メキサラと秘密の部屋

あの日あの時

 ここは次元の交差点。

 世界と世界の狭間の吹き溜まり。様々な異世界が重なり合う場所である。


 玄関ホールの混乱がおさまるまでの暇つぶしに、時間を少し戻し、第一の犯人の自爆直後、城内の探索をしているときの出来事をば。


ジョーは一人で探索し、特になにも無かったわけだが、クーリス、バートツペアの方は、実はかなりの重大な秘密が明らかになっていた。


ジョーと別れたバートツはまっすぐエレベーターに向かい、クーリスと一緒に乗ると、行き先用のボタンをなんだか複雑に操作した。

エレベーターは動きだす。


「どこへ行くのだ?」

「この城の状況が一番よくわかるところですよ」


 この緊急事態にして、曖昧な返答に、クーリスは不安とも苛立ちともいえる表情をうかべる。

 案外すぐにエレベーターが止まった。

 扉が開くのを待つクーリスに、バートツが声をかけた。


「今回は、こちらから降ります」


 バートツは出入り口と反対側の壁に手をあてた。装飾の出っ張りに指をかけると、横へ力をこめる。

 壁全体が横へスライドして、奥に通路が現れた。


「さあ、こっちだ」


 バートツが急にフランクな口調で声をかけ、先に通路を進む。クーリスも慌ててあとを追った。通路へ出ると、この階層はなんだか空気がヒヤリと冷たい。背後で自動的に扉は閉じた。

 バートツは、今までの執事然とした態度から、肩の力の抜けた自然な歩き方で、先へ先へと進む。

 そのうちに、ある扉の前に立ち止まり、ノックする。


「どうぞ~」


 中から気の抜けた声が聞こえた。

 バートツが扉を開けて中にはいり、クーリスもそれに続く。

 中は教室ほどの広さがあり、部屋の半分は作業用のスペースで、作業台や、各種電気工具、何かの部品のような物がある程度まとめられてあり、普段からよく使われている様子がうかがえる。

 もう半分は一段高くなっており、その上には植物を編んだ敷物、いわゆる畳が敷いてあった。その畳の間の真ん中には低いテーブルがあり、それには布団がかぶせてある。つまりコタツだ。

 そのコタツの天板の上には、カゴに入ったミカンと、今いるこの城の精密な模型が置いてあった。

 そしてそのコタツには、先客が一人いた。


「おー、お疲れ~」

「はぁーっ、今回は結構危なかったぜ」


 声をかけられたバートツが、伸びをし、肩の柔軟をしながらコタツに入る。先客の正面だ。


「クーリスもはよ入り、寒かろう。あ、靴は脱いであがりな」


 ヴァンパイア訛りが強い。


 突然の展開についていけなかったクーリスが、やっと声を出した。


「メ、メキサラ! 生きていたのか?」


 コタツの半袖セーラー服女子高生、メキサラは、剥いたミカンから白い筋を丁寧にとって、口へ運んでいる。


「生きとるよ。ピンピン」


 両腕での力こぶポーズでアピールするメキサラ。


「あんな状態からでも復活できるとは、ヴァンパイアとは侮れんものだな」

「あんな状態? ってなんだっけ?」

「おいおい、あの消し炭のような……」

「あー、あれな。あれは偽者よ」

「偽者?」

「カッコ良く言えば影武者? 囮でもえーな」

「じゃあ、最初から犯人に殺させるつもりで?」

「ちゃんと犯人が殺してくれたら、犯人側の共犯者じゃないってわかるじゃろ?」

「だったら」

「まあまあ、とりあえず中にはいりぃや」


 メキサラがコタツの布団をポンポン叩いてうながす。

 クーリスは戸惑いながらも、ブーツを脱いで畳に上がり、ゆっくりとコタツに近づく。近くに寄ってみると、コタツの上の城の模型は実体ではなく、立体映像であることがわかった。しかもリアルタイムで更新しているようで、小さな人影が所々で動いているのが見える。

 クーリスがコタツの布団の端を持ち上げると、熱気が中からあふれ、クーリスの足を撫でていく。中をのぞき込むと、コタツの形に床がくり抜かれていて、その縁に座れるようになっている。いわゆる掘りゴタツだ。


「はよ入ってよ。中が寒うなる」


 コタツの中でメキサラの足がバタバタしているのが見える。

 クーリスは恐る恐る足を入れて座り、布団を整える。


「これは……」


 クーリスは、自分の中に湧き上がる感覚に戸惑っていた。


「なかなか、なごむな……」


 不思議に安心感を覚え、精神的な緊張がほぐれるのを感じる。


「これは……良いものだな……」

「じゃろ?」

「……」

「……」

「……」

「ミカン食べ」

「いただこう」

「……」

「……」

「……」

「そのミカンの白い筋は、一緒に食べた方がいいぞ。栄養もある」

「えー? でもキレイな方がええが」

「ところで、あまり見ない格好だが、どうした?」

「あー、このコタツを使ってた地域でな、一番汎用的で可愛い服装って聞きながら探したら、最終的にこれになったんじゃ。可愛いか?」

「ふん……悪くはないと思うぞ」

「そうか、良かった」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……はっ!?」


 クーリスは二つ目のミカンに手を伸ばしかけたとき、我に返った。


「そんなどうでもいい話はどうでもいい! 今はそれどころではないだろう!」


 突然コタツに手をついて大声をあげるクーリスに、メキサラが恨めしげな目を向ける。


「一体どういうことなのか、説明してくれ!」

「わかったわかった。じゃけぇあんまり大声出さんでよ」


 クーリスの様子に眉をひそめたものの、メキサラはバートツを一瞥したあと素直に話し始めた。


「一昨日の夜、《探偵》と《超能力者》のエースが訪ねて来たんが最初よ」


 一昨日といえば、《獣魔人》エースがジョーの城に来た日だ。


 メキサラの話によると、エースは四つの班に分かれたという。


 ジョーの城へ出向き、説明する班。(《獣魔人》)

 アインヘルを探す班。(《剣士》《魔法師》《超科学》《武闘仙》《サイボーグ》)

 キリと一緒にメキサラを訪ねる班。(《次元士》《付与魔術師》《精霊使い》)

 そして、それより先にメキサラを訪ね、協力を求める班。(《超能力者》《探偵》)


 この内訳はメキサラとエース本人達しか知らず、キリも、手分けをすることは知っていても、どんな組み合わせで何班に分かれたのかは知らないという。

 相談を受けたメキサラはエースの疑いを晴らすため、策をめぐらせることにした。


「っていっても、エースちゃんらとワシ自身を偽者と入れ替えて、アインヘルの反応を見るだけじゃけどな」

「メキサラ自身と、エースら、だと? では殺されたエースは」

「ワシのゾンビじゃゾンビ」

「そうか、《探偵》の……」


 『変幻術』。戦闘能力のほとんど無い《探偵》の、ほとんど唯一の特殊技能。それは単に『幻術』を使って見た目を変化させるだけのものではなく、精神干渉によってそれを見た者の認識からして誤魔化す。つまり、術のかかっている人を見た人は、その人を本人だと思い込んでしまうのである。そのため極端な差でなければ、多少の体格や声色の違いは、疑問にも思わない。疑われなければ正体がバレることも無い。その手のものでは最上級に値する術である。


「しかもゾンビの中でも役者志望で演技の出来る奴らを選んだけぇ、わからんかったろ?」

「ああ。だがそう言えば、一度ジョーがエースに違和感を感じていたな」

「あれは多分、エース同士で会話しとったけーじゃろう。普段、わざと他人に聞かせる目的でもないと、エース同士は会話せんけーな」


 エース全員が全く同じことを考えているのなら、相談する必要もないのだろう。


「では、その本物のエース達は?」

「元気でおるよ。それぞれ別の部屋じゃけど」


 メキサラは目の前の城の立体映像に手を伸ばし、城を開くような操作をした。展開した城の内部の、メキサラに選ばれた三つの部屋の様子が、空中に映像となって浮かび上がった。

 それには、それぞれの部屋で同じ格好で本を読みながらくつろぐエースが映っていた。

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