対峙(ⅴ)
『浅かったか―――だから言ったのよ。この力、”ブレインハック”はまだ負担が大きいんだから。視界のハックだけに能力を制限してもこの有様』
頻りに辺りを警戒し続けるレンカから、五メートル。
そこで稍夜は床に膝をついていた。稍夜はレンカの目の前にいる。だが、それをレンカは知らずにまだ辺りに目配せしていた。
『……どうする?……時間を掛ければ掛けるほどこちらが不利になるわよ』
掻き揚げたオールバックの額に汗を浮かべながら、稍夜はゆっくりと呼吸をする。吊りあがった紅い目に力を込めるが、そこに強さはなく歯を強く噛んだ。。
「ねぇー……そろそろ出てきたらどう? あなたの奇妙なその力の種明かしをしてもらいたいわ」
傷を塞ぐのに体力を使ったレンカの息は乱れていた。自分の呼吸が戻るまでは彼女も動くつもりはないらしい。声をかけながら、稍夜のことを探っているのだろう。
レンカに聞こえはしないが、出ていくわけないでしょ、と稍夜は一蹴する。
体調を整えようとしているレンカ。一方、彼女よりも稍夜の息は荒かった。レンカのように呼吸が落ち着くどころか、呼吸の感覚が短くなっている。
頭痛に顔を歪ませる稍夜。この後のことを考えると心臓が破裂しそうだった。
一秒ごとに稍夜の顔色はどんどん悪くなっていく。
『最初の不意打ちで殺せなかった時点で負けたも同然ね……こんな体たらくでまともな戦闘なんかできるわけないでしょうに……ま、どっちみちシラフで勝てるような相手じゃないわね』
今の稍夜にはこれだけ世界に干渉し続けることは負担が大きすぎる。お得意のナイフすら振るえないほどに身体は衰弱してしまい、刻一刻と命を蝕んでいた。これ以上の発現は彼女を内側から確実に破壊してしまうだろう。
『……ええ、今は等間隔に頭痛が襲ってくるほどで済んでいるけど、次第に頭痛の感覚が短くなっていく。後30秒が限界ってところかしら。かといって、力を切ったところで死ぬだけ』
レンカはもう隙を作ってはいなかった。干渉を解いた瞬間、彼女の野生の感は稍夜の存在に気が付き牙をむく。
『そうなればただの的……早々に能力補助の装置を失ったのは痛かったわね……』
腰から稍夜に繋がっていた機械。稍夜の力をサポートしてくれていた頼れる相棒はすでに無い。
『――力を解きさえすれば、本来の動きをするくらいには回復するわ。でも、それはアナタが命を賭ける勝負に出れば、の話……それだけの覚悟を持てるの?』
彼女の右腕。効き腕である右手は力無く垂れ下がり、細い腕の皮膚は火傷でひどく腫れていた。レンカの攻撃は、彼女が認知できていないだけでしっかり稍夜に届いていたのだ。
『痛みは――無いわね……動きもしないから神経まで焼け切られたんでしょう。……まぁ、腕ごと吹き飛ばされなかったのは幸運かしら』
レンカの放った蹴りによる爆発。直撃は免れたが、身体を庇った右腕が爆発に掠ってしまいもう使い物にならない。
掠っただけで右腕はこの通り重傷。もう少しレンカに身体が近ければ右腕は吹き飛んでいただろう。
左手で、ナイフを握った。震える手はナイフを落とさないようにするので精一杯だ。
実戦経験も、『発現者』として積み上げてきた経験もレンカが勝っている。加えて、苦し紛れで放った一撃で警戒もされてしまった。ここで手負いの姿を見せることは状況が悪いまま闘う以上に、相手に悟られてはいけない彼女の力の特定にも繋がりかねない。
稍夜の表情が固まる。
『さあ――どうする?』
自分の身の心配より、ふと大切な人の姿が目に浮かぶ。
稍夜は自分の力が残り数秒ほどしか持続しないのをわかっている。
―5秒
覚悟を、決める。
―3秒
何もせずに死ぬのだけは許されない。
―1秒
なによりも、ここで死ぬわけにはいかないのだ。
―0
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