ラグナロク(ⅰ)

「織笠くん、私たちはこっちよ」

 基地内にただよう緊張感。それを横目に、エリカは少し離れた所で悠を手招きしていた。彼女の前には、地下へと続く階段が伸びている。

「乃瀬、ここは……一体どこなんだ?」

 喫茶店の通路を進んだ先に広がっていた広大な空間。それにしてはあまりにも広すぎる。まるで別の世界にきてしまったかのようだ。

「今私たちがいるのはさっきの喫茶店の地下300メートル。元々は私の先祖が使用していた古い工房を再利用してるのよ」

「さ、300!? いつのまにそんな地下深くまで移動して……」

「ここには基本聖士が喫茶店に作っている転移術でしか行き来できないから。しばらくは時間が稼げるわ」

 エリカは吹き抜けの一階から地下へと続く薄暗い階段を下りていく。

 悠も彼女たちの後を離されないように付いていった。階段は長い螺旋階段になっており、しばらく降りていくと上階の喧噪は無くなった。二人の足音だけが響き渡る。

 長かった階段が終わると、更に薄暗い通路へと行き着いた。一本道の石造りの通路はそれほど長くなく、終わりには鉄の扉が一つだけ。エリカはその扉の取っ手を掴む。扉はゆっくりと押し込まれていき、重々しい音を立てながら開いていった。

「織笠くん、突然こんなことに巻き込んでしまって申し訳なく思っているわ」

 静寂を破ったのは、先頭を行くエリカだった。振り返りもせず、彼女は淡々と言葉をかけてくる。

「本当は時間を掛けて君には説明してあげたかったけど、今は一刻の猶予も無い。だから、『ラグナロク』が攻め込んでくるまでの間に出来る限り状況の共有はしておくわね」

「説明はありがたい。いい加減、置いてけぼりで頭がパンクしそうだったからな」

 彼女に続き悠も部屋に入っていく。

 扉の先は埃っぽい広々とした場所だった。古典的で綺麗な上階とは打ってかわり、歴史を感じる古さがある。部屋の広さはバスケットコートほど。壁一面には本棚があり、今にも崩れそうな洋書がビッシリと詰まっていた。いくつもある長机の上には、まるでここだけ時間が置き忘れてきたかのようなタイプライターや用途不明な実験装置が置かれている。

「ここは?」

 そんな部屋の奥に、場違いな仰々しい機械が一つ。楕円形のフレームをもった古い装置はかなり大きく、悠よりも二回りは大きい。フレームの中心部分は人が一人通れるくらいの穴がぽっかりと空いており、向こう側が見えていた。

 そんな装置からは幾重ものケーブルが床や天井から延び、静かな駆動音を上げている。

「ここはこの施設の心臓部、全ての始まりの場所」

 悠は不気味な部屋の中を見回し、エリカは物の置かれていない長机に腰を預けた。

 さて――と一息ついてエリカが口を開いた。

「なぜ私が君をここに連れてきたか。それを最初に話しておくわ」

 神妙な面持ちのエリカと向かい合う形で、丸椅子に腰かける悠。

「さっきも言ったけど、私たちを狙う『ラグナロク』は不死で殺すことはできないわ」

「ああ、だから逃げるってさっき言ってたよな、でもいずれここにも奴は来るんだろ?」

 ええ、とエリカはため息を付いた。

「物理的に地中にあるから、奴が全快になればいずれ侵入してくるでしょうね。だからその前に、君を送り出すわ」

「送り出すって、どこに?」

 地下300メートルの秘密基地に逃げ込もうが、それすらも一時の時間稼ぎと言われるのだ。この地上のどこにこれ以上に安全な逃げ場があると言うのだろうか。

「『ガーデン』よ」

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