反撃
「お、ジョーちゃん! 久しぶりじゃのう!」
「ジョーちゃんて呼ぶな! てかテメー今までどこにいやがったんだ! 生き返ったんならさっさと出てこいや!」
「何をゆうとんなら。ワシは一回も死んどらんで」
メキサラと呼ばれた女子高生は、ジョーの剣幕に全く怯むことなく答える。ヴァンパイア訛りがつよい。
「じゃああの炭になった干物はなんだ! あれで死んでねーワケねーだろ!」
「あれは替え玉じゃあ」
替え玉……つまり、偽者? なんのために?
「犯人を調子に乗せるためにな。エースちゃんの疑いを晴らすんなら、本人が死んで見せるんが一番じゃろう」
メキサラはなんのことも無いように答える。ゾンビか。なんの罪もないゾンビを犠牲にしたのか。……なら別に問題はないのか?
「あとはアインヘルの目的と居場所を探るだけじゃ。それもコイツを調べ……」
突然、闇蟲玉から伸びた銀色の手が、メキサラの胸の真ん中を貫いた。
その手はメキサラを貫いた背中の先で、心臓を掴んでいた。
そして、無造作にそれを握り潰す。
ぐはっと盛大に吐血するメキサラ。彼女が力なく掴んだ、凶器の銀の腕が赤く染まる。
それは伸びたときと同じ唐突さで引き抜かれると、衝撃でメキサラが後ろに仰け反る。が、倒れず踏みとどまった。
闇蟲玉の術が解け、犯人の姿が現れた。
それは首を長く伸ばし、さらに右目だけを上に伸ばしていた。そうして潜望鏡のようにして闇蟲玉の外を確認していたのだ。
その異様な形状からゆっくり戻り、元の警備員の姿になると、メキサラを貫いて赤に染まった手を握ったり開いたりして動作確認し、軽く振って血を払っている。そしていまだ倒れないメキサラを、無表情に観察する。
犯人は次の相手をメキサラに決めたようだ。どうやら犯人は、自分の脅威となりうる相手から優先的に倒しているようだった。
「……ようやってくれたのお」
メキサラが仰け反りからぐわっと起き上がり、赤く輝く眼で犯人を睨みつける。
「じゃけどな、こんな程度じゃ死なんで」
メキサラの体から、闇色のオーラが吹き出す。
「千年を生きた『死者の王』をなめんなよ!」
闇色の霧のようなものが胸の穴に集まると、肉体が修復される。《獣魔人》エースのときと同じだ。だが、その早さは格段にメキサラの方が上だ。あっという間に肉体は元に戻った。
「ワシを殺したかったら、心臓に打つ杭でも持ってけーや」
腰に手を当て、胸を張って宣言するメキサラ。
無表情の犯人と対峙する。
が、犯人以外の人達の様子がなんだかおかしい。
クーリス以外の男性陣はなんとなく視線を泳がせ、クォンはやたらあたふたしている。
メキサラはみんなの意識の向いている先を推測する。
自分自身であることは間違いなさそうだ。けど、なんだか少し下の方? 何気なく自分の格好を確認する。
そこは真紅に染まったセーラー服の胸元に大穴があき、決して大きいとはいえないが、なかなかいい感じの形の胸が、完全に露出していた。
「っっっきゃーーーーーーー!」
顔を真っ赤にし、両腕で胸を隠しながらしゃがみこむメキサラ。
涙目になりながらも、怨みのこもった眼差しで犯人を睨みつける。
「今生きてる人の中じゃ、ジョーちゃんにしか見られたこと無かったのに……!」
『えっ!?』
「オレ様!?」
クーリスと犯人以外の全員の視線が、ジョーに集中する。
クォン以外はちょっと引いた目で。逆にクォンは、両手をパーにして顔を隠しつつも、指の隙間から覗く視線には(えっ二人ってそういう? やだ~おっとなー)という好奇の感情が隠れてない。
「ちょ、ちょっとまて。あれは不可抗力だろ!」
あ、認めた。(という空気が流れた)
「いや、そーじゃネー! そもそもなんでオレ様いきなり謎の被弾? 社会的突然死?」
パニクって言葉を重ねれば重ねるほど、みんなの視線がかわいそうな子を見る目に落ち着いていく。
ジョーが叫ぶ。
「皆様方、変な誤解をされませんよう、よろしくお願いします!」(翻訳バグ有り)
「大丈夫だよジョーちゃん、ごまかさなくても。わかってるよ。うんうん」
完全にアレだと思っているクォン。応援してるよ、と瞳で語りかけている。
「コンちゃん、誤解しないでください、お願いだから!」(翻訳バグ無し)
そんな、シリアスな空気をぶち壊している間に、メキサラは制服のスカーフを解き、胸に巻いて結んで、なんとか誤魔化した。
いまだ涙目で赤い顔のままだが、犯人を視線で射殺さんばかりに睨みつける。その瞳が、真紅に輝く。
「あんたはボッコボコにぶちまわすで! 覚悟せぇよ!」
叫ぶとともに、制服の背中の穴から皮膜の翼がバサリと広がった。それは薄く柔らかい質感で、マントのようにふわりと広がる。
メキサラは踊場から階段の途中の犯人を見下ろすと、大きく深呼吸する。息を整えると、階段の縁を蹴り、一気に犯人との距離を詰め、渾身の右ストレートを犯人の顔面に叩き込んだ。犯人の頭が、破裂するように後方に飛び散った。
(肉弾戦かよ!?)
そこにいる人達の心の声がハモった。
犯人は頭を逆再生のようにして元に戻すと、右腕を刃に変えて目前のメキサラに切りかかった。メキサラは翼越しに左腕でガードする。
メキサラの翼は飛ぶことももちろんだが、防刃や衝撃吸収などの防御力強化処理がされており、生半可な攻撃は大抵防ぐことが出来る。
が、犯人の刃は、翼ごとメキサラの左腕を斬りとばした。
「なっ!?」
犯人は盛大に返り血を浴びながらも、驚くメキサラに向かって返す刃で顔面を狙う。閃く刃がメキサラの右目を貫き、後頭部から突き出た、かに見えたが、その寸前にメキサラは肉体を霧化していた。
霧の状態で犯人の背後に瞬時に回り込み、実体化。すでに左腕はつながっている。宙に浮いた状態のまま即座に右回し蹴りを放ち、犯人の胴体の半ばまでを吹き飛ばすも、そのまま足を胴体に絡め取られ、無数の刃に変化した胴体の内側によって、右足をズタズタに引き裂かれた。
瞬時に右足を霧化し引き抜いて、そのまま空中を後退。距離をとる。
犯人は、胴体の裂け目からメキサラの血を滴らせながら、ゆっくりと振り返った。
メキサラは右足が回復すると、再び攻勢にでた。
この期に及んでなぜ肉弾戦を挑む? まさか相手の体の特性が分かっていないわけでもあるまいに。それとも、先ほどの羞恥によって頭に血が上り、冷静な判断が出来ていないのだろうか? 周りで見守る人達は、当然のようにその疑問を浮かべていた。しかし、吸血鬼だけに鬼気迫る鬼の形相で暴れ回るメキサラに、誰も冷静な助言をすることが出来ずにいた。
さらに、空中での激しいアクションをスカートでしているので、ちょいちょいパンツが見えていたが、それも誰も注意出来ずにいた。
メキサラの攻撃は、魔力でも乗っているのか、破壊力は凄まじいものがある。戦車でも蹴りの一発で破壊出来るだろう。翼を持つため、滞空し、落下を制御することで、通常ではありえない方向からの攻撃を可能にする。その上、回避と確認困難な移動からの奇襲を両立する霧化能力。はっきり言って格闘能力はかなりのものだ。
だが、いかんせん相手が悪い。一時的には破壊しても、液体に近い体の特性ではダメージもほとんど与えられない。逆に反撃をくらうことで大小傷を負うことも多い。傷自体は即座に治ってしまうとは言え、無限に体力があるわけでもない。それとも、逆に犯人のエネルギー切れを狙っているのだろうか。
メキサラが左手で顔面をねらうと、犯人は右手でカウンターを合わせる。腕が交差する瞬間、犯人の伸ばした親指が刃物へと変わり、メキサラの左腕を切り裂いた。
「うぐっ」
メキサラは瞬時に霧化し、犯人の背後へ。体をひねりながら回転し、縦向きの後ろ回し蹴りを浴びせる。が、犯人は後頭部が顔に変化。肩の後ろから銀色の腕が生え、足を受け止めた。そのときにも腕に刃物を仕込んだか、メキサラの足から血が吹き出す。
あまりに返り血を浴びすぎて、混ざったのか犯人の肌がピンク色になっている。
ところで、激闘の途中ですが、『メキサラが霧化したとき、なんで服が脱げて裸にならないんだろう?』という疑問をもたれている方、おられたら手を挙げていただけますか? あーなるほど。ありがとうございます、下ろしてください。
では説明しましょう。
これは、『限定同化』という術によるものだ。肉体を変化させる技や術を使う前にこの術を衣服や装備にかけておくと、肉体と一緒にそれらも変化するのだ。ただし、他人に破壊された場合には効果が発揮されず、壊れたままになる。
ちなみに、どんなに壊されても自分の意思で衣服や装備を元に戻せる術に『完全同化』というものもあるのだが、これは術をかけるのも解くのもやたら面倒くさいうえに、術の効果中は着替えが出来なくなってしまうため、人気が無い。
そんなわき道にそれた話をしているうちにも激闘は続いているが、徐々にメキサラが押され始めていた。人工知能が学習したのか、だんだんとメキサラの攻撃への対応が的確になってきている。しかも犯人は、今や頭は前後両方とも顔になり、腕は五本あり、擬態もほとんど放棄して、赤くきらめく金属の肌が露出している。
メキサラもすでに息が荒いが、渾身の力を込めてハイキックを繰り出す。犯人は頭を変形させて避けると同時に、下腹部にもう一つ、上下逆向きの頭を作り出した。その顔が大きく口を開くと、舌が固く尖る。それがドリルのように回転しながら、スカートの中に突き出された。
メキサラは身を捻ってかわすが、内腿を深くえぐられてしまった。動脈を傷つけたか、驚くほど大量の血飛沫が新たな顔を緋に染めた。
メキサラは後方宙返りで距離をとりつつ、同時に犯人の股間から蹴り上げて体の前半分を削り取る。が、やはりすぐに戻る。
「あいつ、なんかおかしくねーか?」
ジョーが戦う二人を見上げて言う。
「今までだいたい人間の形でいたのに……」
「ああ、いまさらなぜ化物化したのだ?」
クーリスも、なにか援護が出来ないかと身構えながらも、状況の不可解さに手を出せないでいる。
いまや犯人は赤いメタリックな肌に三つの頭、六本の腕、四本の足を持ち、それが体中にでたらめに生えている。それぞれが独立した動きをしながらも、だからといって戦闘能力が上がっているかといわれれば、そうとは言えない。メキサラとの間合いを調整しようとして足をもつれさせ、同時に伸ばした三本の腕が、互いに邪魔で目標を外す。
「そろそろかのぅ」
メキサラが呟く。
「これだけ混ぜたら、もうええじゃろ」
翼をマントのようにひるがえして、宙に浮いたまま後退する。そのまま宙に止まり、異形の怪物を見下ろすと、自分の人差し指の先を小さく噛み切った。指から血が滴る。
「♪かーごめかごめ」
突然歌い始めると、魔力を込めた自らの血で空中に文字を書く。
「♪かーごのなーかのとーりーは」
文字が一文字ずつ完成するたびに指で弾くと、犯人の体に命中。そのまま体内に潜り込む。
「♪いーつーいーつーでーやぁる」
次々と文字が撃ち込まれるたびに、犯人の動きが徐々にゆるやかになる。
「♪よあけのばんに」
ただ、三つの頭だけがそれぞれ辺りを見回し、何かを探しているかのように目がギョロギョロと動いている。
「♪つーるとかーめがすーべった」
メキサラがするりと犯人に近付くと、最後の文字を直接犯人の額の一つに押し込む。
「♪うしろのしょうめんだーあれっ」
メキサラがふわりとその場を離れる。
犯人の三つの頭がグリグリと動き、それぞれがお互いを確認した。
突如、足がでたらめに動き、バランスを崩してその場に倒れ、と同時に腕の一つが自分の頭の一つを打ち砕いた。が、即座に元に戻る。他の腕が刃となって他の頭を斬りとばした。が、その頭は口を開くと、硬質化した舌を伸ばし別の腕に突き刺し、舌を引き戻すことで腕に噛みつき、そのまま胴体に同化して、別の場所から現れた。
その後も自分で自分の体を傷つけては、元に戻るを繰り返しつつ、階段から転がり落ちた。それでも無意味な自傷を止めない。
「これはまさか……」
クーリスが自分のかすれた声に唾を飲み込む。
「呪われているのか?」
「そうよ。クォンちゃんが他になんのまじないも無いことを確かめてくれたけー、相性や副作用を気にせずやれたわ」
下りてきたメキサラが答える。
ジョーもそばに寄ると、視線は犯人に向けたままメキサラにたずねる。
「いったい何をどうすりゃあんなになんだ?」
「基本は『自他認識の崩壊』じゃな。そのアレンジじゃ。わしの血を触媒にした特別製じゃけ、まず解けんで」
「生き物じゃなくても、呪いってかかるんだな」
「聞いたことないんか? 所有すると不幸になる宝石とか、座ると死ぬ椅子とか、髪の毛が伸びる人形とか」
「それはなんか、方向性がちがくね?」
「おんなじよぉ。それこそ方向が外に向くか内に向くかの違いで」
それでも首をひねるジョー。それは放っておいて、クーリスが疑問を重ねる。
「で、あいつはこの後どうするんだ?」
「アインヘルの情報を抜けるかと思ったんじゃけど、こうなったら無理かな。後はわしの研究資料にするわ」
オブジェにするなら半分やろうか? 趣味が悪すぎるだろ。そんな冗談がとばせるくらいには、雰囲気が落ち着いていた。
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