていた。

「おはよう、黒祐。」

ベッドの上の佐渡が隣を見るとアイが身を横たえながら、肘枕で頭を支え、微笑んでいた。

そして悟る、今見てた夢はアイが干渉したものだと。

「おはよう、アイ。」

佐渡も微笑み返す。

アイは佐渡の夢の中に入り込む事ができるらしい、おかげで佐渡は彼女が来てからというもの、悪夢は一回も見ていない。

「今日も寒いな。」

時計を見る、まだまだ登校には余裕がある。

「さて準備するか。」

ベッドから起き上がり、いつもの様に学校へ行く準備を始める。


「朝凪先輩も休みなんですか?」

「も、ってどういう事だ?」

「切欠も今日学校来てないんですよー。」

切欠といつも一緒の娘たちが、今日も教室に来たのだが、朝凪は欠席していた。

「切欠はメールにも出なくて、佐渡先輩は何か聞いてませんかー?」

「いや、聞いてない。」

心配そうな顔でどよめく後輩達、いつも朝凪の事しか考えていないのかと思っていたが、彼女達なりにも友情があるようだ。

失礼な事を考えてしまったなと、己を恥じる佐渡。

「すみませんが、あの娘見かけたら教えてくれますかー?」

「あぁ、約束するよ。」

席に戻ってまた平井と話す。

「朝凪今日も休みか、アイツ出席日数大丈夫なのかね?」

「朝凪の事だから、そうヘマはしないとは思うが。」

朝凪が欠席することは珍しくない、理由を聞いてもはぐらかされて教えてくれない。

「まぁいつもの事だし、放っといたらまた昼から出席するかもな。」

ホームルームが始まるまでまだ時間がある、佐渡たちは他愛もない話を続けていた。


4時限目の半ば頃、佐渡の携帯が光った。

教師に見られないよう、机の下で確認する。

朝凪からのメールだ。


昼休み、屋上に一人で来い、大事な話がある。


どういうことだ、朝凪はもう学校にいるのか?

屋上は鍵が掛かっていて教師しか立ち入りできない筈だ。

(黒祐、行っては駄目。)

(またか、何をそんなに警戒する事があるんだ?)

(嫌な予感がする。)

(わかった、なら直接朝凪と話をしてみるよ、アイツに裏があるかどうか、それでわかるだろ?)

二人きりで話すなら良いチャンスだ、これでアイの誤解も解けるだろう。


昼休み、屋上への階段を上り、ドアノブに手を掛ける、鍵は開いていた。

フェンスにもたれかかっていた朝凪が、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

「話ってなんだ?っていうかどうやって鍵開けたんだ?」

朝凪の表情は険しい。

「佐渡。」

ただごとではない様だと佐渡は悟った。

「俺が何故、急にお前に近づいたかわかるか?」

「……え?」

何故って、問いかけられて言葉に詰まる。

「お前は急に変わった、昔は誰にも心を開こうとしなかった筈だ。」

「ある時から突然だ。そんなお前が他人と関わり始めたのは。」

「……そんなお前をずっと監視していた。」

何故か朝凪の表情が苦悶に歪む。

「……な、何言って……。」

(黒祐、逃げて!)

「なぁ」

(黒祐!)

「お前の後ろにいる、その影はいったい何なんだ?」

今朝凪は何て言った。

冷汗が止まらない、心臓が高鳴る、朝凪にはアイがずっと見えていたのか。

「……見えていたのか。」

朝凪の眼光が鋭くなる。

「力を使っている訳でもない、俺たちの事を知っている風でもない。」

「お前と一緒にいても、いたって普通の人間としか思えない。」

「佐渡、その影はよくないものだ、今すぐそれと離れるんだ。」

何が何だかわからない、アイと離れてしまえば彼女は消えてしまう、それだけは避けねばならない。

「そういう訳にはいかない!離れれば、彼女は!」

「彼女、か、なるほど。お前はその影に良い様に利用されているだけだ。」

利用?……だと?、佐渡に眩暈が襲う、充分ありえるかもしれないのに考えたこともなかった可能性だった。

「違う!……私はそんなつもりじゃ……」

アイが周りに聞こえる様に喋った。朝凪が眉をひそめる。

「そんな高エネルギー体、体内に宿していれば、どんな副作用があるかわかったもんじゃない。」

「それは、承知の上だ!、アイに色んな世界を見せてあげるまで……俺は……。」

朝凪が屋上の入り口に目を向ける。

「それなら、お前の行く末を見せてやろう。」

佐渡は振り返る。

そこには切欠がいた、憔悴しきった様子で、目の焦点も定まっていない。

「朝凪……せんぱい……」

その右腕には、よくわからないが何かの携帯機器だろうか、奇妙な形のブレスレットを嵌めていて、手には、切欠の身の丈程もある巨大な楽器みたいな物を引きずっていた。

曲線的ではあるが、剣に見えなくもない、不思議な形だ。

「たすけてください……倒しても倒しても奴らが現れるんです……」

涙目で訴える、直視できる光景ではない。

「奴らをたくさん倒せば……朝凪先輩に気に入ってもらえるって聞いて……それで……」

その時だった。

佐渡達を囲むようにして、大小様々な「何か」が、蝋燭に灯す火の様に次々と出現した。

「い、いや……」

切欠は恐怖している。

それはよく見ると、獣の様な形をしていたり、昆虫の様な形をしているものもある、真っ黒で影みたいだ、禍々しいオーラを放っている。

次の瞬間「何か」が一斉に佐渡たちに飛び掛かって来た。

佐渡は身を逸らし昆虫型を避ける、そして襲い掛かってきた獣型を横に転がって避ける。

「何なんだこいつら!」

「いやぁ!来ないで!」

切欠は出鱈目な剣裁きで「何か」を追い払っている。

朝凪は慣れた動きで「何か」の猛攻を避ける、突進してくるものには蹴りをいれて弾き飛ばしていた。

右腕には切欠のしているものとよく似た機械が嵌めてある。

「朝凪……!?」

朝凪は機械のスイッチを押す。

「……オーバードライブ」

『オーバードライブ』

機械から電子音声が鳴り響く。

様子が変わった、光る衝撃波の様なものが朝凪を中心に放出される。

ポケットから記憶メディアに見えるカード状の物を取り出す。

それを右腕の機械に嵌めた。

『トランスポート グリーフディバイダー』

すると右手の先に、光る物体が出現する。

衝撃波を放ちながら光が消えていき、トマホークと言うのだろうか、束の長い斧の様な物が姿を現す。

斧を手に取り構える朝凪。

振り向き様に昆虫型を薙ぐ、真っ二つに裂け消滅した。

軽々と斧を振り回しながら次々に「何か」を切り刻んでいく。

「……バスター!?」

朝凪はバスターだったのか、あれほどバスターを嫌っていた朝凪が。

気を取られていると獣型がこちらに向かって突進して来た。

間に合わない。

獣型は口を開け、その牙で噛み付こうと襲い掛かってきた。

「っ!」

佐渡はとっさに両腕を顔の前に構え防御しようとする。

その刹那、ギィイインという音が目と鼻の先の獣型から発せられた。

獣型は空中でもがいている。

顔を上げると、光るエネルギー波が佐渡と獣型の間に形成されていた。

そしてそれが、突き出した、アイの両腕から発せられているものと気づいた。

「……やはりか」

朝凪が呟く。

獣型は落下し、床に叩きつけられる。

「一体、なにがどうなって……!?」

「このぉ!このぉお!!」

切欠は何度も何度も一体の「何か」を切り刻んでいる。

朝凪は飛び掛かってくる獣型を、踏み込みながら斧を縦に振り下ろし、一刀両断にした。

次に横に一閃し、最後の数体を一挙に消滅させる。

「終わった、のか?」


切欠は気を失って倒れこんだ。

放り出された巨大な剣は回転しながら縮小し、消え去った後の空間からカードが出現した。

「固有能力は発現しなかったか、もう頃合だな。」

朝凪は倒れている切欠に歩み寄り、鍵状の物体を彼女の胸元に近づけ、差し込んだ。

切欠の胸元は光り輝き、鍵状の物体を取り込んでいる様に見える、朝凪が鍵を回すと、光は消え、鍵を引き抜いた。

「お前……切欠に何をしたんだ!!」

「実験の駒を探していた。彼女の覚醒は解いた、もう用はない。」

「実験って……切欠はお前の事を……切欠があんなにボロボロになったのもお前の仕業なのか!?」

朝凪は俯いている、表情を佐渡に見せようとしない。

「今俺達が戦った怪物、奴等には通称がある。」

通称?バスターが倒すのは人の夢を喰らう化け物の筈だ、それの名前か?

「デバッガー。それが奴等の名だ。」

デバッガーって、プログラムからバグを取り除く者の事か?

「デバッガーは覚醒した者だけを襲う、世界の白血球だ。」

「人々の無意識下にある、排他的な感情の集合体、それがデバッガー。」

排他的?覚醒した者だけを襲う?

自分の中のバスター像と食い違い、混乱する佐渡。

まるでバスターが人間に仇なす化け物みたいじゃないか。

「それじゃバスターは何の為に戦っているんだ?」

「バスターなんてモノは存在しない!」

朝凪は声を荒げる。

「お前がバスターと呼んでるモノの正体は夢を救うヒーローなんかじゃない。」

「俺達は覚醒した者の事をストレンジャーと呼んでいる。自分の為に力を手にし、自分の為に戦う者達だ。」

「…………そんな……」

佐渡は落胆した、バスターはヒーローじゃない、その正体はストレンジャーと呼ばれるモノなのか。

「……なら、朝凪は何故ストレンジャーに?」

「言っただろう、俺は妹を助けなければいけない。その力を探す為だ。」

倒れている切欠の方を見る。

「まさか、切欠をその為に利用したのか?」

朝凪は何か思いつめた表情をしている。

「切欠のストレンジャーへの適正は著しく低い、そういう奴を無理やり覚醒させると、出力が暴走したり、精神に異常をきたす場合がある。」

「彼女を見ろ、自分の力を制御できないまま大量のデバッガーを呼び寄せ、力尽きた。たとえ適正が高いであろうお前でも、体内に高エネルギー体を飼うなんて事を続けていれば、いずれお前もおかしくなり、ボロボロになる。」

先程の鍵状の物体をこちらに見せつけてきた。

「この「鍵」があれば、おそらくお前とその影を分離できるだろう。」

「さぁ、こっちに来い佐渡。」

佐渡は戸惑う、朝凪は監視の為俺に近づいたと言った、だが俺を案じているようなことも言う。

確かなのは、朝凪のやっている事を黙って見過ごす訳にはいかない、彼が手を汚し続けるのを、放って置く事などできない。

「俺は佐渡がおかしくなっていくのを黙って見過ごす事はできない。」

皮肉にも朝凪は佐渡と似た様な事を考えていた。

「黒祐……彼の言う事も間違っていない……このまま私は消えてしまっても……構わない……。」

「アイ……。」

躊躇する余地などない筈だった、しかしアイのこの言葉で佐渡の判断力が鈍ってしまう。

「手荒な真似はしたくなかったが……仕方ない!!」

朝凪は斧を構え直し、地面を蹴り飛ばし、こちらに向かって跳躍する。

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