前線基地

「最前線へ、ようこそ」


 厭味ったらしく笑みを浮かべるエリカ。彼女に並ぶようにして悠が立つ場所は、とても喫茶店の中とは思えなかった。

 薄暗い巨大な吹き抜けの空間。まるで西洋の城のエントランスを彷彿とさせる。照明は宙に浮く蝋燭の明かりと天井で輝く星々。そして幻想的な空間には不釣り合いなPCモニターの明かりだけだ。

 広さだけで言えば今朝始業式を行った奏風高校の体育館より広いだだろう。二階、三階、四階と空間は多重構造になっており天井は見上げるほど高い。どういった原理なのか、天は夜空で輝く星で埋め尽くされている。まるで本物の空の下にいるかのようだ。

 空間の中央部分は大きな吹き抜けになっており、それぞれの階には何人もの人影が伺えた。

 今悠たち三人が居るのはその一階部分。何が表示されているのか理解できない巨大モニターや様々な計器、そして多くのPCが景観に反して一面に設置されていた。

 そんな中でも一番に目を引くのは、一階の中央部分に鎮座している巨大な地球儀だった。地球儀は一定の速度でゆっくりと回り続けている。しかし、よく見ると地球儀には違和感があった。日本列島は不格好だし、ユーラシア大陸やアメリカ大陸などは大きく形を変えているのだ。

 何より、南極大陸がゴッソリと無くなっていた。

 悠が吸い寄せられるように地球儀に見入っていると、

「来た、来た来た! 来た!」

 遠くから猛スピードで近づいてくる白衣の女性がいた。

「待ってたぞ! こんな早く次の機会が訪れるなんてな!」

 彼女は一直線に悠の元まで来ると、ノータイムで彼を抱きしめた。

「!?」

 強烈なハグに、悠の思考は停止。これまで感じたことのないふくよかな胸の感触が悠を襲う。

「シオリ、ちょっとは自重しなさい」

 固まる悠を助けるように、エリカが抱き着く女性の後頭部を平手で叩いた。パスン、というイイ音から数秒して、女性は名残惜しそうに悠から離れていく。

「――おっと、わりぃ。興奮して先走ったわ」

 目の前で火花が弾けていた悠の思考が戻ってくると、ようやく飛びついてきた女性の全容が見えてきた。

 シオリ、と呼ばれた金髪のウルフヘアーに褐色の肌を持つ二十代前半の美人。彼女は白衣の下がタンクトップと短パン、というあまりにもラフすぎて色々と目のやり場に困る恰好をしていた。

「君とは、初めましてになるな。ここで医者の真似事をさせてもらっているシオリだ。これからよろしく、織笠悠」

 シオリは未だに呆気に取られている悠の手を取ると、子供のようにブンブンと大きく腕を上下に振りながら握手をしてきた。

「えっと、よろしくお願いいたします?」

「……ちょっと。織笠くん、いつまで固まってんのよ」

「いや、いろいろ凄すぎて何からツッコんだらいいものかと――」

 目の前で落ち着きのない子犬のようにユラユラしている褐色美人もそうだが、喫茶店の奥にこんな場所があるのが未だに信じられなかった。

 悠が基地の中を見回していると、シオリの奇行に手を止めていた人々が、『なんだ、またシオリか……』と続々と作業を再開していく。そして数名が苦笑いを浮かべる聖士の元に駆け寄ってきた。

「アニキ、『ラグナロク』ですが間もなく基地直上に到達します。基地の周囲は障壁を展開していますから近隣に被害は無いでしょうがそれもいつまで保つか……」

 一度に多くの報告があちらこちらから飛び交った。聖士とエリカが来た途端、静かだった基地が活発化し動き始める。周囲の勢いに呼応するかのように、聖士の緩んでいた顔も引き締まっていく。

「厄災、『ラグナロク』といえど、ここまで来るにはもう少し時間がかかるだろう。その間に戦える者は備えておけ!」

 基地の中が、聖士の一声で慌ただしくなる。

 見惚れるほどの統率力を見せた聖士は、その後も次々とくる報告に対して的確な指示をしていった。その姿は流石組織のトップといったところだろう。

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