館の主

「そんなにながくはもたねーぞ。一時間以内に対策を考えろ」


 元々ジョーの錬金術の効果時間は二時間ほど。今の状況は一時しのぎでしかない。準備の必要も考えれば、早く対策を決めなければならない。


「弱点はなんだ?」

「あれだけやって核のようなものは無かった。あの銀色の液体そのものが本体だろう。水の……水銀の精霊か?」

「なるほど、それはいい線かもしれませんね」


 いきなり会話に加わったのは、執事風の男、バートツだ。

 見ると、バートツと《超能力者》エースが加わり、元からいたエースと合わせて三人の男が盾を構えるキリの後ろに待機していた。その立ち位置に疑問を持たないのか、こいつらは?


「いや、肉体や精神に対するバッドステータスがほとんど効いてない。多分、生命体じゃない」


 まだ共振晶を掲げたままのエースが言う。


「けど『武器破壊』や『鎧腐蝕』系のエンチャントは効いているから、カテゴリーとしてはロボットかアンドロイド。もしくはゴーレム。それか、可能性は低いと思うけど、何かの怨念で動く謎の液体かも」


 それを聞いてクーリスが神妙な顔で呟く。


「SFかホラーか……」


 SFかホラー……。それを聞いていた他の人達も、考えをめぐらせながらなんとなくそれを呟いていると、どこかからギィィィィンという音が聞こえてきた。なにか硬いものを削るような音だ。


「なんの音だ?」


 なんとなく辺りを見回すが、多少こもった音で、いまいち場所がはっきりしない。が、ジョーが鉄の箱を触ると、細かく振動していた。


「っ! ヤベェ、コイツだ! 穴あけてやがる!」


 ジョー叫んで、鉄の箱をさらに強化する。が、箱の振動は止まらない。


「クソが! ラチがあかねぇ!」

「私たちでは相性が悪すぎる、誰か魔術系の技能者はいないのか!」

「実は、真っ先にそっちの技能者からやられまして」


 声はクーリスの足下から聞こえた。そこには、左肩から右わきの下までを直線で切り落とされた、頭と右腕だけのおじさんがいた。自分と、辺りの動けなくなったゾンビを指さしていた。


 この城の中のゾンビ達は、見た目と技能が案外一致しないことが多い。それなのになぜそんなにピンポイントで魔術系技能者だけを狙うことができたのか、と思ったが、よく考えたら犯人はこの数日のうちに、姿を変えて情報を集めていたのだ。まさにこういう時のために。


「出てくるぞ!」


 そのとき、ついに鉄の箱に小さな穴が空き、そこから銀色の液体が流れ出した。それは徐々に穴を広げながら、どんどん溢れ出してきた。辺りのまだ動けるゾンビたちは一斉に逃げ出した。が、やはり顛末は気になるのか、安全な位置を確保しながら様子をうかがっている者も少なくない。

 ジョーがキリの背後のエース達に目をやると、同じ顔が同時に左右に振られた。


「超能力では無理だ。相性が悪い。やれるとしたら例えば」

「アタシに任せて!」


 突然響いた声に、皆がホールを見渡す。と、ホールの真ん中の空中に、魔法円が出現した。よく見るとその上に人影がある。その人影が魔法円に吸い込まれたかと思うと、下からちょうど人が入れる位の白いプレゼントボックスが出てきた。それはリボンで綴じられていて、前面に鍵穴があった。

 軽快な曲を背景にどこからかクルクル回りながら飛んできた、過剰に装飾されたステッキがその鍵穴に差し込まれると、ガチャリという音とともに鍵が開いた。

 リボンがほどけて箱が開くと、中から体操座りで光に包まれた人物が現れた。彼女が手足を広げると、箱が分解してできた光が手を包み、足を包み、腰を胸を包むと、純白のドレスへと変化した。そこにほどけたリボンが要所要所に絡み、アクセントを付けていく。髪をまとめて優雅に結い上げると、最後に腰の後ろで大きな蝶々結びとなった。


「愛あるところに光あり! 光ある限り絶対負けない! 魔法少女クォン・テーション! (プリンセスバージョン) 悪い子退治に登場よ!」

「コンちゃん!」

「クォン、生きていたのか」


 ジョーとクーリスのそばに降り立ったクォンが、輝くバトンを取り出して構える。


「当たり前じゃない。美少女は不滅なのよ」

「今までどこに……」


 クーリスのセリフを遮るようにバトンを振る。


「そんなのあとあと! まずはアイツをやっつけるわよ!」


 クォンがバトンを横向きに掲げると、バトンの左右から光が伸び、少したわむと光の弓をかたどる。光の弦を大きく引くと、全身から放たれた光のオーラが渦巻き、その背に輝く翼となった。

 それと同時に、やっと鉄の箱から完全に出て人型を取り戻した銀色の液体が、光の玉に捕らえられた。訳も分からぬまま光に閉じ込められた犯人は、そのままホールの正面にある階段の踊り場の上に運ばれ、光のリボンによって中空に縛り留められた。


「アタシのエース様に仇なす者よ! その悪意から解放します!」


 彼女の主な能力は『浄化』だ。魔法や悪意などを解除し、自然ならざる者を解放する。


「……はっ、いかんクォンここでその技は!」


 クーリスの制止する間もあらばこそ、クォンの弓を引く手は止まらなかった。

 キリの盾の能力が発動し、バリアが張られる。


「シャイニングクィーンフェニックス……」


 クォンのセリフとともに渦巻くオーラが輝く光の矢となり、弓にセットされる。


「ホーリーブレスストライク!!」


 クォンの放った光の矢は、輝く鳥となり、聖なる波動をふりまきながら犯人へと飛んで行った。犯人の入った光の玉を貫いた瞬間、光が爆発し、辺り一面を真っ白に染めた。


 数秒、何か断末魔のようなものが聞こえたあと、静かに光がおさまった。


 犯人は数メートルを落下し、大階段の踊り場に無防備に落ちた。


 あちゃーという顔のクーリス以外の勇者英雄その他が、犯人の様子を息をのんで見守る。


 驚くほど静かな時間が流れる。


 決着がついたか、と思われたそのとき、銀色の人型が起き上がり、最初の警備員の姿になると、自分の体の様子を確認し、手を開いたり閉じたりして動作を確認する。そして足下に落ちていた、何かが砕けてできた石のかけらを拾うと、エースに向かって投げつけた。


 弾丸の速度の石が、キリのバリアに当たって砕け散る。


「きゃー、ダメだった。てへっ」


 ゴメンネ、とバトンを抱いて舌を出すクォン。


 かわいい。


 なんて場合ではなく、コイツ何しに出てきたんだという空気が流れる中、ではさっきの断末魔は一体なんだったのかと辺りを見回せば、先ほどまで元気に蠢いていたゾンビの死体(ややこしい)達が、ただの屍と化していた。


 あまりに強力な浄化の技が、生に対してポジティブに執着していたゾンビ達を、めでたく成仏させてしまったのだった。その怨嗟の声さえも浄化し、ホールは静謐な空気に満たされていた。


 そのホールの中を、今度は金属の塊が高速で横切る。やはりバリアに当たると、跳ね返って壁にめり込んだ。

 共振晶を掲げたまま、思わず首をすくめていた彼が呟く。


「あぶねー。キリちゃんがいなかったらヤバかったな」

「……え?」


 突然キリが振り返った。と同時に、バリアが解除されてしまった。


「なに? どういうこと?」


 呟きながらキリは彼を見つめたままたたずんでいる。その彼は、必死に対策を考えていた。

 再び金属の塊が飛来した。クーリスが駆け込み、簡易シールドで跳ね返す。飛び道具では通用しないと考えたか、犯人はゆっくりと階段を下り始めた。


「何か方法はねーのか」

「例えば、そう例えばだ、《精霊使い》が生きていれば、精霊ならあいつを止められるんじゃないか?」


 ジョーの問いに、『付与魔術師』エースが考えを答える。

 確かに、凍結の精霊で凍らせれば動きも止まるだろうし、溶岩の精霊で溶かしきってしまえば、さすがに元には戻らなくなるだろう。


「しかし、それは無理です。彼は死んでしまいましたから」


 バートツが冷静に返した。


「でも、精霊はまだいるだろ? それを解放すれば、なんとかなるんじゃないか?」

「それは悪手ですね。仮に奴を倒せたとしても、解放された精霊はその後どうするつもりですか? 制御を離れた精霊は、この城を溶岩の海に沈めるか、この辺り一帯を極地並みの気候に変えてしまいますが、そちらの方が被害が大きいのでは?」


 本末転倒ですね。とバートツはくくる。

 そう言った彼の胸ぐらを、クーリスが突然掴んだ。


「貴様どういうつもりだ!? この期に及んで、まだ続けるつもりなのか!」


 意外なほど激昂しているクーリスに対し、バートツはあくまで冷静に返す。


「心配なさらずとも、もうすぐこの館の主が来る頃ですよ。ほら」


 バートツの指さす先では、階段を下りていた犯人が何か黒い粒のようなものにまとわりつかれていた。それはどこからか染み出すように増えていき、どんどん集まると、ついに犯人の姿を完全に覆い隠してしまった。

 あっという間に犯人は、直径二メートルほどの輪郭がウゴウゴ蠢く闇色の球体に包まれていた。


「まさか、『闇蟲玉』だと……」


 『闇蟲玉』とは、闇をまとった小さな魔蟲を大量に召還し、相手を包んでしまう魔術の一種だ。この魔蟲の闇は、可視光線はもとより、赤外線や紫外線、さらに電磁波の類も全て遮断してしまううえ、大量の魔蟲自体が音波の伝達を阻害するため、対象となった相手は、闇の中で完全に孤立してしまうという術だ。物理的な攻撃力はさほどないものの、精神的ダメージは計り知れない。


「ワシんちで、何をしてくれとんなら」


 大階段の踊場に、どこからかふわりと降り立つ人影があった。


 それはある意味どこにでもいるような、普通な感じの、半袖のセーラー服の女子高生だった。黒髪ロングに白い肌、華奢な体躯で姿勢良くまっすぐ立つその姿は、優等生の自信を感じさせる。


 その場にいる人々(クォンの技をまぬがれたゾンビ達が、少しずつ戻って来てもいた)の視線が注がれるなか、ジョーが叫んだ。


「メキサラ! お前、生きてたのか!」

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