新たな一歩
全てが終わる日はいったいつ来るのだろうか。『発現者』や『ラグナロク』がこちら側にくることはなくなったが、今も脅威はこの世界の裏側にある。
知ってしまったからには、これまでのような何も知らなかったころには戻れない。
それが、『織笠悠』という人間なのだから。
「ぁ……悠くん」
悠が店を出ると、店の壁に寄りかかるようにして立っている見知った顔があった。
「……稍夜」
稍夜も悠と同じ様に、火傷で使えなくなった右腕を肩から吊っている。悠と比べれば重傷では無かったらしいが、それでも絶対安静を言い渡されていた筈だ。
無地のシャツの上にガウンを羽織って、下はショート丈のジーンズを履いている。なぜこんな所に私服でいるのか。
「って、そうか……稍夜、お前学校」
「うん、私が元いた所にはエリカちゃんに入ってもらったからね。ほら、私って身内もいないしこの世界では死んだことになってるから」
喫茶店での悠とエリカの会話を聞いていたのだろう。悠が全て思い出していることを稍夜は知っていた。
「――ごめんね、……聞いてたの。今の……エリカちゃんと悠くんの、話」
悠から視線を反らし、申し訳なさそうにモジモジする稍夜。
「お前が謝ることなんてない。俺がお前と同じ立場だったとしたら、きっと同じことをしたさ。乃瀬の気持ちだって、わからないわけじゃない……」
今の『織笠悠』にはまったく真新しい人生がある。これからは『織笠悠』でも『ユウ』でも無い『彼』が進む無限に広がる世界。
「だから俺は犠牲になった者の分まで、精一杯生きていくよ。どうなるかはわからないが」
それが今生きている、託された者の使命。
「どうも小腹が空いたんだけどさ、何か食ってくか? 」
「う、うん! いこう!」
初めて出来た本当に護るべき存在。それらを一つ一つ思い浮かべながら、雲一つない夕空の下、帰路へとつく。
「蓮歌! ちんたらしてると快速電車来ちまうぞ! 急げよ!」
「ま、待ちなさいってば! 恭ちゃんがいつまでも起きないからいけないんでしょう!」
「それなら同罪だ! 『もう夕方だし、経済史の授業ならサボろう』とかいってたのはお前だろうが!」
「うわはぁーん! だって必修科目だっていうのを忘れてたんだもん!」
聞き覚えのある声が後ろから近付いてきた。二人は悠と稍夜の横を、慌ただしく駆け抜け、駅の方へと向かっていく。
仲睦まじい二人の手が固くしっかりと結ばれているのを見て、悠と稍夜は思わず足を止めてしまう。
小さくなっていく二人の姿を、悠たちは見えなくなるまで見送るのだった。
或る紅月の世界に叛逆を koku @koku2121
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