対峙(ⅳ)
レンカの膝から下の皮膚が、右腕と同じ橙色の閃光を放った。ワンテンポ遅れて耳を劈く爆音と衝撃が巻き起こる。彼女の足が爆破炎上し、凄まじい音と共に一段と大きめの爆発が連続して起っていくではないか。足が爆発しているというより、足が爆発を纏っているかのようにも見える。
「アフターバーナー、って知ってるかしら?」
ジェットエンジンなどが高い推力を出すために燃料を燃焼させる行為。高推力を得た際の勢いは、音速にも達するらしい。
鼓膜を引き裂く様な音から、稍夜は直感的にナイフを退いてレンカから離れた。
最後の爆発の直後、音を置き去りにするほどの速さでレンカの左膝が稍夜を掠めた。軌道すら目で追えない爆音轟かす強烈な膝蹴りが、勢いも付けずに寸前まで稍夜のいた場所目掛けて放たれたのだ。
まさに間一髪。だが、これで終わりではない。レンカは天井まで飛び上がっている。
「ほら! ほらまた! アナタは私を討つことより、自分の身を選択をした!」
一気にトップスピードへと達するレンカの動きに対応してみせた稍夜は見事。しかし、レンカの言うように後一歩踏み込めさえすればレンカの首を断ち切れただろう。
「わ、私は!」
「死ぬ覚悟で殺し合えなくなったのなら、こっから先は命取りよ!」
自由の利かない空中で、レンカは手元の鎖鎌を見当違いの方へ放り投げつけた。投げた鎌は床に深く刺さり、鎖を手繰る動作で身体の向きを調整。レンカは稍夜のいる方へと向きを変えた。
稍夜の攻撃を受けていた鎖は千切れたが、レンカは使い物にならなくなった鎖から手を離しさらに追撃の姿勢を取る。
再度レンカの右足が橙色に輝きを放つ。足の爪先から膝の辺りにかけて連続的に発光を繰り返していた。
光の正体は、良く解かる程に爆発音が鳴り響いて自己主張をしている。彼女の右足を取り巻くのは小さな幾つもの爆発。先の膝蹴り時のような轟音ではないが、小さな爆発の集合体が巻き起こる。破壊の嵐は止まる事無く彼女の右足で生まれていた。
先ほどの爆音がロケットを放つ為のジェットエンジンならば、今度は常に爆発を続けるクラスター爆弾。
またあの不吉な橙色が瞬いた。レンカの足の裏が火を噴く。爆弾が放たれようとしている。
「――確かに、今の私は心のどこかで”生きたい”って思っていた」
見た目だけでも、彼女の右足の殺傷能力は想像に難くない。人間の体など軽く肉片に変えかねないであろうもの。それを目の前にして尚、稍夜はレンカには聞こえないほど小さな声で自分に言い聞かせる。
「だからこそ。私はこんなところで死ぬわけには――いかない!」
稍夜は一度瞼を閉じると、濡れた前髪を掻き揚げた。深く息を吸い込み、脳をクリアにする。
それは、彼女にとってのトリガー。
今まさに解き放たれようとしているレンカの攻撃を前に、稍夜は息を吐き、一気に瞼を開いた。
レンカと同じ、紅い輝きが瞳に走る。
「遅い!」
”バリバリッ!”
すべてを無に帰す破壊と爆音をばら撒きながらレンカがマッハに達する勢いで放たれ、床の合板を融解させるレンカ。だが、彼女『だけ』がそこに存在していた。
レンカは稍夜の姿を探すように周囲をぐるりと見回してから、ゆっくりと足元へと視線を落としていく。
「……消えた?」
溶けきって固まり始める床には稍夜の姿がない。完全に消えていた。
「あの距離で、掠りもしなかった?」
レンカの爆破は掠るだけでも無事では済まないほどの威力。もちろんそうなるはずだった。だが、現実は何の手応えも無かったのである。
爆発を止めた燃える足で立ち上がり、周囲の気配に集中するレンカ。
しかし、稍夜の気配や匂いは仄かに感じるが姿が見つからない。
隠れられるような場所はない一本道。それなのに、稍夜の姿が彼女の前から完全に消えてしまっていた。
「……これはこれは。キョウちゃんの時にも見せたものかしらね……んー、さてさて。どこ行ったのかにゃー?」
もう一度、感覚を研ぎ澄まして探りながら状況を確認するレンカ。
稍夜を見失う直前、彼女の目が赤く光を放ったのは確認した。『発現者』が能力を使うときの症状。だが、わかるのはそこまで。何の前触れも無く稍夜は消えた。動いた音すらしなかった。
そう。それこそが『発現者』としての稍夜が今出せる最高にして最大の力。
――ズキン
レンカの体が右へ傾いた。同時に右太ももから重たい痛みが全身へと駆け廻る。
「……え?」
見ると、赤いドレス諸共右太ももの外側をざっくりと切り裂かれていたのだ。力の抜けてしまう右足を庇い、左足に体重をかけ支える。
一気にレンカの警戒心が高まった。追撃を警戒して身構えるが、10秒経ってもなんのアクションも無い。レンカは警戒をそのままに、傷の方へ意識を向けた。
出血が酷い。静脈まで達していたらしく、このままでは出血多量で戦闘に影響が出るだろう。
レンカは自分の傷の具合を確認すると、左手の黒いロンググローブを口で外し、それを咥えたまま砕けそうな程強く奥歯を噛み締めた。そして生身の綺麗な左手を傷の上に掲げると、右腕のように手が橙色に発光。右足に起こった現象が右手の中にも起こっているのか、今度は目に見える爆発を纏うのでは無く手首までの皮膚そのものが光って高温になっていた。
「――ッグ!」
レンカは左手を自分の傷に押し当てた。右腕のような喧しい爆発は起こらない代わりに、肌を焼く臭いと煙が上がる。
苦悶の声を漏らすレンカ。数秒の苦痛に耐えると、手の下にあった傷は無理矢理に接合されていた。荒っぽい治療だったが、止血は完了している。
「はぁ……やっつけにしては、上出来ね……」
レンカは再度、四肢に炎を纏った。
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