獣姫
「自己診断システム終了――全機能、出力43%低下ヲ確認。右脚部再生ヲ最優先」
寝静まった奏風の街を裸足で疾走する少女がいた。黒いセーラー服はボロボロで、辛うじて残っているのは胸部とスカートくらいだ。
瑩の姿をした『ラグナロク』は、まだ完全に再生していない右足を若干引きずりながら目的地へ向かって最短ルートを突き進んだ。
「抹殺対象 : 織笠悠、ベアトリスク・フォン・ヴァルター。両名ノ現在地、地下300メートル」
彼女の口から出る肉声は機械音声のようで抑揚が無い。人の温かみを一切感じなかった。
繁華街を、終電の無くなった奏風駅前まで一直線に走ってきた。
駅前は真夜中でもまだ人の姿がある。一般人に見られても任務遂行に支障はなかっただろうが、『ラグナロク』は人目の付かないルートを再検索し月明りの届かない路地を走り抜けていく。余計なトラブルで時間をロスするより、遠回りしてでも人目に付かない道を行った方が効率的という判断だ。
移動に使う足の再生を優先した為、まだ完治しきっていない両腕は力なく垂らしスプリンターのような速度で走り続ける。程なくして、『ラグナロク』はある建物の前で足を止めた。地下にいる標的の直上に到達したのだ。
「魔素ヲ検知――脅威レベル――低」
目の前には一軒の喫茶店がある。喫茶店の明かりは落とされ、閉店していた。
『ラグナロク』は喫茶店の戸を右足で蹴破った。木製の戸は激しい音を立てながら破壊され――たかのように見えた。だが実際に変化はない。
「――」
数秒の思考の後、今度は直ったばかりの右拳で喫茶店の壁を殴りつける。――が、結果は同じだ。崩れた個所が瞬時に修復しているようにも見えた。
これ以上やっても無駄だと判断した『ラグナロク』は素足の右太腿を胸まで持ち上げ、全力で地面を踏み付けてみせた。人間離れした脚力から繰り出された踏みつけの一撃でアスファルトが粉々に砕け、地盤が沈下する。地面は大きくひび割れ、地揺れが起こった。それをもう一度、さらにもう一度。左右の足を交互に、同じ個所を連続で踏みつけ続けた。
当然、裸足の肉はアスファルトによりグシャグシャになっている。だが圧倒的な再生力で骨や肉が瞬時に修復されていった。地面を踏み付けては再生、踏み付けは再生。その繰り返しだ。
「……最低な再会になったわね、アキラ」
頭上からした声に、『ラグナロク』はアスファルトに叩きつけようとした足を急停止した。勢いよく顔を上げ、機械のように一定の速度で体を正す。
声のした方、喫茶店の屋根には人影があった。
「まさか、そうして掘り進めるつもりだったの?」
月を背景に、屋根に腰かける人影は足を振り子のようにブラブラしている。
人影はゆっくりと立ち上がる。
逆光で影になっていた顔に紅い光が二つ灯った。両手の爪が、肉食獣の爪が如く鋭利に伸びていく。月明かりを反射し光るそれはまるで鉤爪。
瞬間、『ラグナロク』は相手が何者であるかを理解した。
「『発現者』確認。照合――」
「……私のことなんて覚えてないわよね」
『ラグナロク』の手が動くよりも先に、屋根の人影は宙に飛び出し、視認できないほどの速度で『ラグナロク』の右腕を肩ごと抉り取った。
何が起こったのか認識できなかった『ラグナロク』は今立つ場所から飛び退き距離を取る。
対峙し、改めて自分の腕を抉った相手を補足する。
先ほどまで『ラグナロク』が立っていた場所にいるのは、身軽な恰好をした高身長の女性。小麦色の肌に、金髪のショートウルフヘアー。タンクトップに短パン、膝まである編み込みブーツという姿が刺激的だ。出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる肉体は健康的であり、プロポーションのよさが彼女の魅力を十二分に引き出していた。
だが人の形をしていても彼女、シオリは『人間』の姿をしていなかった。
「照合完了――排除対象、『獣姫』」
『獣姫』と呼ばれたシオリの頭には猫のような耳が生え、両の手首より先は鋭利な爪が伸びておりまるでライオンのようだ。
シオリは持っていた『ラグナロク』の右腕を放り捨てると、口元を歪ませた。
「ほら、再生するまで待っていてあげる。昔みたく楽しみましょうよ」
眼前の猛獣に警戒しながら『ラグナロク』は右腕を拾い上げる。腕は傷口に押し当てた個所から瞬時に再生していった。
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