呉越同舟
ろくなみの
呉越同舟
【呉越同舟】という言葉を習った。
意味は、仲の悪い二人が、同じ場所、もしくは境遇にいること。
正直この言葉を知ったところで『だから何?』って話になる。だって、そんな境遇になったとき、その言葉を知っていたところで、何の解決にもならないからだ。
「寒い」
ふと感じたことが口から漏れる。
「黙って」
横にいる女の子はぴしゃりと言い放つ。そこから会話は弾まない。外では獣が唸るように吹雪が吹いている。少なくとも、小学校六年生に耐えられる環境じゃない。ズボンには溶けた雪が染み込み、氷の上に座っているみたいだ。雪山。広い洞窟。吹雪。テレビや漫画ならよくある光景だろう。そこに一緒にいる相手が、よりによってこいつとは。
いつの間にかスキーの板は雪に埋もれてほとんど見えなくなっている。お互い競争していたわけじゃない。ただ、こいつに追い抜かれたのが気に入らなくて、追い抜いたり追い越されたりしているうちに、いつの間にか見知らぬ洞窟にたどり着いていた。
「……」
「…………ちっ」
ちなみに今舌打ちをしたのがこいつこと、佐藤だ。お互いどちらかを責めるということはない。だが無言より、罵倒してくれた方がずっと楽だ。隣にあるトトロサイズの大岩のほうが、こいつよりマシな存在だ。
吹雪はさらに強くなり、沈黙はさらに際立つ。このままここにいたら何もしなくても凍りついてしまう。
「なあ、佐藤」
言葉をしぶしぶかける。
「なに」
「いつからそんなになったんだよ」
お互い、もともと仲が悪かったわけじゃない。家も近所でよく遊んでもいた。
「クラス変わってからずっとそんなのだよな」
現状とは何か関係ない話をして、なんとか空気を戻そうとしてはみた。
「別に、いいじゃん、もう」
佐藤は表情を変えることなく、不機嫌そうにそう言い放つ。俺の気遣いは微塵も受け取ってはもらえなかった。
これを機に、少しでも前のような関係に戻れたらいいとは思っていたけれど、そううまくもいかない。あきらめて立ち上がる。
「ちょっと、奥に何かあるか調べてくる。ついてきても、来なくてもいい」
端的にそう告げる。一応ホウレンソウは大切だろう。(相談はしてないけど)とにかく、俺はこの洞窟の奥に足を踏み入れることにした。
歩くにつれ、辺りの暗闇は増す。吹雪の音も次第に遠ざかる。ただ、微かに耳に届くものがあった。「スンッ」と。小さく息を吸い込む音だ。鼻をすすった音だと直感する。
「誰か、いるんですか?」
鼻をすする音がぴたりと止まる。吹雪の音はほとんど聞こえず、静寂に包まれる。
「あの、すいません」
もし、他に俺たちと同じ境遇の人がいれば、それは頼もしい限りだ。子供の力だけじゃどうしようもできない。希望のある返事を、期待していた。
「あなた、あなたなの?」
女の人の声が、静寂の中に響く。低く、胸の奥をえぐられるような気分だ。さっきまで震えていたというのに、汗がじっとりと背中ににじんだ。
この人、大丈夫か?
震える足を、一歩ずつ踏み出す。怖くないと心の中で唱えていても、奥歯はガチガチとなりっぱなしで、体がこの先に行くことを拒否していた。
「なにぼさっと突っ立ってるの」
得体のしれないものに会う前に、得体のしれている声に呼び止められた。
「うわぁっ!」
驚きのあまり腰を抜かす。尻が雪に埋まり、ボスっと間抜けな音が出た。
「なにびびってんのよ」
震える首を後ろに向ける。佐藤が冷たい目で僕を見下ろいていた。ニット帽とマフラーで顔の半分は隠れていて、表情は読み取りにくい。
「別に、びびってないし」
「腰抜かして、馬鹿じゃないの。そんなんだから遭難するのよ」
それはお互いさまだろ。
「早くいってよ。邪魔」
「言われなくてもわかってるよ」
というかついて来ているなら一声かけろよ。心の中でぼやきながらしぶしぶ腰を上げる。尻についた雪を簡単に叩き落とす。手袋にも雪が付いていたため、たいして取れなかった。
「お前は怖くないのかよ」
足が雪に音を立てて埋もれながら、ゆっくりと歩く。
「別に」
別に。その言葉を今日何回聞いただろう。ため息を吐きながら奥に目を向けた。
青白い光が微かに洞窟の天井を照らす。ほっと息をつく。それと同時に疑問が浮かぶ。
「なんで、光ってるんだ?」
「……ヒカリゴケ、とか?」
本好きの佐藤なだけある。こういうときは頼りになる。
「いや、それはないか。ヒカリゴケは湿気が強いとこにしか生えない」
「どっちだよ」
思ったよりいい加減だった。
「わかんないけど」
本日何度目かわからないため息を吐きながら、足を進める。確かに、この明るさは異常だ。植物とは思えないし、どちらかというと、夜のコンビニの照明のようだ。この光もそうだし、さっきの声も、おかしなところが多い。背中にじわりと汗がまたにじむ。
「なあ、佐藤」
「なに」
「もしさ、この先に何かいるとしたら」
歩きながら、話をしていた。歩く度にその光の正体に、近づいていた。俺たちの目の前には痩せ細った女性がうずくまっていた。背中は白く、髪は青く、雪の上に蛇が這っているみたいに、長い。全身から白い光を放ち、鼻をすんすんとすすっている。
「何かいるとしたら?」
佐藤は目の前の『女性』を、まるでその辺に落ちていた小石を見るような目をして言う。しかし、その背中は小刻みに震えていた。
「なんで震えてんの、佐藤」
「寒いからだけど」
お互いの足は止まっていた。ここにいる、『女性』の放つ光と雰囲気に、完全にのまれていた。
女性はうずくまりながら、こっちを見る。視線の鋭さに息が止まりそうだった。
「あなた、ねえ、あなたなの、ねえ、答えてよ、おねがい。さむいの、さむいの、さむいの、さむいの、さむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむいさむい」
洞窟中に女性の言葉が反響する。俺の、そして佐藤の体も凍り付かせる。氷点下の声に、体が締め付けられているみたいだ。
言葉を失っていると、女性の頭がゆっくりと動き出す。蛇のような髪はゆっくりと、動いた頭についていく。目と目があう。決してロマンチックなものではない。目の前の『女性』の瞳孔は開き、焦点もあっていない。
この『女性』が、人ではないという疑惑が、この時点で確信に変わった。
「あなたたち、誰」
凍り付いた言葉に圧倒され、返答をする余裕が失われる。先に口を開いたのは、佐藤だった。
「道に、迷ってしまったんです。佐藤っていいます。お姉さんは、どうしてこんなところにいるんですか?」
一体こいつの感性はどうなっているんだろう。まともな神経とは思えない。
「おい」
「あんたは黙ってて」
とにかく俺の意見は受け入れないらしい。あきらめて口を閉じる。
「……」
『女性』は唇を固く結び、俺、そして佐藤をその虚ろな瞳で凝視する。
「あんたたち、あの男を連れてきてくれるの?」
「あの、男?」
どの男だろう。俺の知り合いではなさそうだ。
「私はね、ここに結婚の約束をしていた男と、山登りをしにきていたの」
どうやら話してくれる気になったようだ。氷漬けにされたらどうしようかと思った。
「それでね、吹雪が強くなってここで休むことにしたの。でも、一向に雪はやまない。それで、彼はね、近くの様子を見てくるっていって、私を置いていったの。でも、返ってこなかった。そのまま私は、ずっと、ずっと、ここで待っているの。ねえ、あの人はいつ来るの? ねえ」
佐藤は表情を変えないまま、女性の話を聞いていた。女性が黙り込む。そのまま俺は佐藤の
次の言葉を待っていたが、何も出てこない。
「おい」
佐藤の目を見る。無表情ではあるが、何を考えているかなんとなくわかる。事情を聴いてみたはいいけれど、聞いたところで具体的な解決案が浮かばなくて、固まっている状態だ。見ろ、目の前の女性を。すごい期待しているぞ。瞳は虚ろな癖に、俺たちが解決してくれるって、ものすごく期待しているぞ。
「あの」
とにかく、間を持たせるために、何かを言わなければならなかった。話題は特に考えていない。それでも、人は追いつめられると、とんでもないことを口走ってしまうということが、はじめてわかった。
「俺たち、その男、探してきます」
「とんでもないこと言ってくれたわね」
洞窟の入り口に向かいながら佐藤がぼやく。
「仕方ないだろ。逆にあんな状況で、ハイさよならってほうが不自然だし」
そもそも佐藤があの雪女の話なんか聞かなければ、こんなことにはならなかっただろうに。
「このまますっと帰れたらよかったんだけどな」
その望みは叶わないことをお互い理解している。
「氷漬けにされたいの?」
『女性』こと『雪女』の要求は単純だった。日没までにその男を連れてこい。もしできなければ、氷漬けにするとのことだ。もちろん。逃げ出したりすれば、追いかけて氷漬けにするというおまけ付きだ。
「百年、だっけ? 佐藤」
「百年はそのままって言ってたね」
ある意味死ぬより恐ろしかった。百年も経てば、自分の居場所なんてどこにもないだろう。来た道を戻る足取りは、さっきより重たい。雪の抵抗が憂鬱さを助長する。
しかも男の特徴は何一つわからない。あの女性が雪女になってしまったことと同様に、男のほうも何かしら別の生き物に変わっているかもしれないけど。
「まず普通に人里に男だけが帰ってたら、無理だよな」
「それ言ったらおしまいじゃん」
佐藤が珍しく苦笑する。しばらく会話を続けているうちに、昔の状態に戻りつつあるのかもしれない。形はどうあれ、距離が縮まっているのは純粋にうれしかった。
「にしてもノーヒントか。砂漠に落した針のほうがまだ救いがあるな」
「砂漠に針落として探すってさ」
佐藤は低いトーンで、俺の出したたとえ話を掘り下げる。
「うん」
「まずそこまで必死になって探さなきゃならない針なら、まず砂漠に持って行かないし、落とさないように細心の注意をするべきでしょ」
「たとえ話を非難するなよ」
元も子もない。
「まあそれはいいとして。針よりかは大きいから、まだなんとかなると思いたい」
入り口に近づくにつれ、吹雪の音が次第に大きくなる。どうやらましにはなっていないようだ。白い明かりが洞窟を徐々に照らし出す。入り口についたようだ。
まず足を止めたのは佐藤だった。何かと思い佐藤の目を見る。無表情なのに変わりはないが、口を開けている。額に一筋の汗が光っている。まるで何かに驚いているようだ。
「おい、どうした」
「……なに、あれ」
佐藤が指をさす。そこには、俺と佐藤が最初にいたところの横に合った大岩が見えた。いや、それはもう大岩と称していいのかどうか、微妙なところだ。黒く、サッカーボールほどの大きさはあるだろうか。黒い輝きを帯びた一つの瞳が、岩の中心にはあった。それがただの模様でないことはすぐに理解できた。
ぱちり。一回、その『瞳』は瞬きをした。お互い一歩も動くことはできなかった。
大岩に、黒い大きな瞳があった。しかもその下をよく見ると、灰色の丸太のような足が胡坐を組んでいる。腕はないが、その二本の足は、より不気味さを助長していたし、なにより得体のしれないものに二回連続で出会ってしまった。
「会ったのか」
低い、地の底から絞り出してきたような声は、雪女とは比べ物にならないくらいの凄味があった。声を聞くだけで全身の鳥肌が立ち、いつの間にか足は震えていた。今にもしゃがみ込んでしまいそうだった。
「会ったんだな」
こちらの返事を待たずに、『岩』は言葉を続ける。俺はなんとか首を立てに振る。佐藤も同じように頷く。
「まさか、お前たちのような子供を巻き込んでしまうなんてな。こまったやつだ」
流暢に岩は続ける。次第に声の醸し出す凄味には慣れてしまい、なんとか呼吸を整えることができた。
「あの、あなたが、例の」
佐藤の言葉を待たずに、岩は続ける。
「ああ、察しのとおりだ。私は逃げようとしたところ、いつの間にかこんな姿になってしまっていた。どうにかここまで戻ってきたはいいが。あの女に会う勇気がない。私はこんなにも醜くなってしまった」
醜い。人の姿からなぜか岩から足が生えた妖怪になってしまっているのだ。それで会う勇気が持てるかといったら、正直難しいだろう。
「彼女は、ここの近くに来た人間すべてに、私を探すようにお願いしているようだ。しかし、どれも叶わず、氷漬けにされ、山奥に捨てられている。私はその様子を何度も見てきた。だから、わかるんだ」
今回は俺から言い出していたことだったが、言い出さなくても同じことになっていたってことか。佐藤の顔をちらりと見る。俺を責めたことを後悔していることを期待していたけれど、佐藤の表情は変わらない。
「まあ、つまりはそういうことだ。もう私にかまわないでくれ」
岩はそう言うと、顔を壁に向け、ただの岩とほとんど変わらないポーズをとった。いや、このままではまずい。どうにかこの岩にあの雪女と会ってもらわなくては。
「待ってください。俺たちこのままじゃ、あの女に氷漬けにされちゃいます。あなたにあってもらわないと、困るんです。どうか」
そこまで言うと佐藤が俺の前に腕を出し、言葉を制する。
「なんだよ」
「今まで何度もあったってことは。私たちと同じようなお願いをたくさん受けてきてるってこと。それで、うまくいってないの。つまり、この……人は雪女さんに会う気はないの。私たちが氷漬けにされようと」
……冷静に考えると、確かにそういうことにはなる。それなら単純な説得は意味ないってことか。
「察しがいいじゃないか。そこのお嬢ちゃん。そういうことだ。私はこんな醜い姿で会う気はさらさらない。どうにかしてこの姿をもとに戻したいところだが」
「あなたは、死んでいる」
佐藤がまた言葉を紡ぐ。
「そういうことだ。だから、望みなんてない。すまないが、君たちを助けることはできない。わかってくれ」
醜い姿を見られたくない。その気持ちはわかる。けれど、このまま会えないまま、お互いの気持ちがわからないまま、ここにとどまり続けるのって、いいことなんだろうか。まるで俺と佐藤じゃないか。棒立ちのまま考える。足の震えは大分収まっていた。
「醜いから、会いたくないんですか?」
岩にそう尋ねる。
「……ああ」
岩は少し間を置いて答えた。
「怖いから、じゃないんですか? 逃げ出した自分がどう責められるのか。そう考えたら、どんな姿でも会いたくないですよね」
岩は何も答えない。唯一感情を読み取ることができる目も、壁に向けられているから、何を考えているのかわからない。
すると、俺ではなく、佐藤が口を開いた。
「あと、あの人言ってましたよ?」
言っていた? 恨み言しか言わなかった気もするが。
「岩の妖怪って超素敵って」
立ち上がった岩の存在感は大きく、その足音は洞窟中に響いていた。
「大丈夫かよ、あんな嘘ついて」
佐藤に小声で告げる。岩は意気揚々と足を前に進める。止めても止まってくれそうにない。
「だって、私たちが解放されるには、とりあえずこの人連れていかなきゃいけないんでしょ? なら、乗せるしかないじゃない」
女って怖いな。そして単純に信じるこの岩も怖い。なんでこうも短期間にゲゲゲの鬼太郎並みに妖怪と出会うんだ。妖怪大戦争でも起きるのか。
「でも、たぶん大丈夫だと思う」
佐藤の声色が少しやわらかくなる。
「なにが?」
「本当に好きな人が来たら、たぶんどんな姿だったとしてもうれしいはず。雪女さんだって、元人間なんだし。心はまだあるはず」
佐藤にしては、随分とロマンチックなことを言うな。別にふざけているわけでもなさそうだ。
「確かにそうだな。仲が悪い二人が、そのまま話もせずに仲違いってのも、後味が悪い」
「……そうだね」
バツが悪そうに佐藤は同意する。俺と佐藤の今の関係は、果たして修復できるのだろうか。佐藤自身がそれを望んでいるかどうかは、甚だ疑問だが。それこそ、時間が必要なことなのかもしれない。今のこの岩男と雪女みたいに。
時間も経ったこの二人なら、きっと修復できるものがある。俺も佐藤も、そう信じていた。だから、雪女のいるところにたどり着いた際、そんなに大きな心配はしていなかった。
雪女の発言を聞くまでは。
「ぎゃあああああああ! 化け物おおおおお!」
雪女は洞窟中に響くような大声で、そう叫んだ。しばらく怖い話を聞いた幼稚園児のように泣き叫ぶ雪女。岩男は弁解する余裕もなく、呆然と立ち尽くす。
「いやいやいやいや、いや、こないで、きもちわるい!」
次の瞬間、雪女の手から、一筋の白い光が放たれた。それが例の氷漬けにする力だと、とっさに理解する。方向は岩男に向いているわけじゃない。佐藤だ。
慌てて俺は体を動かす。佐藤の前をかばうように、両手を広げる。胸に白い光が突き刺さる。一瞬の出来事だった。何も考える余裕はなかった。
光が胸に当たった瞬間、まず燃えるように胸が熱くなった。その熱は顔に、腕に、足に、全身に回り、声を出すにも口が動かない。次第にそれは全身を雪で覆われたかのよう冷気に変わる。考える間もなく意識は遠のく。視界は徐々に暗転していく。遠くから微かに声が聞こえた。
佐藤の声によく似ていた。
じんわりと暖かい。まるで夜更かしした次の日が休みで、昼過ぎまで寝ていた感覚に近い。まどろみの中、体を動かそうとする。どうにも鈍い。じゃりっと手の甲に岩肌の地面が擦れるような感触がした。背中も痛い。ここは、どこだ? 俺は、どうなったんだ?
体を起こす。薄暗い洞窟のようなところに、光が差し込んでいる。見覚えがある。雪がないけれど、あの雪山だ。
思い出してきた。俺は、あの雪女の力によって、氷漬けにされたんだ。それもたぶん、百年。佐藤はあれから無事だっただろうか。
「あ、起きた?」
予想外の声に体が飛び跳ねる。恐る恐る首を後ろに向ける。随分長いこと雨後犯していなかったからか、パキっと鈍い音がした。
「佐藤?」
「おはよ」
「なん、で」
「なんでだと思う?」
俺は考える。雪女の一撃から俺は佐藤を守った。そこから俺は百年の眠りについた。そして、目覚めると、佐藤がいた。
「……タイムマシン?」
「なわけないでしょうが」
ため息を吐き、俺の隣に腰かける佐藤。距離は百年前と違い、少しだけ近い。
「あのさ」
佐藤は口を開く。
「私があんたを嫌ってたのはね。あんた、男子と話していたとき、私と絡むのうっとうしいとか、きもいとか言ってなかった?」
……返答に詰まる。確かに言ったかもしれないけれど、別に本気でそんなことを思っていたわけじゃないんだけど。
「まあ、うん」
「なんかそこから腹立った」
「言ってくれたらよかったのに」
「言わなきゃわかんないの?」
「わかんねえよ、エスパーじゃないんだから」
わざとらしくため息を吐く佐藤。
「まあ、いいけど。百年経ったし、許してあげる」
「……ども」
仲直りに百年必要だったってのも変な話だが。
「で、なんでお前までいるんだよ。佐藤」
佐藤はこっちを見ず、洞窟の外の景色に目を向ける。
「生きていかなきゃね、なんとか」
「話を逸らすな」
「察してよ」
タイムマシンじゃないってことは、同じように佐藤も氷漬けにされたって、ことか?
「巻き添えか。せっかくがんばったのに」
佐藤はしばらく黙った後、俺のほうを見ずに口を開いた。
「あの二人さ。なんとか仲直りしたんだ。そして、二人とも成仏したの」
「……そうなんだ」
化け物呼ばわりしたのに。
「だから、私も仲直りしようと思っただけ」
その言葉で、ようやく理解した。顔が熱くなって、佐藤の顔が見えない。
佐藤は、俺と仲直りするため、自ら氷漬けになることを選んだ。自分の人生を、ほとんど投げ出す選択だ。
「これからどうしよっか」
佐藤が人ごとのようにぼやく。親も、友達ももういない別の世界に、俺たち二人は取り残された。絶望的な状況だ。それでも佐藤は、笑っていた。
「そうだな、とりあえず」
重い腰を上げる。体の動きは鈍いが、なんとか歩けそうだ。
「タイムマシンでも探しに行くか」
新しい世界に、二人だけ。それでも俺たちは、生きていく。
同じ船に気の合わない二人が乗ったところで、最後まで旅は続けなければならない。
そういうものかな、と思った。
「あったらいいね」
佐藤は笑った。
おわり
呉越同舟 ろくなみの @rokunami
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