対峙(ⅵ)

 バリバリバリッ!


 不快な音がレンカの頭に響いた。

 稍夜が攻めてこないのならば、とせめて身体の熱だけでも冷ましていたレンカ。だが、目の前で起こった現象に思わず目を細めた。

 研ぎ澄まされたレンカの感覚が、すぐ目の前に稍夜がいることを捉えると、何もない空間から稍夜が飛び出してきたのだ。左手には大型のナイフが握られている。

 玉砕覚悟の特攻か、防御のことなど考えていないのかもしれない。無謀な策を易々通してあげる程、レンカはお人よしではない。

「つまらない選択をしたわね!」

 走る稍夜には、前ほどの爆発的なスピードが無い。それならば、とレンカは両手を爆発させた。

「今度こそ焼きつくしてあげる!」

 爆発が両腕に巻きついていく。空気中に多量に含まれる窒素を操作し小さな爆発で最大級の火力を生みだす。これが彼女の発現した力。

 足の時のように爆発を両手に纏い迎え撃つ構えだ。

 突き出される稍夜のナイフ。それをレンカは両手で受け止めようとした。いくら鋭利な刃物であっても、彼女の纏う爆発ですぐさま蒸発するだろう。これまでも、爆発はどんな物でも破壊してきた。

 いままでは。

「あなたなら正面から受けてくれると思ったわ!」

 ニヤリと、稍夜は小さな笑みを浮かべる。 

 レンカは何か違和感を覚えたが、それでもレンカは止まらない。どんな得物だろうが、レンカの爆弾の前では全てが無力。だからこそ、レンカも踏みとどまることをしなかった。

 レンカの纏った爆発はこれまでとは密度が違った。ナイフを破壊しようとしたレンカは、足の爆発よりもさらに凝縮して威力をあげている。

 しかし、稍夜のナイフにレンカの爆発は触れる事は無かった。彼女の右手は空を切る。

「!」

 確かにナイフを受け止めたはずだった。それなのに、ナイフを破壊するほどの爆破もおきない。威力を高める為に爆発の範囲を凝縮していたのが仇となり、纏う爆発の規模では稍夜の体までは届かない。

「それなら!」

 違和感は拭えないままだが、目の前に稍夜がいる。レンカは、四肢に巨大な爆発を纏い始めた。いままでの威力に一点集中したものではない。広範囲にばら撒かれるクラスター爆弾だ。

 レンカの爆発がどんどん大きくなっていく中。稍夜は突然動きを止めた。

「もう終わりました。私の、勝ちよ」

 突然の勝利宣言に、レンカが固まる。

 稍夜の紅い目の輝きが失われると、

「――え」

 レンカは腹部に激痛を感じ顔を歪めた。視線を腹部に向ける。すると、そこには深々と刺さった稍夜の最後の一撃が姿を見せた。

 四肢に纏っていた巨大な爆発が威力を無くして次々と霧散していく。レンカは立っていられなくなり、背中から地面に倒れていった。

「いつの、間に」

 抵抗する力は残っていないレンカは見下ろす稍夜を見上げていた。

「私が姿を見せた時です」

「気が付かなかった、わね。投げたのなら、わかるのに……」

「それが私の『発現力』ですから。投げたナイフを悟られないために突っ込みましたが、私を認識した瞬間に爆破していたら私の負けでした」

 勝敗は、決した。

 効き手で無かった為か、稍夜の投擲は死に至るほどの傷をレンカに与えてはいない。だがどのみち、この深手を先ほどのような荒治療で塞ぐのは体力的に危険だろう。

「ゲホ……あ~ぁ……やられちゃったにゃー」

 レンカが赤いドレスを黒く染めて床に倒れている横で、稍夜も前のめりになりながら床に膝をついた。

「……―――この場合、お互い様です」

 仰向けのレンカは、動かないながらも意識がはっきりしていた。

 稍夜も意識を保ってはいるが限界を超え動けないでいる。両者共にこれ以上力を発現できるだけの体力が残されていなかった。

 重症度で言えば、稍夜の方がひどいだろう。許容量をこえた『発現力』の行使により頭は今にも爆発しそうだった。意識が朦朧とする。

「ま、こんな可愛子ちゃんに負けたんなら悔いはないわ」

 血が床に広がる中、レンカは傍らにいる稍夜に真っ直ぐ紅い瞳を向けてくる。瞳は、先ほどまであった禍々しい紅い輝きを失っている。稍夜を追っていた時の狂喜の気配も無かった。

「……それだけの傷でまだ喋れるなんて……バケモノですか、あなたは」

「いやーん。キツイ物言いもいいわね。そして、前髪を上げた姿もかわいいわ」

 指摘され、稍夜は顔を赤くしながら慌てて掻きあげていた髪の毛を垂らしてしまった。

「……あーあ、これで終わりかぁ」

 レンカは深々と刺さったナイフを引き抜くと、稍夜の方へそれを投げ捨てた。

 稍夜は無表情でナイフを拾い上げると、自分達の命を狙ってきた敵を見下ろした。直ぐに悠の元に向かいたい気持ちがあったが、ふと、疑問を口にしてしまう。

「――あなたほどの実力者なら、私が姿を見せた瞬間に殺すくらい造作もなかったはずです。それなのに……なぜ、あんな正々堂々と」

 いつになく稍夜の声には張りがあった。本当に、目の前で血まみれになりながらも笑っていられた女性のことが不思議でしかたないのだろう。

 しかし、稍夜の問いに対しレンカは声を出して突然笑いだした。

「それ以上騒ぐと、出血多量で本当に死んじゃいますよ」

「あは、あはは! あはー ゲホッゲホ! ……ふぅ。あなた、私を少し買いかぶり過ぎよ。そうね、確かにやろうと思えばあなたを殺せたかも。ま、シラフの私じゃ、あの刹那の感覚は解らないけど……どっちみちこの結果は変わらなかった気がするのよね」

 脇腹を手で押さえて動かないレンカに、稍夜は背を向けた。

「……それでは、私はもう行きます」

「彼が心配?」

 背中を見せた稍夜は本心を指摘され、つい振り返ってしまう。そこにいたのはニヤニヤした可愛い女の子好きな変態では無く、真面目な顔をした美人だった。

「……大切な人なんです」

「うーん、青春してるわね。こんなに思われて彼も幸せ者ね」

 満足したのか、哀愁のある顔を浮かべながら顔を天井に向けるレンカ。弱い態度を見せない彼女が一瞬見せた表情はすぐに消えてしまった。

「……幸せなのは、いつも私の方ですよ」

 これ以上話す事はないと、稍夜の内心は告げる。それでもまだ小さなぎこちなさが拭えずに敵であるレンカと向かい合っていた。

 稍夜の小言に、横になったレンカは笑顔を浮かべる。

「……私達は所詮使い捨ての道具。死ぬ時は死ぬし、生きていられたらまだ自分にはそれだけの価値があったってこと。だから、幸せなんて感じられている間にありったけ感じておきなさい」

 レンカの言葉を聞き遂げた稍夜は、悠のもとへと向かって一歩を踏み出した。しかし、彼女の全身から力が抜けると稍夜は意識を失って倒れてしまった。とっくに体力の限界を迎えていたのだ。

 そんな稍夜を横目に、 レンカは四肢に熱を取り戻していった。

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