《探偵》

「んで」


 呪いについて考えるのを止めたジョーが会話に割って入った。


「結局お前はどこで何してたのか、説明はしてくれるんだろーな?」

「えー? それは面倒くさい。後は任せた」


 メキサラがクーリスの肩を叩く。クーリスは、シワを寄せた眉間をつまんで揉む。


「は? テメー、知ってたのか?」


 しぶしぶ頷くクーリス。

 ジョーは、エース、バートツ、キリへと視線を送る。エースとバートツは頷く。知っていたようだ。キリはいまだに何かに気をとられているようで、無視された。


「知らなかったのオレ様だけ? ひどくね?」

「お前は絶対顔に出るだろ。犯人にだけは知られるわけにはいかなかったからな」

「おいおい、オレ様を誰だと思ってんだ? そんなに口は軽くねーよ。皇帝様をなめんじゃねーぜ」

「メキサラのパンツの色は?」

「水色のしましばっ」


 突如襲来したメキサラの脛がジョーの延髄にめりこみ、そのまま足の甲を首に引っ掛けるようにして、頭を床に叩きつける。

 お前の例えも大概だろと、そのままクーリスに迫るメキサラ。その迫力にクーリスがたじろいだそのとき。


「あなた……誰なの?」


 響いた声には、無視できないほどの恐怖がこもっていた。


「どうした、キリ? なんのことだ?」


 共振晶を解除し、やっと腕を下ろして、こわばった筋肉をマッサージしてほぐしていた彼が、戸惑いながらキリに聞き返す。


「エースはどこ? どこにいるの?」


 キリは辺りを見回す。その視線がふらふらと宙をさまよう。


「エース? ねえ、エースどこ?」


そのうち、だんだんと挙動不審になっていく。


「キリ、ここにいるだろ? 俺達がエースだよ」

「違う。あなたは違う。エースはボクのこと、ちゃん付けでなんて呼ばない」


 キリに完全否定され、《超能力者》エースと視線を交わす彼の表情に、しだいに余裕がなくなっていく。


「エースはどこ? エースを返して!」


 キリが叫ぶと、彼女の影から魔法文字があふれ、床に彼女を中心とした魔法陣が描かれる。


「まて! 違うんだ、これにはワケが!」


 魔法陣に魔力が流れ、起動しはじめる。

 慌てた彼がキリに駆け寄ろうとするが、それをエースが押し止める。

 エースはやや芝居がかった仕草で、大階段を指差す。


「では教えてやろう。本物のエースは、あそこだ!」


 魔法陣を待機させたまま、キリが振り返る。

 するとホールの中がうっすらと暗くなり、窓から差し込む光がスポットライトのように当たる大階段の踊場には、左手を腰にあて、右手で顔の半分を隠す、バートツが立っていた。


「レディースえーんジェントルメン、ついに我が秘密のヴェールを脱ぐときがやってきた。あるときは謎めいた執事風の男。そしてまたあるときは……えーと、ごめん、今回は他にはなかった。しかしてその実態は……」


 ぐだぐだだ。って言うか、正体は先に告げられてるんだから、ためる必要無くないか?

 右手で左肩の辺りをつかみ、マントでも剥ぎ取るかのように腕を振る。と、足元からスキャンするように虹色の光が全身を伝わっていく。虹色が通ったところから服装が変わり、ほとんど一瞬で別人へと変身してしまった。

 いや、変身を解いた。


「《探偵》エース。えーと、そう、探偵だ」


 かけていないメガネの、眉間を指で押さえてクイッと上げる仕草でキメる。

 ぐだぐだにもほどがある。


「本物? エース、どこにいたのよ! 勝手にどっかへ行かないで!」


 キリが階段を上り、エースに駆け寄る。最後の数段は両手を伸ばしてダイブした。

 剣と盾を持ったまま。


「危ないわ!」


 クーリスがピンポイントに絞った爆斗震拳で剣を弾き飛ばすと、装備に対してのキリの意識が希薄になっていたためか、そのまま鎧の装着も解除され、パジャマ姿で《探偵》エースに抱きついた。

 泣き声でエースを責めるキリに、それをなぐさめるエース。クーリスは二人を静かに見上げていた。

 跳ね返ったキリの剣が足元に転がってきたのを見て、考えをまとめる。


(やはり、アインヘルの情報源となる裏切り者は、キリで間違いないのだろう。場違いな態度、緊張感のなさ、最悪、操られている可能性もあるか)


 クーリスがその結論に至り、さらに消去法でもう一度検証して確認したそのとき、轟音とともに玄関ホールの大扉が外からの衝撃で大きく歪んだ。数秒後におとずれたさらなる衝撃によって、大扉に穴を開けて何者かが玄関ホールに入って来た。


 その者は闇色のオーラをまとった獣人。油断なく辺りを見回している。


 まさか、アインヘルが送り込んだ第三の刺客か。緩みかけた緊張が一気に引き締まった。

 獣人が口を開く。


「待たせたな! さあさあ相手はどいつだ! 俺が来たからには、もう安心だぜ!」


 それを見ていた人々は、いっせいに自傷を繰り返す赤い塊を指差した。

 闇色の獣人はそれを眺めて言った。


「あー……これはアレかな。もう終わったのかな?」


 闇色のオーラがふわっと溶けて消え、現れたのは《獣魔人》エースだった。

 そのまま獣人化も解くと、残念そうな顔で頭をかく。


「テメェ、今頃何しに来やがった!」


 復活したジョーが詰め寄る。


「なんだかヤバいヤツが出てきてピンチだから、応援に行ってくれって連絡があったから急いで来たんじゃないか」

「誰から?」

「《魔法師》エースから」

「いつ?」

「さっき」

「どうやってここまで来た?」

「走って」


 走って!?

 そのほかにも《獣魔人》エースを問い詰めるジョー。


 泣きながら《探偵》エースのわき腹にボディブローを入れ始めたキリ。


 話は終わっていないと、クーリスに詰め寄るメキサラ。


 自傷し続ける液体型アンドロイド。


 それらを遠巻きに見るゾンビ達。


 ヴァンパイアの城の正面玄関ホールは、無駄に混沌とした状況になっていた。

 騒ぎがおさまるには、もう少し時間がかかりそうだった。


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