対峙(ⅲ)
穴の先は武器庫だったらしく、爆発で崩れた段ボールや木箱、計器や装置の備品、銃器の入っていたケースが爆発の衝撃で散乱している。
稍夜はそれらを横目に、武器庫を抜けて通路へと出た。
外は上の階層にもあった片壁一面が水槽の通路だ。ただ、上の階層とは違い中に生物の姿はいっさい見られない。
稍夜は緩やかに弧を描く通路を走り始めた。後ろからは、同じスピードで追従してくる気配がある。
「追いかけっこ? いいわねぇ、遊びましょうか!」
背後から鎖鎌が飛んできた。的確に狙ってくる鎌を避けながら、稍夜は全力で走り続ける。速度は落とさない。
「ハハハ! 楽しいわねぇ!」
稍夜のスピードに離されることなく、レンカは鎖を手元に引き寄せながら笑っていた。
彼女の鎖は何度も稍夜に巻きつこうと、まるで意志を持っているかのように器用な動きで迫ってくる。時には足元を掬おうとしたり、自由を奪おうと腕を狙ってきたりしてきた。
ナイフで鎌の軌道を逸らせながら、時折後ろを振り返ってレンカの情報収集を行う稍夜。
「警戒すべきは投擲の方じゃなくて、あの燃えている右腕。あの鎖鎌は拘束用? とにかくここでなら……」
「こんな通路なら、爆発は使ってこないとか思ってるのかしらぁ?」
嫌な気配がし、再度振り返る。今までの走りが嘘だったかのように、すぐ目の前まで跳躍してきていたレンカがいた。鎌の刃先が眼前に迫る。
瞳孔の開ききった紅く輝く瞳に見つめられ、稍夜は咄嗟に右手のナイフを強く握り鎌を受け止めて見せた。左手でスパインを支えなければ押し切られそうなほどの重たい一撃。足腰の筋が嫌な音を立てた。
「ッツゥ!」
「ほらほら! いつまでもシラフじゃ私の相手は務まらにゃいぞー!」
随分可愛らしい猫撫で声を発しながらも、レンカの眼は獣の様に獰猛だった。迫り合う二人、お互いの力は均衡している。
「ッく! ……どうやら、そのようです、ね!」
レンカに右足での蹴りを見舞う稍夜。だが簡単に、鎌を持たない橙色の右手でブーツを掴まれてしまった。両者が不安定な態勢になる。
「ッ!」
咄嗟に稍夜は一度両腕から力を抜き、受け流す要領で鎌をナイフの腹でスライドさせた。レンカに掴まれた右足のブーツが溶け始めた瞬間には空中で反転。左足で彼女の身体を蹴って、なんとか逃げ出すことに成功する。
身体を抱え込んでバク宙しながらレンカと十分な距離を取った。
「わぁーお! アクロバティックね!」
拍手するレンカ。一方の稍夜は、溶けてしまったブーツに目をやった。分厚い合成繊維にも関わらず、一瞬で溶け切ってしまっている。もう少し遅ければ、足ごと無くなっていただろう。
「ハァ……ハァ……あなた、ほどではありませんよ」
たった数度の攻防。それだけで稍夜は精神的にも肉体的にも疲弊しきっていた。目を輝かせているレンカは息一つ乱れていない。
「いやいや、『発現力』も使わずにその体術とは恐れ入るにゃー!」
レンカの鎖鎌が投擲される。これは殺し合い、息を整える暇など相手は与えてくれない。
稍夜は鎌を回避してみせるが、足使いが覚束ない。
「どうしたのかにゃ~? やっぱり本調子じゃないようね?」
レンカは鎌を引き戻し、鎖を短く持って振り回しながら殺意をぶつけてくる。
「……お気に、なさらず」
誤魔化すかのように、稍夜は精一杯に強がって見せた。
しかし現実問題、これ以上逃げても状況は不利になる一方だ。そう判断せざるを得ないほど、稍夜は自分の体の不調をわかっている。
だからこそ、狙うは一撃必殺。レンカが再び鎌を投擲した瞬間に予備動作など無く合板の通路を蹴りレンカの懐に飛び込んだ。
「にゃんとー!」
両者の間にあった差が一瞬で縮まった。驚愕するレンカが声を出した時には、稍夜のナイフが左斜め上から振り下ろされている。鎖を放ったばかりのレンカは防御に回せるだけの鎖を手元に戻すことも出来ていない。強度は落ちるが、残っていた鎖で強引に刃を受け止めるしかない。
「いいわね! アナタ、すっごくいい!」
明らかにキョウヘイと一戦交えた時よりも勢いがある稍夜に、レンカは笑みを浮かべた。稍夜の表情は、最初に出会った時のような死にかけではない。力強い意志が感じられる。
ナイフを受け止める鎖だったが、殺傷能力を重視している稍夜のナイフと張り合うだけの強度は無い。今ならば鎖ごとレンカの体を斬りつけるだろう。
稍夜はそもそも、レンカと近距離で力比べをする気はなかった。燃える危険な右腕は顕在。射程内には少しも居たくない。
「でも、なめないでよね!」
レンカはこの状況下で両足のロングブーツを器用に脱ぐと、左足を床から僅かに持ち上げた。
謎の行動に稍夜の顔が困惑し、判断が遅れる。
「アナタのその原動力。『生きよう』って意思を感じるわ」
稍夜とキョウヘイとの一方的だった戦いを、第三者の視点で見ていたレンカだからこそ気がついていたことがあった。普通なら誰も気にも留めないような些細なことだが、彼女の野生の感とも言えるものは察知していた。
「――アナタ、自分の『発現力』に耐えきれてなかったのに、キョウちゃんには躊躇いもなく使ったわよね。でも、今は、なーんで『発現力』を使わないのかしら?」
「ッ!!!」
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