stranger in town
@ashley723
変質 strange 1-3
佐渡黒祐は思い返す、俺には何もなかった。
とりたてて仲の良い友人がいるわけでもなく、打ち込める趣味があるわけでもない。
将来の目標はなく、ただ周囲の言われるがまま勉強だけはなんとか続けていた。
小さい頃は両親がいたが気がつくと片方いなくなり、よく覚えていないが親戚の家に住んでいた事もあった。
何年かしてもう片方もいなくなり、あちこちたらい回しにされていた頃にはもう物心がついていた。
今では親戚の援助でアパートの一室に一人暮らしをしている、家族がいない事を悲観していた時期もあったが、今では一人でも何不自由なく暮らせる環境を与えてもらっている事を感謝している。
少女はおにぎりの包みと格闘している、開け方がわからないらしい。
佐渡はそれを受け取り、テープを剥がし、フィルムを取り去り少女に渡す。
少女はそのコンビニのおにぎり独特のギミックに感心した様子で目を輝かせ、一口頬張った。
ある冬の夜だった。
佐渡がコンビニでおにぎりと缶コーヒーを買い、近くにある公園のベンチで月を見ながら夕食をとろうとしていた時、隣に少女が座っていた。
佐渡は不思議と違和感を覚えなかった、ずっと昔から一緒にいたような、懐かしい気持ちすら感じた。
中々に奇妙な事だが、少女の雰囲気に当たってしまっていた。
改造した和服だろうか、おかしな格好をしていた。
薄い生地の振袖、短い裾、色は真っ黒で宵闇に溶け込んでいた。
少女の肩は震えている、この真冬にこれだけ露出度が高ければ当然だ。
暖まるようにと保温庫から取ってきた缶コーヒーを渡し、自分だけ食べるのもなんだからおにぎりも差し出した、という所だった。
「月、綺麗だね、半分だけで、笑っている口みたい。」
缶コーヒーを両手で持ちながら少女は微笑んだ。
「ここのところ毎日来てるよね、いつか話しかけてみたかったんだ。」
確かに毎日来ている、夜のこの公園は静かで人も少なく綺麗なので気に入っていた。
「君もこの公園が好きなのか?」
「そうだね、私も好きかな、ずっとここにいるの。
もうどれくらい経ったかな、とても長い間ここで眠ってた。
でも誰かに呼ばれたような気がして目が覚めた。
あなたに呼ばれたような気がして。」
初対面の筈だ、佐渡は困惑した
「俺は呼んでない、ただここにいただけだ。」
「そうなのかな?それじゃ私が会いたくなっただけなのかも。」
薄く微笑む少女。
月に照らされた雲がゆっくりと泳いでいる。
「ねぇ、あなたには夢ってある?」
「夢か、小さい頃はあったかもしれないけど、今はなくなったな。」
「実は私もないんだ。」
佐渡には少女が何を言っているかわからなかった。
「夢がなくても今を楽しく生きていけるってとても素敵な事だと思わない?
「わからないな、俺には今を楽しく過ごすことなんてできない。学校へ行くだけで楽しいっていう人もいるけど、俺には無理だ、楽しみを見出すなんてとても難しい事だ。」
「そうなんだ、私憧れてたんだけどなぁ。」
憧れていた?
「もしかして学校行ったことないのか?」
「ずっと一人だったから、本で読んだことはあるけど、行った事はないよ。」
不思議な少女だと佐渡は思った。
「学校はつまらないぞ、眠い中朝早く起きて、単調な勉強して、寒い中掃除させられて、何も楽しいことなんてない。」
俺が愚痴っているにも関わらず彼女は微笑みながら聞いている。
「でも”友達”ができるんでしょう?」
言葉に詰まってしまう佐渡。
俺には上辺だけ仲良くする人間ならいるが、友達と呼べるものはできたことがない。
「……俺友達いないんだ、確かに友達がいると楽しいかもしれないな……」
少女は笑顔を浮かべた。
「なら、私と友達になろうよ。私も友達できたことないから、ずっと欲しかったんだ。」
「そうだな、友達になってくれるか?」
佐渡は苦笑するしかなかった。
「そろそろ俺も帰らないと。」
食べ終わったおにぎりのフィルムをビニール袋に入れる。
「また会いましょう、私はここにいるから。」
「そういえば名前を聞いてなかったな、俺は佐渡だ、佐渡黒祐。」
「私は……なんだろう」
口ごもる少女。
「識別コードっていうのがあってね、私はずっとエーマイナーって呼ばれてた。」
今日会って初めて彼女が顔を曇らせた気がする、エーマイナーってあれか?ギターの和音のことか?
不思議そうな顔をした佐渡を見て彼女の表情がさらに曇った。
「変だよね、でも私にはこれしかないから……」
「アイ」
「愛?」
思った事を何も考えず口走ってしまった、もう収拾がつかないがどうにでもなれ。
「アイってのはどうだろうAminorを略してみたんだけど……」
我ながら何を言っているんだろう。
「友達はあだ名で呼んだりするだろう?だから今日から君はアイだ。」
クスクスと笑う彼女、いや、アイ。
「ありがとう!」
次の夜、佐渡はまたコンビニに夕食を買いに来ていた。
昨日は何だったんだろう、考えるほど不思議な体験をした気がする。
まどろみの中で見る夢のような、不思議な時間だった。
そしてまた公園に行きベンチに座る。
「こんばんは」
アイだ、さっきまでベンチには誰も座っていなかった筈だ。
「今日も来てくれたんだね。」
「君は一体何者なんだ?」
考え込むアイ。
「ただのお化けかな?」
何だただのお化けか。
「その……アイはこの街で育ったのか?」
「多分そうだと思う」
「ずっと”ここ”にいたから、昔はここに建物があって、その中の一部屋が私の居場所だった。」
建物?アイの表情があまり良くない、触れない方がいい話題なのだろうか。
「あっそうだ、今日もおにぎり持って来たんだけど、食べるか?」
「いただきます」
佐渡はツナマヨのおにぎりを手に取り封を開けようとする。
「大丈夫、もう開けられるよ。」
アイにおにぎりをわたす、すると何の間違いもなく、綺麗に封をあけた。
子供の様に誇らしげなアイ。
昨日俺が開けたのを見ただけで覚えたのか。
「ねぇ、それは何?」
片手でおにぎりを食べながら、俺のポケットからはみ出ているイヤホンを指差す。
「これか?これは携帯音楽プレーヤーって言って、歩きながら音楽が聴けるんだ。」
アメリカの大企業が作った流行の物だ、それを不思議そうに見つめるアイ。
「何か聴いてみるか?」
イヤホンを渡す。
するとアイは、はい、とイヤホンの片方をこちらに渡してきた。
片耳にはめ、選曲し、再生する、この曲ならいいだろう、丁度今のイメージに合うかもしれない。
二人で一つのイヤホンを分け合う俺とアイ、外で誰かと同じ曲を聴くというのも良いものだ、月を眺めながら佐渡は思う。
サビに入ったころ気づく、この曲はあるバンドが長年連れ添ったメンバーの為に作った曲らしいが、歌詞の解釈によってはラブソングに聴こえなくもない。
急に照れくさくなってきたが聴き入っているアイをよそに曲を変えるわけにもいかない。
結局最後まで聴き終えてしまった。
「良い歌だった!もう一回聴きたい!」
「い、いやもうこれくらいにしとこう。」
そそくさとプレーヤーをポケットに仕舞う佐渡。
もう缶コーヒーは飲み終わっていた。
次の日も、佐渡が月を見ているとアイが現れた。
そしてその次の日も、そのまた次の日も。
何も知らないアイに、佐渡は色々な事を話した、学校の事、親戚の事、ありもしない夢についての事、最近聴いている音楽の事。
いつしか佐渡はアイに会うのが楽しみになっていた。
包み込むような優しさを持ちながら放っておけない弱さを感じるアイに、佐渡は心惹かれていた。
そして、その日が来た。
いつものベンチで月を見ている佐渡、だがいつまで経ってもアイが来ない。
もう自分のおにぎりを食べ終えた頃、アイが現れた。
自分の肩を抱き、俯き震えている。
ゆっくりと顔を上げ微笑みかけようとしているがぎこちない。
佐渡は慌てて自分のモッズコートを彼女に被せる。
「アイ!」
「……い……寒い……」
不思議と佐渡には彼女の身に何が起きているか朧げながらわかった。
もう現世に留まれなくなっている。
きっと俺のせいだ、俺が何度も呼び起こしたせいで、磨耗しきっているんだ。
「ごめん……ね……せっかく……会いにきて……くれたのに……」
「もういい!眠れ!俺の事はもういいから!」
彼女は嗚咽を漏らした。
もう駄目なんだ、今更休眠した所でもう手遅れの様だ。
何か暖かい物、あたたかいもの
佐渡はモッズコートごとアイを抱きしめた、冷たい、冷たすぎる、氷に触れてるようだ。
「……今まで……あり……がと……う…」
気づけば佐渡の頬にも涙が流れていた。
どうする事もできないのか、絶望に飲まれそうになる。
「わた…………し……の……はじ……め…………の…………と……………………も…………」
自分は空っぽの木偶の坊だと思い知らされる、アイと一緒にいる時は忘れていることができたが、俺に中身なんてない。
好きな女の子一人助けることもできない。
だんだんと気配をなくしていく冷たいアイを抱きしめながらただ涙を流すしかできなかった。
空っぽの……
空?
夢なんてなくていい、ただ今を生きることが楽しければ。
アイは消えたくないんだ。
「俺の中に入るんだ、アイ。」
こうすることで俺の体がどうなってしまうか、きっとただでは済まないだろう。
「夢がなくても、二人でなら生きていける。」
アイの涙が堰を切って溢れ出した。
「ご……めん……ね……」
その刹那、佐渡は強烈な眩暈に襲われた。
凄まじいエネルギーの奔流が体の中に流れこんでくるのを感じる。
激痛を伴う予感がしていたが、柔らかい温もりしか感じなかった。
様々なビジョンが流れ込んでくる。
アイと似た様な和装の少女達。
薄暗いサナトリウム。
恋愛小説の一文。
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