program.3 存在証明 

記憶(ⅰ)

「――――そんな楽しそうな顔、久しぶりに見たぞ。何かいいことでもあったのか?」


 彼の表情が明るいことに気が付いたのだろう、隣で一緒に倉庫整理をしている悪友が茶化してくる。

「お前までそんなこと言うのかよ。別にいいことなんて……」

「お、何だぁ? 聞かせてみ? お前のことだ、どーせ彼女のことだろう?」

「――」

「え、マジで? お前らついに?」

「別にあいつと俺はそんな関係じゃないって何度も言ってんだろ」

 目を輝かせる悪友から顔を反らし、作業を再開する。

「かぁー! 文化祭イベントを経てもまだ一線超えられてないのかよ。お前ら揃いもそろってシャイよな。でもな、男女が一緒に帰ったり、休日に出かけたりするのを”付き合ってる”って言わないでなんて言う??」

「……」

 顔が赤くなっているのを誤魔化すように、手にはめた軍手で顔を拭うように隠した。

「向こうだって待ってるんじゃねえか?」

「うるせ! おい手止まってるぞ! 今日は早くノルマ終わらせて帰りたいんだ!」

 ニヤニヤする悪友の尻に蹴りを入れ、作業を再開する。

 壁掛け時計の時刻は午後8時。バイトが終わるまでは残り一時間だ。

 しかし、結局バイトが終わるまで悪友にいじられ続けた挙句、作業が遅れたせいでバイトを上がれたのは午後9時半を過ぎたところだった。

「え――お、お泊り?」

 バイトからの帰り道。つい口を滑らせ、これから彼女の住む施設にいくことを漏らしてしまった。

 別れ際、色々な感情が込められている複雑な表情をする悪友。

「勉強教えて貰うだけだって言ったろが。都合よく脳内変換するな……明日も学校なんだから適度に切り上げて帰るっつうの」

「あらまー。ルンルンしちまいやがって……明日は二人とも欠席したっていいんだぜ?」

 悟りきった悪友の溝内に拳を叩き込みながら別れた。


 駅前にあるバイト先から、彼女の住む施設まではそう距離はない。30分もかからないだろう。

 ズボンのポケットからスマホを取り出し、到着時間をメッセージで送る。

「ん? 珍しいな」

 いつもならすぐに付くはずの既読が今夜に限って付かなかった。風呂にでも入っているのだろうか、とその時は何も深く考えるようなことはなかった。

 彼女の住む施設は町の外れ、高校がある小高い丘とは正反対の住宅街にあった。

 一見すると四階建ての綺麗なマンションに見える『奏風学園』。ここはいわゆる養護施設だ。様々な理由で両親がいなかったり親元から引き離した子供たちが共同生活をしている。

 彼がここを訪れるのは今日が初めてではなかったが、夜に来たことはなかった。なのでいつもと違った気分で建物を見上げる。

 施設の敷地に入るには閉まっている門をインターホンで開けて貰わなくてはならない。それだというのに、夜分にも関わらず不用心にも門は開きっぱなしになっていた。

 敷地に入ることはできるが、一応来訪を伝える為にもインターホンのボタンを押す。

 しばらく待つが反応は一切帰ってこない。

「夜は施設の大人っていないんだっけ?」

 昼間であればボランティアや職員の大人たちがすぐ対応に出てくれる。しかし、何度インターホンを押しても反応は無かった。

「建物の電気全部消えてないか?」

 午後10時前。消灯時間にしてはまだ早い。

 スマホを取り出し、メッセージを確認するがまだ彼女からのレスポンスは無かった。

 何か、とても嫌な予感がしてしまい彼は門を通り施設へ向かった。物音ひとつしない静かな施設は、完全に闇へと溶け込んでいる。

 警備員が常駐しているはずの、玄関横にある守衛室も今は空っぽだ。

「……」

 足音一つですら爆音に聴こえてしまう静寂の中、玄関を潜った。

 途端に、世界が一変した。

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