ラグナロク(ⅱ)

 『ガーデン』

 この世界とは違う次元にあるというもう一つの世界。『ラグナロク』がやってきた世界。

 そこに、エリカは悠を送り出そうと言うのだ。

「ま、まてまて! あんな化物を送り込んでくるような場所だろ? 安全なわけ」

「ないわ。でも『灯台下暗し』ってね。ここにいるよりはマシよ」

 思わず椅子から立ち上がった悠は力なく座りなおす。

「『ガーデン』はもともと、時空間魔術に長けていた私の一族が『とある目的』で作り出した小さな創造世界だったわ。それがなんらかのイレギュラーを起こし、今では完全に暴走。私たちの住むこの世界を滅ぼそうとしているわ」

 エリカは机の上にある埃の被った顕微鏡を撫でながら、どこか遠くを見ているような目をしている。

「それって……かなりヤバイ状況なんじゃないのか?」

 エリカの言うことが本当ならば、これはもう今命を狙われている自分の問題だけでは済まない。不死身の化物が次元の壁を超えて攻め入ってくるのだ、地球規模の危機と言ってもいいだろう。

「今に始まった脅威じゃないのよ。10年前に起こった『屍送り』。君も知っているでしょう?」

「? ああ、もちろん。知らない奴なんていないだろ。小学校の歴史の授業でも習うくらいだぞ」

「それが、最初の攻撃だったわ」

「攻撃って、『ガーデン』からのか?」

 エリカの表情は変わらないが、太ももに置いている方の手はいつの間か強く握り拳を作っていた。

「……攻撃だなんて呼ぶには生易しすぎる。『ラグナロク』たちによる『魔族』の大量虐殺よ」

「虐、殺? いやでも、死体は一人も見つかっていないって」

 行方不明者は世界中で3万人以上。その一人でさえ遺体が見つかっていないからこそ現代史に残る未解決の謎となっているのだ。

「見つかるわけないわ。『ラグナロク』によって殺された人々は例外なく『ガーデン』に持ち去られたんだから」

 頭を鈍器で殴られたかのように、眩暈が悠を襲った。見れば、エリカも怒りを露にしていた。

「行方不明者、30752名。その内、103名は不運にも巻き込まれてしまった無関係な君たち『人間』。そして、残りの30649名は私たち『魔族』だった」

 3万人以上の人たちが殺されただけでなく、そのほとんどがエリカや聖士のような『魔族』だったという事実。いったい、このことを知っている『人間』が、この地球上にどれだけいるのだろうか。

「……待てよ。それじゃあ、親父は」

 エリカの言うことが本当ならば、現在も行方不明になっている悠の父親は殺されていたということだ。

「なんで、親父は……お前ら『魔族』は襲われたんだよ……」 

「『魔族』と言ってもね、私のように戦えるだけの力を持つ者はごく一握りなのよ。たいていの『魔族』は君たち『人間』と見た目も力もなんら変わらない。ただ特別な血統を持つ種ってだけ。『魔素』なんてものはこうして現代に残ってはいても科学技術に追いやられてしまった不要の奇跡に過ぎないわ。けれど、私たち『魔族』はこれまで何千年ものかけて培ってきたそんな血を絶やさずに生きてきた」

 エリカはまるで自分に言い聞かせるかのように力強く言い放つと、机から腰を上げた。

「そんな私たちの力の源である強大な神秘を秘める『魔素』を『ガーデン』は欲し、10年前にあれだけ大規模な攻撃をしかけてきたのよ。お陰で私たちの種は絶滅寸前。同時に多くの『魔術』が失われたわ……」

 異次元からの攻撃により、ひっそりと隠れて生きてきた『魔族』の大量虐殺。それが『屍送り』の真実だった。

「ふざけんな……んなことが」

 行方不明の捜索が打ち切られた時に父親の死を悠は覚悟していた。だから今更父親の死を突きつけられても動じることはなかった。ただ、彼の中には燃えるような怒りの感情が湧き上がる。

「そんな理不尽で親父は殺されたのかよ……」

 そこにどんな理由があったとしても、罪なき大切な人々は永遠に失われたのだ。とても許せるようなことではなかった。

「君は『ラグナロク』がどうやって作られるかわかる?」

 怒りを通りこして、逆に落ち着いていたエリカは悠の元に近づいてくる。

「『ガーデン』の奴らはね、私たち『魔族』の血、『魔素』を子供に投与するのよ。多くは『魔素』に耐えられずに絶命し『失敗作』となる。そんな最悪な成れの果こそが『ラグナロク』という化物」

 その瞬間だった。

 けたたましい警報の電子音が発報した。


《緊急事態! 『ラグナロク』が基地内に侵入! メインホールの非戦闘員は退避を! くるぞ!》


 直後、立っていられないほどの衝撃が二人の全身を襲った。

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