天敵
華園瑩とはどんな人間か。
そう問われれば、彼女を知る者は十中八九同じような答えをするだろう。
女神、元気の源、学校に通う理由、人生、etc。
冗談みたいな答えばかりが帰ってくる。だが、これらはどれも本気の回答。
いつも元気で明るく、老若男女わけ隔てなく接する瑩はみんなのお姉さん的な存在なのだ。いるだけでその場を良い雰囲気にし、底抜けに明るい性格と元気に満ちた笑顔は人々に癒しを与える。愛に飢えた多くの男子ファンが存在しており非公式のファンクラブまであるとかないとか。
ただ、瑩は幼馴染の悠の世話を執拗に焼き、彼との距離も近い。『学校のアイドル』的存在が異性と仲良く登校しているのを見ていい顔をする者はいないだろう。だから奏風の男子の大抵は、こうして遠くから悠に怨念をぶつけてくるのが常だった。
校門を抜けると、すぐに大きな体育館が見えてきたあ。この高校は丘一つを占領しているだけあり、広大な敷地を持っている。この町のイベント事には何かと高校の施設が使われる程だ。
職員室や図書館、音楽室に保健室、食堂や多目的室など。多岐に渡る特別教室や部室がある別棟。それと向かい合う様にして一年~三年までのクラスがある本校舎が建っている。他にもトラック付きグラウンドに冷暖房完備の巨大な体育館。温水プールや国際会議でも開かれていそうな講堂。弓道場やテニスコート、野球のグラウンドなどなど。私立の大学とも遜色ないほどの充実した設備が揃っていた。
巨大な別棟と体育館の前を通り過ぎ、二人は本校舎の昇降口横へと向かった。行事のスケジュールや連絡事項などが映し出されている巨大な電光掲示板が設置されており、新しいクラス表がここに映し出されているのである。
悠のようにギリギリに登校してきた生徒以外、ほとんどが始業式のある体育館に向かっているのだろう。掲示板の前は閑散としていた。
掲示板を見ること自体は容易かったが、いかんせん全校生徒の数が多いので自分の名前を探すのさえ一苦労である。
「いい加減、この時代遅れなクラス発表止めろよな」
「えー、そう? 私は新学期って感じがして好きだけどねー。あ、私は二組だったよ、悠は?」
「――」
自分の名前は、思ったよりもすぐに見つかった。
クラスは瑩と同じ二年二組。クラスメイトの名前にざっと目を通したが、彼の少ない顔見知りは見事に別のクラスに散っている。正確には、知っている名前くらいは同じクラスにいた。だが、生憎顔すら思い出せない。話した覚えの無い者たちばかりだ。
「千鶴の奴は――三組か」
「おーいこら、無視するなー」
不意に、肩へ慣れ知った重みがのしかかってきた。瑩が飛び掛かって全体重を悠の背中に預けてきたのだ。程良い感触すべてが背に当たる。
「ばッ!」
慌てて瑩から離れようとする悠だったが、『なによ』と不服そうな目で背中の瑩に睨まれてしまう。
「お、お前な……少しは自分の持っている凶器を自覚してくれ?」
瑩は悠を異性の対象と見ていないのか、それとも弟のような存在なのか。こういった肉体的スキンシップが昔から今まで全くもって変わらない。
ただ言えることは、悠の状況が傍から見ればとんでもなく羨ましい光景であるということ。こんなことだから彼の名前が原園瑩ファンクラブのブラックリストに挙げられてしまうのである。
瑩から逃げようともがく悠。しかし、彼も思春期の男子。もちろん瑩からのスキンシップが嫌なわけではない。
だが、男の子というものは時に背に腹は代えられないのである。
「無視する悠が悪いんです~。てか、今日の悠はなんかいつもと違う……」
「は? いつもと同じだろ……ああもういい。疲れた」
背中から離れない瑩に負けを認め、悠は大人しくなった。
こう見えて頑固な彼女には何を言っても無駄なことを思い出す。何よりも、重たい体でこれ以上抗うのがしんどかった。
「んなことより、だ」
背中でまだ不服そうに頬を膨らませてジト目をしてくる瑩を意識から追い出し、掲示板へ目を向ける悠。
「今年の担任は――」
「……? どうしたの、悠。この世の終わりみたいな顔し――――ぁ」
停止した悠と同じように、掲示板を見上げた瑩も固まった。
友人が少ない、むしろ瑩を含めて二人くらいしかいないという現実を悠は受け止めている。だから今更無理して人付き合いをしようとは思っていないし、同級生はそもそも悠を避けている者が大半だ。
故に、彼はあまりクラスメイトとの関係を気にはしてはいなかった。付き合いなどどうせ一年、長くて後二年だ。一切絡みが無くても問題はないと思っていた。
だが、クラス担任の教師というものは彼の学校生活からは切り離せない存在である。
「やっぱ、帰る」
悠にとっては辛い現実が、目の前にあった。
【二年二組 担任 月村 鏡】
一年生の時に悠と瑩の担任だった女性教師の名がそこにはあった。彼女が今年も担任だったのを見た途端、悠は登校拒否を発動。
「ちょ、悠! もうここは学校の敷地内だって!」
踵を返した悠の首へと腕を絡めてくる瑩。背中に当たる立派な双峰が更に押し当てられるが、今はそれどころではない。
「うるせえ! 心機一転、新しい気持ちで来たってのに……これはあんまりだ! 陰謀を感じる!」
「そ、そりゃ、悠を受け持つとなったら月村先生くらいしかいないじゃない?」
「なんで千鶴の方じゃねんだよ! 今年もまた一年怯えて過ごせって!?」
周囲の目など憚らず騒いでいる二人の背後に、一人の女性が立ち止まった。
「おい織笠、華園。何を朝っぱらから暑っ苦しく騒いでいる。殺すぞ?」
貫く様な透き通る声には似つかわしくない過激な発言。暴れていた二人の身体がピタリと止まった。
ゆっくりと、声のした方へと振り返る悠と瑩。
いつの間に近づかれたのか、キッチリとしたスーツ姿の凛々しい女性が腕を組んで立っていた。
「お、おはよう、キョウせんせ」
「お、おはようございます。月村先生」
身長一七〇センチ、と女性にしては高身長。赤みがかった髪の毛を後頭部で一つに纏め、堅気には見えない鋭い剣幕がデフォルト装備。加え、教育者の癖に口が悪いオプション付きときた。
そんな、悠達が一年のころの担任であり今年も担任になった
名前を『鏡』と書いてそのまま『カガミ』と読むのだが、一部生徒の中には親しみと敬意を、また一部の生徒から畏怖を込めて“キョウ先生”と呼ばれている。
決して、凶悪の“凶”とか狂人の“狂”を“鏡”を掛けているわけではない。
――そう、決して。
「おはよう。まさかとは思うが織笠、退院して早々バックレるつもりだったのか? いい度胸だな。出席日数が足りないお前が進級できたのは誰のお陰だと思っている?」
悠の心臓が反射的に締め付けられる。今朝の悪夢と同等の痛みが心臓を襲った。綺麗な声が、なんともいえない迫力を有している。
「ま、まさか……キョウ先生には感謝してます。ただ、まだ死にたくないんで」
「せ、先生! 御心配には及びません! この大馬鹿だって学習する脳味噌くらい入っています! 私が責任もって連行していきますので! ご安心を!」
悠の暴言を掻き消す様に、瑩がド下手糞なフォローをかました。
「ふん――まあいい。クラスは確認したな? さっさと体育館に行け」
キリッとした目で睨まれ、数歩後退しながら首を縦に振る悠と瑩。月村女史は、教師でありながら相変わらず生徒に向ける目をしていなかった。
こうして、幼なじみの諌める横目と担任の戒めるような視線。そのダブルを受けて悠の逃亡は呆気なく失敗したのだった。
「ひえー。今朝の月村先生、なんだかご機嫌斜め?」
「散々迷惑かけた俺のことをまた見るんだ。目の上のたん瘤に、いい顔はしないだろ」
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