抜け出せぬ罠

 その映像に向かって、メキサラが話しかける。


「エースちゃん、なんか用事はない?」


 エース達が本から顔を上げて答える。


『無いよ。快適』


 三人の声が重なる。


「こっちにはクーリスが来たよ」


 メキサラがクーリスに、何か話せとジェスチャーする。


「エース、大丈夫なのか?」

『え? 何が?』

「ほら、暗殺者とか、容疑を晴らすとか」

『その辺はメキサラに任せてるから。あ、もしかして何かあった?』


 それにはメキサラが答える。


「詳しいのはまたあとで話すわ。なんか欲しいものがあったら呼んで」

『わかったよ』


 そこでメキサラは通話を切った。映像ではエース達が本の続きを読み始めた。


「まさか、本人達には何も知らせて無いのか?」

「うん。それも作戦のうちじゃけぇ。身代わりの存在すら知らんよ」


 情報を制限したら裏切り者がわかるかと思ってな。そう言ってメキサラは新しいミカンに手を伸ばす。

 クーリスとジョーがやっていたことと似ている。それをもっと大胆にやっていたようだ。


「とかゆうても、初日からエースちゃん(偽)が殺された時点で、エースちゃん(真)の無実は証明されたようなもんじゃけどな」

「確かに、少なくとも実際に殺された《次元士》と《精霊使い》は裏切り者では無いとしても、《付与魔術師》はどうだ? 命を狙われても返り討ちにしてしまったわけだし、最初からそういう演出だったとすれば、まんまと容疑から外れることが出来る」

「あー、ないない」


 メキサラはクーリスを見もしないで、剥いたミカンから白い筋を丁寧にとっている。


「だってあの犯人、エースちゃんの見分けついて無かったもん」


 見分けがついていなかった? つまりそれは。


「あの三人は、最初から全員殺すつもりじゃったんじゃろ」

「なら、あの三人以外のエースが裏切り者なのでは?」

「アインヘル討伐班は、本気で全滅しかけたけー、さすがにその中にはおらんじゃろ」

「あの五人に連絡がとれたのか!?」

「クォンちゃんがこっちに来たよ。エースちゃんらがいたオンドリヤ渓谷の隣のえんどう山がまるまる消滅したけど、間一髪で助かったって。これで少なくても、あっちのエースちゃん五人とクォンちゃんは無実じゃね」


 アインヘルが、狙いを外したのか? 幸運も、実力のうちか。


「ではなぜそれをこちらに連絡しなかった?」

「裏切り者、ひいてはアインヘルにも、生きとることを知らせたく無かったけぇよ」


 それはそうだなと、クーリスは納得した。自分の発言の途中でうすうす気付いてもいたし。


「では、ジョーの城にいる《獣魔人》エースは?」

「この三人以上に蚊帳の外なのに、状況もわからんまま他のエースを殺せなんて指示を出すと思う?」


 確かに、《獣魔人》エースが裏切り者だとしたら、今までの慎重さを台無しにする無謀な指示だ。


「ならば《超能力者》と《探偵》エースは!」

「片方はそこにおるよ」

「よっ」

「おわ! エ、エース!? いつの間に?」


 突然の出来事にさすがに驚くクーリス。

 だがまさか、ここにエースがいるということは。


「バートツがエースだったのか?」

「そうよ。エース(偽)のフォローのために、《探偵》ちゃんと《超能力者》ちゃんは、変装して作戦に加わってもらっとったんよ」


 喋れないほど口にミカンを詰め込んだ《探偵》エースが、うんうんと頷く。


「《探偵》ちゃんは執事役、《超能力者》ちゃんはエースちゃん(偽)のうちの一人の付き人役で、犯人が現れたらすぐに対処できるようにしとったんよ」

「ではその二人は作戦を知っていたのだな。ならばそのうちの一人、もしくは両方が裏切り者ではないのか?」

「そもそもワシに相談に来た時点で、無実みたいなもんじゃと思うけど。聡明で豪傑で美少女のワシを利用しようとして、逆に正体を暴かれたら元も子もないし」

「だからこそ、メキサラのお墨付きがあれば今後もっと動きやすくなる。それだけの賭けにでる価値があるとみたのなら」

「じゃとしても。最初の信用は仮定じゃったとしても、結局さっきの話に戻るんよ。犯人は、エースちゃんの見分けがついてなかった。つまり、発見した三人の中に、犯人の仲間である裏切り者が一緒にいるかもしれない状態で、あんなに大胆に殺しはせんじゃろ。つまりアインヘルにとって、エースちゃんは全員殺すべきターゲットじゃったってことじゃな」


 クーリスは一瞬言葉をなくす。升目を数字で埋めるパズルのような解決方法だが、確かにそこに挟めそうな異論は無い。


「あと、美少女のくだりくらいは突っ込んでよ。自分で言っといてそのままスルーされたら恥ずかしいわ」

「? 別に事実なら否定することも無いと思うが?」

「あー、そーじゃったー」


 メキサラは両腕を上げて、そのまま後ろに倒れ、畳に寝転がった姿勢になった。


「クーリスちゃんは天然のたらしじゃったんじゃ。久しぶりで忘れとった」

「?」


 頭上にハテナマークを浮かべるクーリス。


「では今後の課題は、残りの犯人の行方とアインヘルの最終的な目的を探ることか」

「それなんじゃけどな」


 メキサラは起き上がり、コタツの上の城をいろいろ操作する。すると、城が半透明になり、その中に様々な色の点がうごめいていた。


「これがこの城の中にいる人を種類別に表しとる点な。それで、この紫色のがジョー」


 メキサラが指差した所にある紫色の点が別のウィンドウに移り、映像が映る。

 ジョーが不機嫌そうな顔で城の中をうろうろしていた。時々立ち止まっては、壁を叩いたり屋根裏を覗いたりしている。まだ隠し通路を探しているのだろうか。


「で、こっちが」


 メキサラが次に赤い点を示す。


「もう一人の犯人」

「は、犯人!?」


 赤い点が別ウィンドウに移ると、映像には警備員が映し出された。


「こ、こいつが犯人なのか?」

「そうよ。この国に入ってきた時からずっと見張っとるけぇ、間違いない」

「では先の一人目の犯人も?」

「うん。ずっと監視しとったよ」


 クーリスは少し呆然としてしまった。


「では、私達は最初からメキサラの掌の上?」

「いや? 基本的には見とるだけじゃったよ。エースちゃんの(偽)にも(真)にもなんの連絡もしとらんし、唯一バートツに連絡したのも、城の中の道案内くらい。なんせ、ワシはもう死んどるけーね」


 そこにエースが割って入る。


「あ、一つだけ予定外だったのは、《探偵》である俺が、俺達の中の弱点だったって偽情報のくだり。あれはたまたまここに待機してるときに聞いちゃったんだよね。もう意味ないと思うし、みんなにバラしてもいいよね?」


 クーリスが額を押さえる。


「ならば、裏切り者が誰なのかもわかったのか?」

「それなんじゃけどな、いまいちこれって人がおらんのよ。少なくとも、いまいる犯人以外に侵入者はおらんし、不審な電波やその類のものでの通信も傍受出来とらん。なんらかの方法でアインヘルと連絡を取り合っとるのは間違いないんじゃけど、こればっかりは可能性が無限にありすぎてわからんわ。……でも」


 メキサラはミカンを弄りながら言う。


「一番怪しいのは、やっぱりキリちゃんかな」

「そうか……」


 それだけ言うと、クーリスは黙ってしまった。

 しばらく、エースがミカンを頬張る音だけが響く。


「そろそろ戻るよ。このあとの予定は?」


 メキサラは部屋の時計を見上げる。


「もう一時間くらいたったかな。あとちょっとしたら、一回集まって夕食がてら情報交換をしてもらおうと思っとる」

「ジョーには、このことは話せないな。あいつはすぐに顔に出る」


 クーリスは立ち上がろうとして、動きを止めた。

 引き抜きかけた足を、コタツに戻す。


「どうしたん?」

「いや、ちょっと、足が動かなくてな」


 メキサラはコタツ布団をめくって、コタツの中を確認する。


「別に何もないけど……?」


 クーリスは、メキサラと視線を合わせようとしない。

 メキサラは何かに気付いて、ニヤニヤと笑みを浮かべた。


「ははぁ、さては、コタツの魔力に捕らわれたな?」

「抵抗する気もおきないくらい、強力な魔力だな」


 エースが、ミカンのカゴを無言で押し出す。クーリスは手を伸ばした。

 結局、クーリスの強靭な精神力をもってしても、コタツの魔力に抵抗出来るまで約一時間が必要だった。


 おっと、そろそろ玄関ホールの混乱もおさまったようなので、場面の時間軸を戻そうか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る