『ガーデン』へ
《緊急事態! 『ラグナロク』が基地内に侵入! メインホールの非戦闘員は退避を! 天井が落ちてくるぞ!》
切羽詰まった放送が基地内に轟いた直後、断続的な地鳴りと揺れが三度あった。劣化した部屋の天井から土の破片がパラパラと降り注ぐ。
悠とエリカは素の表情で向かい合うこと数秒。彼が天井を指さしながら口火を切った
「なあ、乃瀬。ここって地下300メートルなんだよな。俺の聞き間違いか? 落ちてくるって」
「――は? 想定より早いんですけど!?」
真剣な表情をしていたエリカの表情が一転して驚愕に染まる。慌てた為か、足を絡ませながら壁に備え付けられている通信端末に飛びついた。
「ちょっと! 何事!? まだ10分も経ってないわよ!」
《あ、お嬢! それが、どうやらシオリさんが『ラグナロク』と戦い始めたらしく……ッ危ない!》
スピーカーからしていた声は、何かが崩れるような轟音と供に断絶。
「あーの戦闘狂が!」
今まで見たことないほどの悪態をつきながら荒れるエリカ。その間にも、断続的に続く揺れと地鳴りがどんどん大きくなっていく。
「……織笠くん、悪いけどガチで時間が無くなったわ」
「お、おい。乃瀬?」
エリカは壁から離れて悠の元まで来ると彼の腕を引き、部屋の中でも異質な装置の前までやってきた。
「今はまだいいけど、あの化物を相手に君を守りながら戦える余裕はないの。だから君を今から『ガーデン』に送るわ」
静かに駆動する装置の横にある操作盤の電子パネルを操作し始めるエリカ。
「いいこと、向こうに着いたら私たちの仲間を頼りなさい! 彼女に事情を話せば力を貸してくれる!」
「――は? あ、おい! いきなりすぎて心の準備ってもんが!」
今まで遠くでしていた揺れと地響きが止んだ。直後、二人の入ってきた鉄の戸が石造りの壁ごと吹き飛んだ。積まれていた石と供に一人の女性が部屋を横切り、本棚に直撃する。
「『ゲート』を開ける!」
エリカは吹き飛んだ入口から目を離すことなく電子パネルを操作し終えて叫んだ。
土煙が巻き起こる部屋。煙の先の状況は伺えないが、悠ですら感じられるほどの禍々しい殺気が近づいてくる。それが何者であるかは言うまでもない。
「っくそ! わかったよ!」
考えている時間などなかった。
「シオリ! 生きてるんなら手を貸しなさい!」
エリカの余裕のない言葉に答えるかの如く、覆いかぶさる本棚を吹き飛ばして現れたシオリが悠然と二人の元まで歩いてくる。
その容姿はまるで獣。頭に獣耳が生え、腕は金色の毛に覆われた獣の姿をしている。全身に傷を負ってはいるが致命傷でないのか彼女はケロッとしていた。
シオリは、変化した彼女の姿に唖然としている悠にウィンクをする余裕っぷりを見せる。
「どっか行ったと思ったら……何勝手なことしてくれてんの貴女」
「いやー、闘争本能には逆らえなかったというか。個人的な事情といいますか。てか、散々身勝手してきたエリカには言われたくないわね」
巻き上がった粉塵が落ち着き、部屋に入ってくる化物を捉える。路地裏でエリカに再起不能にさせられた時の傷などもうどこにも見当たらない。それどころか、あの時以上に感じるプレッシャーが増していた。
「アイツ、さっきのと同じヤツなのか? 明らかに路地裏の時よりもヤバそうな雰囲気なんだけど」
迫ってくる気配の変化を悠が感じ取れるほどだ。当然、隣の美女二人も察している。
「『ラグナロク』の厄介な所は不死であることと、戦えば戦うだけ学習して強くなっていくってこと。噂には聴いていたけど、こうして実際にやりあうと半端ないわね」
と言うシオリの全身にある傷が『ラグナロク』にも負けない速度で回復していった。
部屋に入ってきた『ラグナロク』は重たい足取りだ。シオリとの戦闘で負傷した傷によるものだろうが、それも数秒後には完治してしまう。
「シオリ……1分でいいわ。一人で抑えられる?」
「っは、余裕! でも早く加勢してよね、エリカ。長くはもたないわ、よ!」
シオリは人間離れした脚力で飛び出すと、まだ再生途中の『ラグナロク』へと先手を打つために飛翔した。獣と化物が再び激しくぶつかり合う。
その隙にエリカは悠の手を取り、装置の前に彼を立たせ右手を掲げながら口をゆっくりと開いた。
《――開門》
エリカの声は、やけにクリアに聴こえた。言の葉が頭に直接響いているかのようだ。
彼女の詠唱に答えるように、悠の背後、空いていた空間に薄緑の幾何学模様が浮かび上がった。それも一つではない。大小合わせて幾重もの円が連なって次々に現れていく。
「なん、だ――これ」
振り返った悠はその幻想的な光景に言葉を失った。模様が作り出す光は幾重にも重なりあい、そして一つの光になっていく。
《ガーデン管理者 ベアトリスク・フォン・ヴァルターによる要請。工程の省略――確認――完了》
その光の中心部分から外側にかけて、次第に装置の内側に引っ張られていく。薄緑の光は複雑に絡み合うと、やがて先の見えないトンネルのような物を作り出していった。
光の靄に腕を伸ばす悠。それだけで中に吸い込まれるような感覚にさせられる。
《織笠くん。申し訳ないけど、正確な座標指定をしている時間がなかったからあの子の傍に正確に送れる保証はない》
意識を集中させているからなのか、蒼い目を輝かせたエリカは手を掲げたまま一切動かない。
《それでも、どうかあの子を――『ゲート』開門》
「くっそ! ああもう! ままよ!」
迷っているような場合ではない。悠は光の穴へと勢いよく飛び込んだ。
直後、落下するような浮遊感が全身を襲ってくる。目の前は一面の白でどちらが上か下か判断ができない。昔に千鶴や瑩と一緒に行ったバンジージャンプを思い出す。
荒れ狂う光にもみくちゃにされながら、悠はどこまでも光の中を落ちていった。
「――く、そ!」
目が回り嘔吐感がこみ上げてくる。すると、突然眼前に光以外の何かが見えた気がした。咄嗟に悠は見えた何かに向かって飛び込んだ。すると、悠の全身を衝撃が襲った。呼吸もできない。
全身を強烈に打ちつけられた反動で、悠の意識は刈り取られてしまった。
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