つまりは召喚師の
ジョーが戦線から下がったクーリスの、割れてしまった鎧を取り外し、左胸の傷口に丸薬を握りつぶしてその粉をかけている。粉は傷口に触れると傷をふさぎ、出血を止める。
「完全に油断していた。まさか次元を切り裂くまでとは。エースの声がなければ、死んでいた」
クーリスが受けた傷は決して浅くはなかったが、心臓はかろうじて避けていた。
「なあ、中にいてさ、外のエースの声が聞こえたんだよな?」
「? ああ、そうだが?」
ジョーの何気ない疑問に答えるクーリス。
「だったらさ、音響兵器なら、あのバリアを無視して攻撃できるんじゃね?」
「うん?」
一時思案するクーリス。
「いや、それは無理だろう。中では、あの轟音がほとんど聞こえなかったからな」
《超科学》エースの搭乗するロボを見るクーリス。それが構える、音速の数倍を軽く超える弾を高速連射するガトリンクガンは、かなりうるさい。
「一定以上のエネルギーをもつ波動は遮断するようになっているのだろう。ダメージを与えられるほどの効果は期待できない」
「チッ」
舌打ちするジョーに、クーリスがエースとアインヘルの戦いをしめして言う。
「お前は参加しないのか?」
バリアの中では、銃を取り出した《剣士》が怒涛の連射をする。そのほとんどは盾にはじかれたが、二段ジャンプの要領で軌道を変化させた銃弾がアインヘルに着弾。だが、その鎧の表面をかすかに傷付けるだけで、たいしたダメージにならない。
直後、バリアが割られると同時に《剣士》が外に出ると、入れ替わりで《武闘仙》と《獣魔人》が入ってくる。
アインヘルは足下の魔法陣から、闇のオーラでできた使い魔を呼び出す。それはさほど強くはないが、魔法陣から次々と、とめどなく湧き出てくる。
ジョーはそれを見ながら言う。
「あんな大縄跳びみたいなことやってられっかよ。俺様はもっとスケールの大きい戦闘がやりたいんだよ」
いや、スケールは大きいだろ。単に狭いところでの精密な戦闘が苦手なのをごまかしてるだけだ。
その時、背後の方から、小さなうめき声が聞こえた。
「気が付いたか、キリ」
《探偵》が声をかけると、キリがハッと身を起こす。
辺りを見回し、疑問の表情。なにやら鼻に違和感。手で触ってみると、手が赤く染まる。慌ててハンカチを取り出して拭うが、本人は困惑の表情。
直後、その背景に稲妻のエフェクト! 先程の顛末を思い出したキリが、かたわらに立つ人物を見上げる。
その表情は、怒り。
立ち上がったキリが、《探偵》に迫る。
「なぐった! なんで!? ボクなにかした? 女の子の顔をなぐるなんて、なに考えてるの!」
言いながらキリは《探偵》のわき腹、お腹、背中を叩き、お尻に回し蹴り。だが、ダメージはほとんど無い。《探偵》はアインヘルに注意を向けていて、されるがままにしていた。だが、次に伸びてきた顔面へのパンチは手で払った。視界をさえぎられるのはマズい。
怒りおさまらぬキリは、背伸びをしながらさらに顔面を狙う。が、ことごとく簡単にあしらわれてしまった。
「もー! なんなのよ!」
「今かまってる余裕はないんだよ。いつ状況が変わって、どんな流れ弾が来るかもわからないんだから」
「知らないよそんなの! ボクばっかりのけ者にしてさ、その上なぐっといてほったらかしなんて」
キリは《探偵》が避けないのをいいことに、めったやたらに叩く。顔面だけは全てさえぎられてしまうが。
そんなじゃれあっている二人を見ていてもどうにもならないので、ジョーとクーリスは視線を死線の最前線へと戻す。
「ありゃりゃ、期待のお姫さまが目覚めちまったぜ? なかなか計画通りにはいかないもんだな」
「仕方がないな、では、貴様らを皆殺しにして洗脳と恐怖で傀儡にするさ。能力低下は否めないが、この際たいした問題ではない」
エースとアインヘルが激戦のなか軽口をとばしあう。
エース達はバリア越しに交代して、体力を温存しながら戦っている。アインヘルには自動修復機能もあり、長期戦となりそうだった。総合的には、エース達はアインヘルよりわずかに上回っているが、一瞬の油断で怪我でも負えばどうなるかはわからない。
「これほど手応えのある闘いは久しぶりだ。我が世界の暗殺者を撃退した時以来かな。やっとこの体も馴染んできた。そろそろ本気が出せそうだ」
アインヘルが言うと、その鎧の紋様が輝き、床や空中に新たな魔法陣が現れる。そこからは強力な力の奔流が感じられる。
エース達は考える。
正直、ここまでの能力があるとは思っていなかった。これ以上時間をかけてアインヘルをパワーアップさせてしまえば、今のままでは分が悪いか。
それでもまだ負けるとは思っていない。エース達も奥の手を出せば、十分に勝ち目はある。
だが、それを使えば、自分達を巻き込み、犠牲を出しかねない。
直接に破壊力の範囲に入ってしまうこともあるが、むしろこの狭い地下空間が問題だ。崩れてしまえば、全員が無事に脱出できるかどうか。
しかしここで一度引き、アインヘルを逃してしまえば、改めて討伐するためには相当時間がかかってしまうだろう。そうなればどんな被害がでるかわかったものではない。今ここで、倒してしまうしかない。
エース達は覚悟を決め、能力を解放する。
《精霊使い》が取り出したのは綺麗な小瓶。その中には虹色に輝くアメーバのようなものが浮かんでいた。
『混沌』
常識の当てはまらない、何が起こるかわからない。つまり、事実上防御ができない。
そんな事象そのものを象徴する、すでに精霊といっていいのかも不明な、そんな存在を閉じ込めたその小瓶を、《精霊使い》は強く握りしめた。
《超科学》はロボットのコックピットで、あるスイッチを操作した。それによって発信された情報は、約三万六千キロメートル上空に瞬時に伝わり、そこにあるモノを作動させた。
ロボットの頭上、この地下空洞の中空に、亜空間ゲートが開く。そこから巨大な円筒形のものが突き出してきた。
それはまさに、砲身だった。
『宇宙戦艦』
その艦載砲の一つが、このあまりに狭い地下空間に出現していた。
宇宙空間での戦闘用装甲を貫くための超高エネルギーが、その砲身の奥に集まっていた。
《魔法師》は、現状の魔法を維持しつつ、新たな魔法を組み上げる。
《魔法師》の周囲に浮かぶいくつもの魔力の塊が、周囲の魔力を次々と吸収し、その密度を高めていく。それはいつしか、とてつもないエネルギーを閉じ込め、魔力の塊の中心の一部が、この世界には無い存在に変化する。
『反物質』
それは、この世界のあらゆる物質と対消滅し、同時に莫大なエネルギーを放出する。その威力は、数グラムで、実戦に通用する核兵器に匹敵する。
今出来上がったのは一グラムにも満たない量だが、それでもこの地下空洞を吹き飛ばすには十分だ。それを包む魔力が槍のように細長く変形すると、アインヘルへと狙いを定めた。
《サイボーグ》の背中からいくつものフィンが広がり出て《剣士》や《武闘仙》《獣魔人》が構えを変え、《次元士》が多重計算によるプレッシャーで鼻血を垂らしたその時、アインヘルが声も高々と宣言した。
「面白い! 我もついに秘技の封印を解くべきときがきたようだな!」
アインヘルの足下に、強大な力を秘めた、輝く魔法陣が現れた。
そんな緊迫の瞬間と同じ頃、クーリスとジョーの背後では、キリと《探偵》の闘いも盛り上がりを迎えていた。
キリは自らの封印を少しずつ解いていくと、魔力中和が解除され、《付与魔術師》の強化術の影響で徐々にスピードやパワーが上がっていた。
それでも《探偵》はまだ片手であしらっていたが、アインヘルのこの状況に至ってさすがに余裕がなくなってきた。
「キリ、あとでいくらでも相手してやるから、今はやめろ」
キリは、むーとほっぺを膨らませて、トコトコと《探偵》から距離をとった。
そこでクルッと《探偵》へと振り返ると、フーっと息をととのえる。
直後、キリは自分に掛けられた封印をすべて解除した。
開放されたただならぬ気配に、思わず近くの三人が振り返った。
その時には、すでにキリは走り始めていた。
その前方、《探偵》との間のちょうど中間地点には、キリ渾身の召還陣が展開していた。
それは強大な力を秘めた、輝く魔法陣だった。
その上をキリが通るとき、その力を解放し、一瞬にして召還を完了した。
黒の鎧を。
通り過ぎざまにそれを装着し、《探偵》に迫る。
突然の展開についていけない《探偵》の膝裏にローキックを入れて膝をおらせ、手ごろな高さに降りてきたその顔面に、鎧の籠手に包まれた渾身の拳を叩き込む。
《探偵》は鼻血を吹きながら軽々と宙を舞い、コミカルなほど回転しながら床にワンバウンドすると、上下逆さで背中から柱にぶつかって止まった。そのまま床までずり落ちると、お尻を突き出した格好で止まった。
黒の鎧姿は、満足とばかりにガッツポーズをしている。
『なにぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!』
三つの声が重なって地下空洞に響く。
魔力供給が無くなって消えたバリアのあったところでは、濃密な闇色のオーラに数秒支えられていた剣と盾やその他の武具が遂に床に落ち、派手で甲高い音をたてていた。
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