真実
店内に悠だけが一人取り残される。気を使ってくれたのだろうか、ちょうど聖士と入れ違う形で店の戸が来客を告げる鐘を鳴らした。
「――あら、織笠くん。こんにちは」
学校には来なかったにも関わらず、奏風の制服を着た乃瀬エリカが少し驚いた表情で入口に立っていた。
「なんでサボりのくせに制服きてるんだ、お前」
「可愛いじゃない、ここの制服」
実に女の子らしい理由だった。
エリカは優雅な足取りで悠の隣の席まで来ると、足を組んで腰を掛ける。
「それで? 私に何か用かしら?」
いつもの、全てを見透かしたかのような余裕の表情を浮かべるエリカ。
「――乃瀬、お前は俺に何か隠してることがあるんじゃないのか?」
そんなエリカに、悠は視線を向けることなく言い放つ。
「なぜ、そう思うのかしら?」
冷静な返し。感情の読み取れない綺麗な顔は微動だにしなかった。
「稍夜と俺は、なぜ生きてるんだ?」
「……」
エリカからの反応は無い。
「彼女は、自分が『逢武稍夜』のクローンである『ヤヤ』であると言っていた。それなのに、彼女は俺の知る『逢武稍夜』そのものだ。 俺も稍夜も、あの時に死んだはずなのに」
僅かな殺意を込めた目で、エリカを睨んだ悠。
彼には一つの核心があった。
ずっと記憶に靄が掛かった感じ。それがいまではすっきりしている。思い出そうとする度にあった頭痛も今は無い。
「俺が見ていた悪夢……あれは夢なんかじゃない、記憶だ。奏風学園を襲った『発現者』が稍夜を殺し、俺も死んだ」
クリアになった悠の頭には、今ではしっかりと当時の記憶が戻っていた。
皆が忘れてしまっていた『逢武稍夜』という少女の存在。そして、その死。『逢武稍夜』のクローンである『ヤヤ』という少女が『逢武稍夜』として生きていることの事実。
「――その様子だと、全て思い出したってことかしらね?」
観念したのか、無反応だったエリカは短くため息を付くとカウンターに両肘をついてそこに顎を乗せて口を開いた。
「今から四ヶ月前、私たち『魔族』の孤児が多数住む施設が『発現者』によって襲撃されたわ。そこで、あなたも知っての通り稍夜は殺された」
エリカの喋りは、まるで報告書を読んでいるかのようだ。ありのまま、ただ起こったことを告げているだけの淡々としたもの。
「だから、私が彼女を蘇らせたのよ。『ガーデン』にいる『ヤヤ』を殺し、その肉体を『器』とすることでね。『ガーデン』の管理者だった私の一族があの世界を作った理由はね、有限だった命のストックを作り出すため。元々、『ガーデン』はそれだけの存在だった。だから私は、あの子のクローンを本来の使い方をして『逢武稍夜』を生き返らせたの」
全てを言い終わらぬうちに、悠は残っている左手でエリカの胸倉を掴み上げた。
「お前、自分の言っていることがどういうことかわかってるんだよな。そんなバカじゃないもんな」
「もちろん、わかっているわ。それでも私はあの子を、親友を救いたかった。死んだ大切な人が蘇るというのなら、誰だってそれを望むわよ」
エリカの蒼い瞳は、まっすぐに悠を射抜いている。自分のしたこと、生者を生贄に死者を蘇らせることがどういうことかを受け入れていた。
「だから稍夜も、君の命を助ける為に動いたのよ。自らの意思でね」
その言葉に、エリカの制服を掴んでいた悠の力が弱まった。悠の手をゆっくりと解きながら、稍夜は悠の隣の席に再び腰を下ろした。
「君も、『奏風学園』が襲撃された時に瀕死の重傷を負っていたわ。だけど、死にはしなかった。脳以外ほぼ死んでいると言ってもいい、生死の曖昧な状態だったけどね。稍夜が『ユウ』を殺害し『器』としたから君はこうして生き永らえた」
「……」
口を閉じたエリカ。彼女の言葉を受けた悠に、動揺は見えない。
まるで、自分の中にある回答の答え合わせをし終えた後のよう。それくらい、悠の心は落ち着いていた。
「……わかっているさ。俺も犠牲の上にこうして生きているってことは。だから、俺のこの感情は所詮偽善だ。それでも」
ここにきて初めてエリカの眉が動いた。
「俺たちの為に犠牲になった『ユウ』と『ヤヤ』は、俺たちと何が違う? 同じ人間だろ?」
悠の言葉に、目の前の少女は何も言わない。エリカは黙って悠の顔を見ている。
そして、
「いいこと? 所詮『ガーデン』は作りモノにすぎない。私達が日頃食べる家畜と同じ。それだけの存在」
短く、一度だけ鼻で笑うとエリカは殺気を込めた目で悠を見上げた。
「織笠悠。言っておくけど、稍夜は、死にかけている君を救う為に一人で『ガーデン』に殴り込んだ。あの子にとって、それがどれだけの覚悟だったかわかる? 争いとは無縁だったあの子を身勝手に引きずり込んだのは確かに私よ。だけど、この道を進ませたのは何物でもない、君という存在。それを忘れないでちょうだい」
感情的になっていたエリカは、椅子から立ち上がると更に悠に詰め寄った。
「だから私は君が大嫌い」
そういうエリカは初めて、自分の本音を漏らした。
「私から大切な物を2度も奪った『ガーデン』はもっと嫌い。だからどんなことをしてでもあの世界は破壊する。私たちを殺し、無関係なあの子を巻き込んだあの世界を許す気はない。その覚悟は、10年前に出来ているわ」
エリカの爆発させた感情により、ピリピリとした空気が店内に漂っていた。
悠はエリカの言葉を受け止めながら、静かに一度目を閉じた。
再び瞼をあげると、悠は鞄を手に彼女の横を通りすぎてルプスの出入口を掴んだ。
「お前の考えを理解する気もないし賛同する気もない。ただ、俺も稍夜もこうして生きているのには、感謝している」
織笠悠とユウ。逢武稍夜とヤヤ。
二つの命が失われ、二人は生き返った。
今の彼は『織笠悠』でも『ユウ』でもなくなったが、護りたいものは『織笠悠』も『ユウ』も同じ。
「お前が稍夜のことを本気で大切に思っている気持ちはわかった。それは、俺たちも同じだ」
背後でエリカが振り返っているのを感じた。
それを確認せず、悠はルプスから出ていった。
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