八方塞がり
なんだか気まずくなったまま、お互い黙って歩き続ける悠と稍夜。しばらく薄暗い通路を進むと、前方に閉じた扉が見えてきた。二人が出会った所にあった扉と同じく、こちらも足首辺りまで浸水している。
水の力で凸な形に変形してしまった扉へと近づく。傍にある制御盤らしき機器は漏電して壊れているらしく操作は不可能だった。仮に開いたとしても、恐らく扉の向こう側は水で満たされていることだろう。
「これ、まずいな」
歩いてきた通路を振り返りながら、悠は気が付いた。
ここまでくるのに通路は一本道。そして、そう遠く無い通路の反対側の扉も歪んで水が漏れ始めていたのを思い出す。
つまり、出口がないのだ。
水を掻き分け進み、電子パネルと地図らしきものがある扉の傍へと向かう。機能していない制御盤は無視し、何箇所かの区画が赤いランプで示されている地図に目をやった。今いる場所は解らないが、どうやらランプの点灯している区画は水没していることを表しているらしい。
「この階層は私たちのいるこの区画以外水没しているみたい。『ゲート』のある最深部に行くにはあと二階層分は下らないと」
今までぐったりして悠に寄りかかっていた稍夜が、ひょこっと横から同じように地図を覗きこんできた。まだ呼吸は乱れているが、随分楽にはなっているようで顔色は本来の肌色を取り戻しつつある。
「もういいのか?」
「うん、だいぶ楽になったから。ありがとう」
そうは言うが、まだ稍夜は無理しているようにしか見えなかった。万全の状態になってから動きたかったがのんびりもしていられないのが現状だ。
「さて、どうやってその最深部とやらに行くか考えないとな」
「……手段ならあるわ。でも問題が」
「問題?」
稍夜は、この建造物で一番底の区画を指で叩きながら続ける。
「以前は幾つもあった『ゲート』だけど、『ガーデン』が現在使える『ゲート』はここにある一つのみ。それを守ってる私と同じような『発現者』の二人組がいる。出会ったら応戦しようだなんて考えなず、私に任せて悠くんは『ゲート』を使って先に離脱し――」
「イヤだからな」
稍夜の言葉に即座に反発した悠。稍夜も驚き目を丸くしている。
「――あ、いや。悪い。つい口が」
なぜ思いもしなかった言葉が出たのか、悠はわからなかった。だが、改めて自分がとんでもないところに来てしまったのだと実感する。
「最悪の場合は、悠くんの命を第一に動くからね。幸い、今は門番たちは私を追って最下層を離れているからその隙に『ゲート』にたどり着かないと」
地図の前にいた悠は、稍夜に場所を譲る。彼女は片手を壁に付きながら液晶を操作していく。迷いの無い素早い指の動きで、あっと言う間に何かの画面が表示された。
「緊急、排水?」
出だしの英文はそう名打たれていた。内容は数字やアルファベットが乱立しており、悠には何が何だかまったく見当もつかない。しかし、稍夜は次々に操作を完遂させては次々に他の画面を出していく。見た所、何かの配線図らしい。
「ゲートがあるのは、今いるこの第二障壁から更に下にある第一障壁の最深部。だけど……」
「この階層は冠水しているから動けない」
凸凹な扉をチラッと見る稍夜と悠。仮に扉を開けることが出来たとしても、地図を見る限りでは悠たちの居る第二階層は現在ほぼ冠水状態。装備もなしに素潜りで行ける距離ではない。
そこで稍夜がさらに呼び出した図面だった。
「水没した階層の排水を行うポンプが作動した形跡があるわ。だから、あと二時間もしない内に移動はできるようにはなるはず……でも、ここでそれを待ってはいられない。門番達も私の目的が『ゲート』だってことくらい百も承知のはずだから先回りされたら終わり」
どう? と稍夜が目線で意見を求めてくる。
「二時間も足止め食らうわけにはいかない、ってのは同意だな。俺たちが動けるってことは、当然向こうも動けるってことだ。そうなったら接敵は避けられないだろう」
彼女の考えを否定できるような情報を何一つ持っていない悠ができるのは、あくまで彼女の考えを補助してあげることだけ。
稍夜は自信を持って頷くと、しばらく考えてから短く頷いてキーボードを再び打ち出した。
「だから、設備点検用のダクトが使えないかなって。これなら第一階層まで現状最速でアクセスできるわ」
稍夜は、天井の配線が集中している正方形のハッチを指さした。画面にも、どこから引っ張ってきたのか、詳細な配線図が映っている。
「それなら門番も大人しく排水が終わるまで待っていないかもしれないんじゃないか?」
「その点は大丈夫かもしれないわ」
もっともな悠の疑問に、稍夜は別の画面を呼び出して指差した。水没を免れた数少ない空間、その中でも一番小さな場所だ。
「ここは施設の中央制御室なんだけど、今回みたいな異常事態に備えて別電源で管理されていたはず。排水ポンプの操作ができるのもここだけだから、二人がいるのもおそらくここ。完全に独立した空間になっているから純粋に水が或る程度引くまでは出られないはずだよ」
なるほどな、と悠は図面に目を配る。確かにネズミくらいしか通れないような換気口以外、ダクトや通路、その他もろもろの配線などはその部屋だけ何も通っていなかった。
「この壁、ここをブチ破ってくる可能性は?」
悠が部屋の外、空間の何もない壁になっている所を指した。見たところ、分厚いコンクリートかなにかで完全に仕切られている。
「無い、と考えたいかな。図面を見る限りだと壁の中に何が埋まっているかわからないもの。何より、ある程度の破壊の衝撃にも耐えられるような作りのはず。並大抵の発現力でもそう簡単にはいかないと思うけど……ごめんね、憶測ばかりで」
「いいや、俺は何一つ知らないことばかりだから助かる。なら先に『ゲート』まで行けそうだな」
少なくとも、排水がある程度終わるまで門番を閉じ込めておける、というわけである。
ならば後は行動するだけだ。
時間が惜しいので、悠は息の上がっている稍夜の脇の下に両手をいれ、抱き上げて見せた。
「えッ! ちょ、ゆ、悠くんッ! えッ?」
「ほら、持ち上げるからハッチを頼む」
顔を真っ赤にする稍夜だが、悠もできるだけ考えないようにして目線を反らしていた。
持ち上げられた稍夜が悠の肩に乗れば、何とか天井まで手が届くだろう。稍夜が小さな手を伸ばすとカギらしきものは着いていないのでハッチは楽々外れた。
「っしょっと」
ハッチの縁に手をかけ、逆上がりの要領で狭い穴に体を潜り込ませる稍夜。彼女の姿が消え、悠は一人通路でハッチを見上げていた。
「……なんか、嫌な予感がするが。かといって、止まってはいられねぇもんな」
画面に映った地図に再び目を向ける悠。稍夜の考えが間違っているとは思えない。だが拭えぬ不安が悠の胸を締め付ける。
「悠くん! なんとか通れそう。引き上げるね」
安全を確認してきた稍夜が、ハッチから顔を覗かせ右手を伸ばしてきた。稍夜に引っ張り上げられ、悠もダクトの中に滑り込む。
中は、確かに細身の悠がギリギリ歩けるくらいの広さが確保されていた。さっきの図面で確認済みとはいえ、悠の腕よりも太いケーブルや機械が顔の近くを剥き出しで通っている。唯一ある道にもケーブルが所狭しと這っているので、少しでも気を抜けば足をすくわれかねない。
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