脱出
「そんな、昔話」
ただただ、レンカの言葉だけに耳を傾ける。装置の激しくなる起動音さえ聞きなれた心音の様に気にならなくなっていた。
悠は黙ってその語り部を聞いていた。後数分もしない内に三人を殺しに大勢の敵がここにくるかもしれないというのに、悠はレンカの独り言を聞きながら一切の思考を止めてしまっていた。
レンカが話を終えると同時に、装置が起動し、『ゲート』が姿を現した。
『ルプス』の地下でみた『ゲート』と同じ、何もない空間に光の道が出来上がっていく。巨大な光はまるでトンネルだ。
「言っておくけど、私は二人を恨んでなんかいないからね。ここは力ある者だけが生き残れる弱肉強食の世界。私が負けたのは護るものに対する思いの強さ……私は、あなた達みたいに目の前の敵に立ち向かうこともできなかった。心のどこかでもうこの世界に愛想尽かしていたのにね」
直後、『アーク』のある部屋の正面ゲートが爆破された。爆破の揺れは大きく、爆風の余波が距離のある三人の元まで届いてくるほどだ。爆発に合わせ後始末を任されたであろう兵隊が雪崩れ込んでくる。
「おいでなすったわねぇ。さぁ、早く行きなさい。そして、彼女を助けに来たからには最期まで守り通しなさいよ。私達の思いよりも強靭なその思い、忘れちゃダメだゾ」
何かを言わなければならなかった。何でもいいから言わなければいけないと悠は思った。
けれど、悠の口は氷のように張り付き開かない。無情にも、『ゲート』の光が不安定にブレている。先の爆発の影響だろうか、『アーク』全体が一層うねりをあげ始めた。
もう時間がない。
「ありがとう」
世界に対する憤り。小さなその一つの思いを胸に刻みつけて、悠はその一言だけを残して稍夜と一緒に光へと飛びこんだ。
――どうするのが一番いい選択だったかなど、悠には思い付かない。
――世界の危機と一人の命。それを天秤になどかけられない。
だから、心に刻み付ける。
光に呑まれる直前に悠が見たのは、四肢を爆発で纏い大きな荒波に立ち向かわんとする綺麗な赤い髪と衣を纏った女性の背中。
そして、悠の意識はテレビを消すかの如くプツリ、と途切れた。
………
……
…
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