対峙(ⅶ)

 爆発で空いた穴から悠は転がり出た。

 出た先は装置のある空間よりは狭いが、天井までの高さがかなりある薄暗い倉庫。沢山の棚が横長の部屋の中に通路を作っている。棚はダンボールやコンテナが収められているのだが、先の爆発の衝撃で大半が床に崩れ落ちていた。中身は機械の部品や銃器だったらしい。

「ないよりは、ましか!」

 咄嗟に、目についた拳銃をひったくり腰の後ろに差した。他に何か無いかと、周囲を観察するがそんな暇など無いことを思い出す。

 悠は道を塞いでいたダンボールの山を迂回して倉庫を駆け抜けた。キョウヘイと十分な距離を取りながら、近くに空いていた別の穴からその先へ。

「……ッ!?」

 すると突然、世界が変わった。

 明かりのあった倉庫とは違い、入った部屋は足元にある緑色の非常灯と淡い光だけの空間。光源は悠の目の前に果て無く並ぶ大きな培養槽。中は水溶液で満たされているだけで、他には何も入っていない。

 それが一つではない。子供ならば一人は入れそうな大きさのものが、数えきれないほど規則正しく列を作っているのだ。

 あまりの異様な光景に鳥肌が立っていく。伸びるイソギンチャクのようなケーブルが液体の中で漂い、床や天井、壁からは培養槽へと幾重もコードが這っていた。

「なんだ、ここ……もしかして」 

 気味が悪くなり、止まりかけた足。それをなんとか動かしながら、通路の両脇に規律するカプセルに威圧される形で狭い道を悠は走った。

 一分、二分。どれくらい走っただろうか。未だに代わり映えしない同じ光景が続いている。自分がまったく前進していないのではないかと錯覚してしまうほどだ。

『驚くのも、まあ無理ない。こんなんでも俺達の生まれ故郷なんだぜ』

 何処からか聞こえたキョウヘイの声に、悠は咄嗟に培養槽同士の間にある隙間に飛び込んだ。

「故郷……? じゃあここってやっぱりクローンの」

 悠が踏み込んだのはクローンを造りだす為の施設だった。今はどの培養槽にも液体以外のモノが入っていないのは救いだ。

 乱れた心をなんとか落ち着け、隙間から顔を出し様子をうかがう。キョウヘイは悠に話しかけてくる程の余裕がある。彼はまだ本気で悠を殺しにきていない。逆に言えば、いつでも殺せる状況にあるということだ。

『こんな心気臭ぇ所で生まれたかと思うと、未だに気持ちがわりぃ……だが生まれの場所で死ぬってのも、なかなか乙なもんだろ?』 

 生産場は果てが見えないほど広い。キョウヘイの声が反響していて彼の位置特定は難しかった。意識を集中させるが、声のする方向が定まらない。

「こんなの……なんで平気なんだ! 理解できねぇ!」

『ふん……テメェみたいな裏切り者に言われる義理はねェぞ』

「は? 裏切り者?」

 周囲を警戒し、攻撃に備える悠。まだ殴られた腹が痛むが、できるだけ考えないように努めた。

『……ん? まさかとは思うがテメェは』

 沈黙していたキョウヘイが言葉を詰まらせた。それ以降は何の反応も帰っては来ず、ただ緊張しっぱなしの時間だけが過ぎていく。

『まぁいい。テメェが何だろうが殺るだけだ。お前をさっさと片付けて今度こそあの女を始末する。だから――』

 カツン、と音がした。ガラスで出来た培養槽の表面を叩く音だ。音がしたのは、悠の真上。

「鬼ごっこはここで終わりだ」

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