二人目の刺客

襲来

「は? え、ちょ、ちょっとまて。どういうことだ?」


 まさかの新事実に混乱するジョー。


「アイツの主がメキサラなら、アンタらの仲間だろ?」

「さぁ、その辺りはよくわかりませんが、皆さんよりも一日早く到着されたみたいですよ。この城……この国にお客様は珍しいので、てっきりお連れの方なのだと」


 ますます混乱するジョー。じゃあアイツはなんだ? 考えられるとすると、メキサラがこの国を作る前に作って、今までどこかを旅していたゾンビか? いや、だったらゾンビでない可能性もあるし、ロボやアンドロイド……。はっ! まさかヴァンパイア! メキサラが作った眷属のヴァンパイアか! それとも……。

 ジョーが何かに思い当たったのか、その目つきが険しくなる。


「アイツの言う『主』が、メキサラのことじゃないんだとしたら……、まさか……おいクーリス」


 何かに思い当たったジョーがクーリスの方を向いたとき、ジョーは不信を通り越して軽い絶望を覚えた。

 なぜなら、クーリスがこのことに対して、なんの反応もしていなかったからだ。

 特に驚いた様子もなく、淡々と装備を整えている。

 今までの推測を根底から覆しかねない新事実に、こうまで無反応とは。


「まさかテメー、アインヘルに」


 なにかされてるんじゃないだろうな。そう言おうとした時、突然室内に、いや、多分この城全体に警報が鳴り響いた。続いて放送も流れる。


『緊急事態発生、緊急事態発生。只今正面玄関ホールにて、不審者が暴れています。戦闘レベル5以下の方々は、速やかに避難してください。また、腕に覚えのある方は、至急、玄関ホールにて不審者の迎撃に当たってください。腕試しのチャンスです』


 内容に警報としてはおかしなところがあったが、とにかく問題が発生したようだ。

 さすがにクーリスも険しい表情で、ジョーと目を合わせた。


「うるさいうるさいうるさーーい!」


 突然、今まさに布団に入ったばかりのキリが、その布団をはねのけて立ち上がった。


「さっきからなんなの! ボクがお昼寝しようとするたんびに、ジャマばっかりして!」


 まだそれほど遅い時間ではないのになぜそんなに寝ようとするのか、と思ったら、昼寝のつもりだったのか。

 眠気で不機嫌なキリは、ベッドから下りるとプンプンドスドス歩きながら扉に向かう。向かいながら鎧を装着する。そのまま流れで剣と盾も喚び出し、完全武装となった。

 扉の前まで来ると、ジョーとクーリスを振り返る。


「早く行こうよ」

「行く気なのか?」

「腕に覚え、無いの?」


 やる気……殺る気まんまんだ。


 顔を見合わせるジョーとクーリス。行かないワケにはいかないわけで、それならある意味話が早い。


 三人は、正面玄関ホールに急いだ。



玄関ホール二階の通路から見下ろしたそこは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

そこら中に死体が転がり、綺麗に飾られていた調度品も荒らされている。


死体は、切り裂かれたもの、潰されたもの様々だが、半身になっても自由に動けないだけで、罵倒や声援を叫ぶ程度には元気があるというのは、ある意味死体の概念を覆す、新鮮な風景だった。


そのホールの真ん中辺りでは、二人の男が戦っていた。


一人は警備員ような格好、もう一人は電気整備士のような作業着だった。両方とも素手での格闘技で戦っている。攻防が交わされるなか、作業着の男の攻撃がいくつかクリーンヒットした。が、警備員の男は、表情一つ変わらない。むしろ、作業着の男の方がその手応えに顔をしかめる程だ。ラチがあかないと思った作業着の男が、必殺の一撃を放つ。それと同時に警備員の男も、無造作に貫き手を突き出す。


お互いの攻撃は、相手の胴体の中心を貫いた。

相打ちか、と思われたが、数秒後に倒れたのは、作業着の男だけだった。

倒れた作業着の男の傷口からは内臓や血液がが溢れ出し、床に広がった。

対して立っていた警備員の男の傷口は、なんと銀色をしており、ものの数秒で塞がってしまった。服にも穴はなく、すっかり元通りだ。


「次はわたしがまいりましょう」


 そう言って前へ出たのは、スーツの上着を脱ぎ捨てた、キャリアウーマン風の女性だった。手に持つ長剣を鞘から抜き出し、鞘を無造作に投げ捨てる。その長剣に一瞬輝きが灯り、すぐに消えた。それは付与魔術による強化の効果だ。

 対する警備員の男は、対戦相手を見ていない。その視線の先にいるのはホールの隅で共振晶を掲げる『付与魔術師』エースだった。


「なんだあいつは、バッドステータスの手応えが悪い」


 苦悩するような表情の彼と、今や明確に『二人目の実行犯』といって過言ではないであろう不審者の視線を遮って、スーツ姿の女性がその間に立つ。


「日々鍛えた肉体と技、試させてもらいます」


 そう言ったスーツ姿の女性が急加速。瞬時に敵前にいたると、長剣をその肩口に叩きつける。が、その刃は相手の体に触れることなく、銀色の物体に受け止められていた。

 警備員の男の右腕の肘から先が、硬質な刃へと変化し、長剣を受け止めたのだ。

 ひるまずスーツ姿の女性は追撃をかける。が、見事な剣技であるそれらもことごとく防がれ、反撃に出た警備員の男と、お互いに攻防を交わしていた。

 そのうちに、不思議なことが起こり始めた。


「どういうことだ? 姿が、変わる?」


 クーリスのつぶやきのとおり、警備員の男の姿が変化を始めた。数合切り結ぶごとに、腕、足、体、服装まで、目の前のスーツ姿の女性と同じ姿に変わっていくのだ。そして最後に顔も変わり、長剣を手にするスーツ姿の女性と全く同じ格好になってしまった。

 その間も剣戟は続いており、その立ち位置はめまぐるしく入れ代わる。


「ヤベェ、どっちが本物か自信がなくなってきた」


 ジョーの言葉も無理はない。今や動きはもとより、一進一退の攻防による表情の変化や漏れ出る声まで、スーツ姿の女性を完全にコピーしていた。


「これが、『環境に溶け込む』ということか」


 こうやって他人に、知人に化けて標的に近づけば、どんな相手でも油断している隙に仕留めることができるだろう。この城でも、誰かに化けることで身を隠していたわけだ。

 二人の剣技は全くの互角に見えた。凄まじい剣戟の応酬で、互いの急所を狙うが、決定的な一撃が入らない。周りで見ている者達も、どっちを応援すればいいのかわからなくなって、手を貸すこともできない。


「ほらほら、早くやっつけちゃってよ」


 キリがジョーとクーリスの二人を急かす。

 状況がわかってて言っているのか、この娘? と、ジョーは怒りの、クーリスは困惑の表情で同じことを思う。


「ボクはエースのとこに行っとくから」


 そう言って階段に向かって軽快に駆け出すキリ。


 エースは一階の反対側の隅だ。階段を下りる必要があるし、下りれば決闘のエリアにどうしても近づくことになる。キリの防御能力なら、仮にすぐ横を通り過ぎても無傷でいられるだろうが、襲撃者の能力はいまだ未知数の部分が多い。何が起こるかわからない。そこまで考えて、二人は覚悟を決めた。


 よし、あのスーツ姿の女性は、二人とも殺そう。(どうせ本物も元々ゾンビだし)


 そして行動に移ろうとしたそのとき、スーツ姿の女性から殺気。勝負を決める気か?


「奥義・幻月斬!」


 二人とも前進し、大上段に構えた長剣を振り下ろしながら、どちらか、もしくは両方の口から技名が発せられる。

 すれ違った二人は、動きを止めた。

 片方は、長剣を振り下ろした格好で、もう片方は、振り上げた格好で。


 数瞬の後、振り下ろした格好のスーツ姿の女性の表情が苦痛に歪み、その上半身が下半身から分かれて床に落ちた。そののち、下半身もバランスを崩して倒れる。衝撃で内臓が広がり、血も勢いよく飛び散った。上半身は、もうピクリとも動かない。


「っしゃ! 仕留めた! わたしの勝ちだ!」


 嬉しそうに拳を振り回しながら喜ぶ無事な方のスーツ姿の女性。(その背後を、キリがさり気なく通り過ぎる)

 ひとしきり勝利を噛みしめると、先ほど捨てた長剣の鞘を探し、見つけ、拾おうと近づく。


「ちょっと待ちなや。次はオイラが相手になるで」


 声をかけ立ちふさがったのは、巨大なハンマーを持った筋骨隆々の大工さんだ。捻り鉢巻きがよく似合う。


「手合わせなら、また後日でお願いするよ。連戦はさすがにキツい」


 そう言って鞘を拾おうとするスーツ姿の女性に振り下ろされたハンマーは、当たっていれば確実に死ぬ勢いだった。


「なんのつもりだ?」


 ハンマーをかわし、さすがに苛立ちも露わなスーツ姿の女性は、長剣を大工に向ける。


「そうは言ってもなあ、偽物を逃すわけにはいかねぇじゃんな」

「わたしが偽物だと……?」


 スーツ姿の女性が戸惑ったのは数秒、はっとして振り返る。


「しまった、そういうことか」


 気づけば、周りでその女性を見る目のほとんどに疑念が見て取れる。

 スーツ姿の女性は濡れ衣をはらす方法を考えた。が、考えつかなかった。自分が逆の立場なら、やはり疑わしきを逃しはしないだろう。

 スーツ姿の女性が、仕方なく大工に向けて長剣を構えた時。


 ドォーーン!! という大轟音が轟いた。


 その場の全員の視線が集まった先には、大きな四角いコンテナが現れていた。

 唐突に出現したコンテナだが、確かさっきまでそこにあったのは……。


「全然動かないのも逆に不自然な気がしたからさぁ、潰してみた」


 ジョーが指差したコンテナは、現れた時と同じ唐突さで、氣と溶けて消えた。その下から出てきたのは。


「ビンゴ!」


 銀色の水たまりだった。

 それはさっき切り倒された方の、スーツ姿の女性の死体だったものだ。


 犯人は、死体に擬態していたのだ。


 その銀色の水たまりと見比べられているスーツ姿の女性は、ほっとしたようだった。さもありなん。


「結局、コイツはなんだったんだ? 粘体生物? 魔法生物?」


 ジョーが疑問符を並べていると、銀色の水たまりに変化があった。

 その水面が、波打っている。


「まだ生きているのか!」


 クーリスが手すりを乗り越え、飛び下りる。着地の衝撃を前転でやわらげ、その勢いのまま水たまりへと走る。

 水たまりの一歩手前の床を踏み込み、右のフックが空をきる。

 その拳圧による衝撃波で、床の水たまりが飛び散り、近くの壁を銀色の水玉模様に彩る。

 爆斗震拳、ではない。床を位置事停止術で補強しての、ただの強烈なフックの衝撃波だ。

 これだけ分散、むしろ爆散といっていいほど細切れにすればどうだ?


 壁の水玉は、突然はじけるように壁から離れ、クーリスへと殺到した。


 くっ、と息をもらして、クーリスは瞬発円による簡易シールドを前面に展開。横向きの銀の雨を防いだ。が、水たまりを派手にまき散らした分、シールドの外側の角度から飛来する雫があり、それを触りたくないクーリスは見事な体さばきでそれらをかわし、シールドを蹴って大きく後退する。

 銀色の液体は床の鉄板の上で集まり、うようよと蠢くと、真ん中から持ち上がり、再び人の形を取り始めた。


 そのとき、その足下の床の鉄板が折れ曲がり、持ち上がり、鉄の箱に組み上がると、銀色の人型をその中に閉じ込めた。ジョーの錬金術だ。


「とりあえずこんなとこか」


 いつの間にか下りて来ていたジョーが、クーリスの横に並ぶ。


 鉄の箱を内側から叩く音が響くが、強度を調整しているため、すぐに割れたりすることはなさそうだ。

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