邂逅

「あらあら、朝っぱらから仲良いのね。君たち」


 と、まるで悠の心の隙を突くかのように、二人の元へ一人の生徒が近づいてきていた。

 声のする方を向くと、千鶴の色素の抜けた金髪などよりも綺麗な本物のブロンド髪を持つ女の子が立っていた。

 日本人離れした、西洋人形のように美しい精巧な顔。蒼い瞳はガラスのようで、白い肌は絹のよう。黒タイツを纏った細い足で二人の前に立っている。

「ウッス。乃瀬じゃねぇか。お前から声かけてくるなんて珍しいこともあるもんだな」

 思わず見惚れてしまっていた悠とは違い、千鶴は美人を前にしても身構えることもなく挨拶を交わしていた。

 思わず、悠はフレンドリーな千鶴と肩を組み耳打ちする。

『お、おい、お前いつの間にこんな美人とお知り合いになったんだ? 転校生か? 留学生?』

『……は? おいおい悠。お前何寝ぼけたこと言ってんだ? 去年も同じクラスだったろうが。学校来なさ過ぎて忘れちまったのか?』

『……え?』

 悠の頭が一瞬で真っ白になる。

 千鶴の言葉を理解できなかった。

『乃瀬だろ。乃瀬エリカ。てか、文化祭でお前ら一緒に客引きやってたじゃねぇか。クラス一の美男美女の宣伝効果で俺たちのクラスの出し物は学年トップになって……ってお前、本当に覚えてないのか?』

 完全にフリーズした悠の様子を不審に思ったのか、千鶴は首を傾げた。

『――』

 千鶴の言うように、確かに去年の文化祭で悠は客寄せの刑に処されていた。それは、彼も覚えている。

 しかし、この少女。『乃瀬エリカ』という存在には一切の覚えがなかった。

 

 そもそも、その時に悠の隣にいたのは――


「――いッ!」

 記憶を引き出しから引っ張り出そうとした矢先、悠は激しい頭痛に襲われた。痛みに遮られたからなのか、どうにも記憶に靄がかかってはっきりしない。

「――織笠くん、大丈夫? 顔色、悪いわよ?」

 悠の様子がおかしなことに一早く気が付いたのは乃瀬エリカだった。綺麗な顔が悠の顔を覗き込んでくる。

 少女の顔は、とても落ち着いていた。まるで悠の様子をじっくり観察でもしているかのようである。感情の読めない無表情。そして、蒼い瞳が仄かに光って見えた。

 瞬間、さらに頭痛が増した。

 痛みに顔を歪ませる悠。苦痛に耐えながら、去年の文化祭の映像が断片的にフラッシュバックする。


 ――宣伝用のプラカードを首から下げ、燕尾服を着させられ客引きを強要させられた。

“ただの喫茶店だっていうのに……こんな服着て……これって詐欺じゃないか?” 

 ――廊下を歩きながらそう言うと、隣のミニスカメイド服を着た少女が、

“ふふ、そうだね。でも集客学年一位のクラスには学校から打ち上げ資金がでるんだって。だから、一緒に頑張ろう! おー!”

 ――彼女はスカートを両手で押さえている。なかなかに際どい恰好。こんな姿で校内を歩きまわるなど恥ずかしいだろう。少女の頬は少し赤みがかっていた。

“なあ――。お前は俺と違ってこんなことやる理由はないんだぞ。――が人に嫌だって言えないのは知ってる。本気で嫌なら俺が言ってやろうか?”

“だ、大丈夫だから! 無理しなくていいって言われてるし。それに、こんなチャンスはもう一生無いと思うし……大丈夫。うん”

“まぁ確かに……こんな格好するなんて一生にあるどうかだな”

 ――高校の制服以上にピッチリした着なれない執事の様相。顔もスタイルもいい悠が着て廊下を歩くだけで外部の女性は誰もが振り返っていた。

“そうだけど、えっと、違くて……”

 ――もじもじしながら、少女はこちらを見てくる。

 ――キラキラした瞳と目が合った。

 ――濃い、綺麗な黒い瞳と。


「――あッ!」

 頭の痛みに、現実へと引き戻される。

 視界が激しく歪んだ。目の中で光が弾け、平衡感覚を失い立っていられない。

 体育館の中がざわついた。遠巻きに何事かと見てくる生徒たちの輪が出来上がっていった。

 悶え苦しむ悠の隣では、彼の体を支える千鶴が何かを叫んでいる。顔面蒼白な瑩が駆け寄ってくるのが、悠の朧げな視界の隅にも見えていた。

 脳が激しくシェイクされたように、視界が回転し激しい吐き気に襲われる。

 そして、悠は完全に意識を失い体育館の冷たい床に倒れ伏してしまったのだった。

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