悪夢(ⅱ)

 ――夢を、見た。


 それが夢であると理解できたのは、見ている景色に覚えがなかったからだった。

 しかし、見覚えのない景色なのになぜか懐かしい気持ちにさせられる。

 夜空に昇る月は紅く、ここが異質な世界であることがすぐに理解できた。紅く染まる大地は満足に整備されておらず、凸凹の砂利道を歩き続ける。体の自由は効かず、己の意思に関係なく足は歩を進めていく。

 周囲はボロボロの建物が乱立する廃墟。何かしらの気配はあるのだが、姿は見えない。闇に潜むモノからの視線だけが肌に刺さっている感覚。

 一歩一歩、細心の注意を払いながら前進していた。

 しばらく進むと、廃墟の中心にある広場に到着した。周囲を見回すが、あるのは相変わらず瓦礫と化した建物だけ。

「――……本当に来てくれるとは思わなかった」

 闇の中からした声へ、反射的に腰のホルスターにある銃へ手を伸ばして抜く。銃口はまっすぐ声のした暗闇に向けられている。

「ヤヤ、お前なのか?」

 トリガーに指をかけたまま、声のした方へ意識を向けた。

 問いに、しばらく反応がなかった。だが、影の中の気配が近づいてくる。

「久しぶり」

 闇の中から、黒衣に身を包んだ黒髪の少女が出てくる。

 掻き上げられた前髪と、腰まである綺麗な髪。整った顔立ちと、大きな紅い目が光を放っている。短パンから伸びる太腿には、ナイフのホルスターが巻かれていた。

「お前……いったい今まで何処にいたんだ! 俺はあの時、殺されたとばかり……」

「……黙っていなくなったりして、ごめんね」

「生きてたんならなんだっていい。今ならまだ戻ってこられる」

 銃口をゆっくり下ろし、少女に向かって手を差し伸べた。

「ヤヤ。お前が裏切ったなんて何かの間違いなんだろ?」

 彼女の元へと少しずつ近づいていく。

 あと五歩。

 あと三歩。

 紅い月明りと闇との境界に立つ少女まであと少しのところまで来た時だった。

「ごめんね――今の私は、キミの知っている『私』じゃないの」

「……え」


 ――バリバリバリ


 視界が一瞬不自然に蠢いたと思ったと同時、稲妻のような爆音が頭の中に響いた。

 次の瞬間、さきほどまで目の前にいたはずの気配が消えていた。時間が切り取られたかのような違和感。

 だが気が付いた時にはもう手遅れだった。


 ――ドスッ


「――なん、で」

 殺意など皆無。反応すらできなかった不可避の一撃が胸を貫いていた。

 何が起こったのかを理解するよりも先に、体に衝撃があった。ワンテンポ遅れて左胸に激痛が走り、視界はブラックアウトして――

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