魔王の計略
「ハッハッハッハッハッ! さすが主殿! ハーッハッハッハッハッ!」
アインヘルの哄笑が広間に響く。
ジョーは瞬間的に気を放ち、数十の剣を創り出す。
クーリスは数歩分下がり、アインヘルとキリの両方に対処できるよう、構えを変える。
キリは、エースを貫いた剣を、落とした。剣は甲高い音をたてて床に転がる。
「え? なん……で?」
アインヘルの笑い声に打ち消されそうなほど小さなキリの声。
キリは床に膝をつき、エースの体をゆする。
「エース? エース?」
ジョーもクーリスも、急展開に判断が追いつかない。攻撃を仕掛けるリスクを計りかねている。
「さすが! さすが主殿だ! 常に奴につきまとい、情報を集め、弱点を探り、油断させ、最終的にはその手にかけてしまうとは! 遂に! 遂に邪魔者は消えた! さあ主殿よ、今や主殿の側に居られるのは第一の下僕である我のみぞ!」
カツカツと踵を鳴らして、魔法円を踏みしめながらキリに近付くアインヘル。ただ、言葉とは裏腹に、その不機嫌な表情は未だ張り付いたままだ。
「この世界に主殿の居場所はただ一つ」
キリはゆっくりとアインヘルを見上げる。
アインヘルは、立てた人差し指をゆっくりと回しながら言った。
「天辺」
キリの肩がピクリと震える。
「さあ再び我と共に、世界をその手に治めようではないか!」
突如、アインヘルの胸から、剣の切っ先が飛び出る。
「それがお前の動機か」
背後からエースの声。
黄色のオーブが反応し雷撃を放つと、剣を手放して飛び退くエース。アインヘルは振り返りながら背中に刺さった剣を抜き取って捨てる。
「キサマ!」
アインヘルが左腕を振ると、オーブがエースへと殺到する。
そこへ割り込む影。何も無いようように見えたところから突如現れた別のエースだった。そのエースが無数の拳を繰り出すと、オーブが残らず弾き飛ばされる。
ほぼ同時に、アインヘルの伸ばした左腕が銃弾によって跳ね上げられる。千切れとぶ、とまではいかないが、骨が折れてしばらくは使い物にならないだろう。
「光学迷彩は、なにも宇宙人だけの特権じゃないんだぜ」
少し離れたところに現れたエースが、大口径のライフル銃を構えていた。
アインヘルの傷口からは、血ではなく闇色の霧のようなものが漏れ出ている。その怪我には構わず、アインヘルは右手を握ると、可視光線以外の方法で周辺を走査する。結果、目に見える者の他に、不可視の六人に囲まれていることがわかった。
そして、キリの向こう側に、最後の一人が居た。
アインヘルは、周囲からの攻撃に対してオーブを防御に専念させると、無事な右手でネックレスを引きちぎり、キリの向こうのエースに投げつけた。
ネックレスの緑色の宝石が砕け、その周囲の空間が歪む。その中に現れた弾丸が、空間の歪みが元に戻る反発力によって、音の数十倍の速度で撃ち出された。
弾丸は、不吉を感じたクーリスの簡易シールドによって跳ね返され、彼方の天井に大穴を穿った。
そのほんの一瞬の間に、防御にまわしたオーブは全て砕かれ、エース達のいくつもの必殺の攻撃がアインヘルをボロボロにしていた。
吹き飛ばされたアインヘルが柱の一つに叩きつけられた。
それでもアインヘルは、まだ倒れなかった。
「どうやら、血液の代わりに魔力を全身に巡らせることで、肉体を強化しているようだな」
これは多分、《魔法師》エースのセリフ。
「魔力を制御するための核があるはずだが」
「ここか?」
テレポートでアインヘルの目前に移動したエースが、貫手で顔面を狙う。
とっさにその手を握って止めるアインヘル。だが、その指の付け根が開いて外れると、四本の指が伸びてアインヘルの額に突き刺さった。
その際、額の赤い宝石を砕いていた。
《サイボーグ》エースはすぐに飛び退き、離れる。
「があああああぁぁぁぁ!」
叫ぶアインヘルの額の宝石から膨大な魔力が溢れ、散っていった。それも徐々におさまると、体を支える力も無くなったか、座り込むように腰を落とした。
「我が、我がこんなにいとも容易く?」
「『大災厄』にならなかった『災厄』級ってのは、そんなもんだ。所詮はキリの召喚獣止まりなんだよ」
戦闘に直接関わらなかったジョーが、なにやら偉そうに告げる。
「あ、あるじ……どの」
すでに虚ろな眼差しのアインヘルが、キリに手を伸ばす。今までずっと不機嫌だった表情が初めて動き、その口角が歪む。
「どうか、どうか我らの悲願を……かな……え……」
最後の魔力が放出され、アインヘルの体が床に倒れた。
銀髪を床に広げ、投げ捨てられた人形のように転がった体は、急激に劣化しているようだった。傷口から血液が全く出ていないため、まるで何年も放置された人形のようだ。
姿を消していたエース達が現れるが、油断はしない。少し離れていた《探偵》と、死んだふりをしていた《獣魔人》も起き上がり、アインヘルの前に集まる。
「終わったのか?」
いまだ構えを解かないままクーリスが声をかける。何が起こってもおかしくはない。
エースの一人が腰を落とし、アインヘルの状態を確かめる。
アインヘルは、完全に死んでいた。
十一人のエースは、一人へと重なった。戦闘態勢を解除した、ということだ。ひとまず状況は落ち着いたと判断したようだ。
だが、その表情はかたい。
振り返ったエースの前には、三人の人物。
ジョー。
クーリス。
そして、キリ、だ。
「とりあえず一段落、と言いたいところだけど、まだやっとかないとマズいことがある」
エースは、真っ直ぐにキリを見つめる。
鎧姿のキリは、その身をビクリと震わせる。
「大元が居なくなったとは言え、不安要素は排除しておきたい」
「エース? 何? やめてよ、ボクのせいじゃないよ?」
「キリ自身に自覚があるのか無いのか、操られているのかいないのか、実は本当の黒幕なのか、今となってはもう関係無い」
「なにを言ってるのか、ボクにはわからないよ」
身を縮め、ゆっくりと後ずさりするキリ。
そのキリの背後に回り、ジョーとクーリスがエースと合わせて三角形にキリを囲む。
エースが右手でポケットを探り、何かを取り出した。淡く光を放つリボンだ。
「これはクォンから貰ったもので、あらゆる魔術的効果を打ち消すことができるものだ。そしてそこに、俺達の力を合わせて、お前の能力を封印させてもらう」
鎧姿がピクリと反応する。
「なんで? なんでそんなことするの?」
「もっと早くこうしていれば良かったんだ。それで、ジョーかクーリス、メキサラでもいいかな、誰かに預けちゃえば、俺達の就職先ももっと簡単に見つかるはずだったんだ」
それを聞いた、キリの後退が止まる。
「やだ、なんで、やめてよ。ボクを……」
キリの体から魔力が放出される。外からは見えないが、鎧の中ではキリの力を抑えるための封印が次々と解除されていた。
「ボクを見捨てないで!」
魔力が解放され、影から溢れ出した文字が床に魔法陣を描く寸前、エースが、エース達が、一瞬で加速し、魔力に包まれた拳をキリに向かって突き出す。
が、すでにキリとエース達の間には、十のバリアが展開されていた。
構わずエース達はバリアを殴る。
反撃雷のバリアは《サイボーグ》が
反撃炎のバリアは《付与魔術師》が
反撃氷結のバリアは《精霊使い》が
命運固化のバリアは《超能力者》が
物理反射のバリアは《魔法師》が
魔法反射のバリアは《武闘仙》が
聖性防壁のバリアは《獣魔人》が
魔性防壁のバリアは《超科学》が
空間調律のバリアは《次元士》が
情報遮断のバリアは《剣士》が
打ち砕くと同時に、跳ね返された。
刹那の間に十のバリアが砕かれ、十人のエースが弾き飛ばされた。
そして最後の《探偵》の拳が。
光輝く真っ直ぐな拳が。
生身のキリの顔面にぶち込まれた。
キリは鼻血を吹きながら軽々と宙を舞い、コミカルなほど回転しながら床にワンバウンドすると、上下逆さで背中から柱にぶつかって止まった。そのまま床までずり落ちると、はしたない感じの格好で止ま……らず。横向きに倒れた。気を失っている。
ジョーとクーリスは、驚きに固まってしまっていた。
いくら《探偵》のパンチとはいえ、基本的な肉体強化はされている。が、同じくキリも普段から基本の強化はしているため、見た目の派手さほどのダメージは無いはずだ。
「いまさらだけど、前からちょっと怪しいとは思ってたんだよね」
《探偵》が殴った手をぶらぶらさせながら言う。
「アインヘルを最初に召喚したとき、『守れ』って命令を受けながらそんなに簡単に召喚主から離れられるものかなと。実際会って確認できたけど、アインヘルのメインの戦闘能力は召喚術じゃなくて、魔具、つまりマジックアイテムを使った身体、環境の強化だ」
《探偵》はキリに向きながらも、どこか遠くへと向かって喋っているようだ。
「それはそれとして、アインヘルの本来の目的は世界征服だった。そのために結局なにがやりたかったのかといえば、キリを孤立させて味方に引き入れることのようだった」
ジョーとクーリスは身構える。エース達のいる方へと向かって。
「最初から直接俺達を殺して、物理的に一人にしようとはしなかった。それだとキリが唯一信頼している人間の仇であるアインヘルには、力を貸してくれないかも知れない。だからまずは、まわりの状況から追い込んだ。俺達の社会的立場を危うくし、内部に裏切り者を疑わせた。その疑念を徐々に強めさせ、最終的には俺達にキリを拒絶させるように仕向けた」
エース達の後ろの人影は、静かにたたずんでいた。
「つまりは、そこの女が証言を残してやられるところまで計画通りだったわけだ。俺達に見捨てられたキリは心を壊し、そこに付け入る隙が生まれる。再び『大災厄』となったキリを操り、今度こそ、世界を手中におさめる」
エースが振り向く。少し離れたところに立つ人影を真っ直ぐに見つめた。
「それがお前の計画だ。だろ?」
そこに立つのは鎧姿。ついさっきまでキリが装備していた、し続けていた、あの鎧だ。鎧の隙間から魔力が漏れだしている。内部に満ちた魔力で、鎧を操っているようだ。
「能力のほとんどをすでに移してあるなら、そっちこそが本体と言っていいのかな、アインヘルさん」
つまり、付与魔術師であるアインヘルが次の体として用意していた鎧を、キリはずっと装備し続けていたのだ。ある意味、常にアインヘル本人が守り続けていたともいえる。本人同士であれば、他人に感知されない通信手段があってもおかしくはないだろう。
「なぜ気付いた? 直前までバレていない自信があったんだがな」
鎧の中から、男性とも女性とも区別のつかない声が、内側に響いてくぐもった音で聞こえてくる。
「いまだに《探偵》の俺が弱点だって信じてるとこだな。アレ、嘘だから」
「……なるほどな。それは我のミスだ。次からは気をつけよう」
「次があるなんて思うなよ。お前とはここでケリをつける」
「主殿の能力が封印されてしまった今、別の手段を探さなければならないからな。ここはお暇するよ。この鎧は我が召喚して取り寄せたモノだ。主殿……元主殿の召喚契約という、迷惑なしがらみも無くなったわけだしな」
「あぁ、キリの能力を封印するってアレな」
エースは光るリボンをひらひらさせ、それを手放した。
「アレも嘘だ」
「……」
「これは結構賭けだった。全ての魔力的効果が解除され、そのうえ能力を封じられたら、アイテムに魂を宿らせることで転生を繰り返しているアインヘルにとって、それは死と同じだ。絶対に当たってはいけないと思わせたうえで、簡単に避けられても困るし、逆に直撃しても意味がないからな。キリと一緒だと避けきれないけど、鎧だけなら避けられる。そんな絶妙なタイミング、俺だからこそ出来た必殺……必勝パンチだな」
エースはイジワルな顔をして、鎧を見つめた。
その周囲で、他のエース達がバリア破壊の衝撃で受けたダメージから回復し、徐々に起き上がってきた。アインヘルを逃さぬよう、左右に広がる。
「ははっ、はっはっは、はーっはっはっ!」
アインヘルが笑い声をあげるが、その体からあふれるオーラは、明らかに怒りのそれだった。
「まさか、世界を救った《勇者》が、こんなコスい嘘を吐くとは思わなかった。こんなはったりを見抜けないとは、我もそうとう余裕が無かったようだ」
アインヘルはおろしていた剣と盾を構える。
「そうとなれば仕方がない。今なら間に合うだろう。元主殿が目を覚ます前に貴様等を殺し、我こそが唯一の理解者だと改めて刷り込んでやろう」
「おやおや、三年前には完敗していることを忘れているのかな? 《大災厄》でもないただの召喚魔王さん。誰も、本当に浄化と封印が出来ないなんて言ってないぜ。次は本気で当ててやるよ」
「それこそ嘘だな。貴様が自分で言ったではないか。それが出来るなら元主殿の能力をもっと早い段階で封印してしまえば良かったのだ。いまだに元主殿自身が自ら力をセーブしている時点で、貴様にその能力は無い。我が元主殿にトドメもさせない甘い甘い《勇者》程度に、我の全力を思い知らせてやるわ」
アインヘルの足下に魔法陣が広がると、溢れ出した魔力が鎧姿を包み込む。いまだキリのサイズだった鎧が、魔力を吸収して膨らむ。身の丈は二メートルを超え、鎧の装飾が増える。装飾こそがマジックアイテムとしての強化の結果なら、細かく複雑なものほど強力な効果があるのだろう。材質も変化しているのか、光沢や質感が重厚なものに変わる。
今までの、どこかの中ボスかな? という曖昧な雰囲気から、一目でラスボスを確信させる圧倒的な存在感と威圧感。
これまでキリが装着していた鎧は、まだ意思というもののない、ただ周りの状況に対して反応していただけの人工知能モドキだった。
だが今は違う。
アインヘルの意思が乗り移り、その本体として、完全なる能力を発揮できるのだ。
これが、異世界の魔王の本当の力。
さらに、女性アインヘルが使っていた七つのオーブからその核にあたる握り拳大の宝玉が浮かびあがると、鎧姿の周囲に漂い、さらなる輝きをもってその能力を主張した。
床の魔法陣はいまだ消えず、七つの宝玉が牽制し、十のバリアに守られた魔王との最終決戦がついに始まった。
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