決戦の行方

それはまるで詰め碁のように

 エースの初手は、《付与魔術師》エースの強化術と弱体化術だった。取り出した杖から上方に数メートル伸びた共振晶は、途中に葉を広げながら大きな一輪の結晶の花を咲かせた。その花の中心には大きな丸い共振晶が内側から輝いている。そこから放たれた波動が、味方全員にあらゆる強化を施す。さらに敵対するものに向けて強烈な弱体化が襲いかかる、それは低レベルの魔物であれば呼吸困難や心停止によってそのまま命を落とすほどのものだったが、肉体を持たない魔王には効果は薄いようだった。


 その直後に動いたのは《精霊使い》エース。取り出した一升瓶を地面で叩き割ると、強大な存在感が溢れ出した。《精霊使い》がそれを必死に制御すると、今いるこの地下空間が手狭に感じるほどの巨人が現れた。それは精霊でありながら半実体化するほどの存在であり、通常の自然現象としての精霊とは存在の在り方が違った。


 それは『破壊』という概念を司る精霊であった。あらゆる存在をただ破壊するだけの、しかしそれが故に強力無比な精霊。それが、巨大な拳を魔王めがけて振り下ろす。


 バリアが一枚、あっけなく割れた。が、そこまで。破壊精霊の力でも一度には一枚が限界。しかもそれは一瞬で張り直される。破壊精霊はかまわず反対の拳を振り下ろす。それで割れたバリアも、一瞬で張り直された。それでも交互に、次々と拳をふるう。回転が上がる。両拳の乱打が視認不可能なレベルへと達した時、遂に二枚目のバリアへと拳が到達。二枚目のバリアを破壊する。が、直後に一枚目が張られ、次の拳は三枚目へは届かなかった。

 しかしこれで、常に平均二枚のバリアを破壊し続けることができた。


 次は《超科学》エースの取り出した、戦車砲のように巨大なガトリンク式超電磁加速砲。しかし、それはあまりに大きく、生身の人間には扱うことは難しい。


「出て来い! AA零壱式『飛天蒼竜丸』!」


《超科学》の背後に、空間からにじみ出るように巨大なロボットが姿を現す。巨大とは言っても五階建ての建物程度で、乗り込み式ロボットの中では比較的小さい方かもしれないが。《超科学》はその胸の操縦席にジャンピングブーツで飛び乗ると、即座に起動。ロボは超電磁加速砲を掴んで腰だめに構える。

 超高電圧エネルギーのほとんどを冷却装置に使っているというエネルギー効率の悪いその電磁加速砲をガトリンク式に高速連射すると、どこからそのエネルギーが出てるのか疑問な破壊力が、アインヘルのバリアを間断なく撃ち抜き続ける。これによって、さらに平均三枚のバリアを破壊し続けることができた。


 その次に術が完成したのが、《魔法師》エースの魔法だ。それは、水晶翅王国の東の丘陵で魔物の群れに使った広範囲の分子分解の秘術、どころではなく、範囲こそごく限定的ではあるがその最上位の術である『存在分解』だ。

 それは文字通り存在そのものを消滅させてしまう、運命干渉型の究極魔法の一つではあるが、それを使ってもなお、瞬間的に張られるバリアを三枚継続的に消滅させることが限界だった。


 遠距離攻撃最後の一人は、少し離れたところで、手品師がやるように指をクネクネさせながら変なポーズで術をかけてる風な《次元士》エースだ。


 はたから見るとふざけているようなその行動は、空間操作系のバリアを、『次元設定の定理』を高速演算する事で打ち消しているのである。空間操作系のバリアは、それだけでほぼ全ての物理攻撃に対して無敵の防御力を持つため、同じ空間操作系の術でしか打ち消せないのだ。見た目はとっても地味だが、一番重要で替えのきかないポジションである。


 ここまででやっと九枚。瞬間的に張られる十枚のバリアのうちの九枚を瞬間的に破壊し続けることができた。


 残りの人数であと一枚。破壊するバリアが、空間操作系を除けばほぼランダムなため、残りの一枚の属性もランダムに近く、虹色に色を変えている。それだけならば問題はすぐに解決しそうだが、残りのエース達の表情に余裕は無い。


 この状況においてなお、闇色の魔力をまとったまま、アインヘルはいまだ微動だにしない。

 ここまでが準備段階。戦いはいまだ、始まってもいないのだ。


 《サイボーグ》エースのプラズマソードが最後の一枚を破壊すると、それが張り直される一瞬の隙に、無数の刀剣類が殺到した。

ジョーの錬金術だ。

 刀剣類が最後のバリアを突破した時、アインヘルが動いた。


 周囲の宝玉が各色の光線を放つと、電撃が、衝撃が、爆炎が、大半の刀剣を弾き飛ばした。が、残った数本がアインヘルへと向かう。

 アインヘルは、右手の剣を一振りしただけでその全てを叩き落とした。


 はじかれた武器は、氣へと戻った。

 次の瞬間、その氣が、バリアの中で爆発した。


 だが爆炎が晴れたそこには、無傷のアインヘルが立っていた。


 《武闘仙》エースの攻撃が張り直されたバリアにはじかれ、《獣魔人》エースの魔力撃がそのバリアを破壊すると、バリアの内側に二人の人物が現れた。《超能力者》エースとクーリスだ。二人がアインヘルの足下の魔法陣の中に降り立つと、湧き上がる魔力が二人を絡めとる。強化と弱体化の効果が侵蝕しあい、青白い魔力光が煌めく。


 クーリスがかまわずアインヘルに突進。爆斗震拳をまとった拳が、至近距離で炸裂する。

 衝撃波が魔力や宝玉を吹き飛ばすが、アインヘルは掲げた盾で防いだ。クーリスは手を止めず、連撃を繰り出す。アインヘルもそれを防ぎつつ、刃で反撃する。拳と刃が交差し、衝撃と剣閃が乱れ舞うが、互いに有効な一撃が決まらない。

 アインヘルが一歩下がり、剣を大きく振りかぶる。

 対するクーリスは、簡易シールドではじいてからのカウンター狙い。

 剣に力が宿り、刃が陽炎をまとう。

 振り下ろされた剣閃が背後の景色を歪ませる。


「っ! 避けろ! クーリス!」


 《次元士》が叫ぶ。

 クーリスが反応するが、間に合わない。

 アインヘルの剣が、空間を次元ごと切り裂く力を宿した刃が、位置事停止術の簡易シールドをまるでシャボン玉でも割るかのように易々と切り裂き、振り抜かれた。

 その軌道の途中には、クーリスの左胸があった。


「かっ! ぐふっ!」


 血を吐き、ひざが折れるが、倒れる前に踏ん張る。が、アインヘルの追撃をかわせない。

 アインヘルの凶刃がクーリスの首をとらえる寸前、エネルギー弾がアインヘルとクーリスに炸裂する。


 七色の宝玉を相手していた《超能力者》がばらまいたエネルギー弾だ。

 アインヘルは多少バランスを崩しただけだが、クーリスは吹き飛ばされ、ちょうどその時破られたバリアの外に転がり出た。


 それと同時に《超能力者》も外へ瞬間移動し、逆に《サイボーグ》と《剣士》エースが中に飛び込む。


 《超能力者》は飛んできたクーリスを受け止め、下がったところにいるジョーの近くまで運ぶ。

 バリアの中では《サイボーグ》が宝玉を引き受け、《剣士》がアインヘルと対峙する。

 短剣や手斧を投げつけつつ距離を詰め、槍を突き出す。が、全ての攻撃は盾と剣にはじかれ、槍の穂先は斬りとばされた。これでも強力な魔力の込められた魔槍の一つだったのだが。

 アインヘルの繰り出す剣戟をかわし、時にはじいて避ける。基本的に次元を断つ攻撃は、必殺の一撃の時にのみ使う。理由の一つは、普段からその力を発揮していると単純に危ないから。もう一つは、エネルギー消費が激しいからだ。

 必殺の一撃を見極めながら、《剣士》は果敢に攻め込む。切り下ろしを屈んでかわし、直後の横なぎをジャンプで越えて、アインヘルの頭上まで飛び上がった。

 そこに勝機を見いだすアインヘル。

 空中で身をかわせない《剣士》に、力の宿った刃が迫る。

 《剣士》は姿が隠れるほどの大きさのタワーシールドを取り出して防御。

 しかしアインヘルの刃は、空間ごとシールドを両断。だが、その後ろに《剣士》の姿は無い。

 《剣士》は二段ジャンプですでにアインヘルの背後へと着地していた。

 振り向きざまに、取り出した刀で斬りつける。

 が、それはアインヘルに読まれていた。

 袈裟懸けに振られる、次元を断つ力を宿した刃が、刀ごと《剣士》を切り裂かんとしていた。


 剣と刀が触れ合った瞬間、形容しがたい高音をたてて、両の刃がはじかれた。


「次元刀を持っているのが、自分だけだと思うなよ!」


 衝撃に体勢を崩すアインヘルに、《剣士》が追撃。

 とっさに盾で防ぐアインヘル。

 盾を破壊できれば厄介なバリアを消せる。むしろ好機と、《剣士》は盾に刀を叩きつける。


 攻撃は、高音とともにはじかれた。衝撃によって間合いが離れる。


「考えられる最高の攻撃力に対して、それ以下の防御力の物を創ると思ったのか?」


 アインヘルは、剣と盾を打ち合わせて挑発する。


「その最強の盾を貫く剣は作らなかったんだな」

「必要無い。攻撃手段は刃だけにあらず」


 《剣士》の軽口にはのらず、アインヘルは高速詠唱で足下の魔法陣から武器を召喚する。

 アインヘルのまとう闇のオーラが形をなし、四本の腕となって武器を掴む。


 それぞれが、槍、鎚、杖、銃を手にし、《剣士》へと構える。


「……マジかよ」


 《剣士》は呟き、そして不敵に笑った。


「面白くなってきやがった!」

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