解ること 解らないこと

情報交換

「では、今分かっていることをまとめてみましょうか」


「なんでテメーが仕切ってんだオイ」


 執事風の男に、ジョーが突っ込む。


 あの犯人自爆の後、もう一人の犯人が行動を起こすことを警戒して、城内を見回りすることになった。

 話し合いの結果、狙われているエース達はキリと一緒に部屋に待機。ジョーは一度城内を探索していて、一人でもだいたいの勝手がわかるため、クーリスと執事風の男が一緒に行動することになり、二手に別れて見回った。


 だが、二時間ほどしても特に何も起こらなかったため、情報交換のために一度合流して、ついでに夕食も済ませようと食事の用意された広間に移動した。


 エース達とジョーはそのままの格好だが、クーリスは食事の動きを妨げない程度の最低限の鎧を装着していた。逆にキリは食事の邪魔になる鎧を部屋に置いて、パジャマに上掛けを羽織っていた。


 話し合いを前提としているため、食事はサンドイッチやおむすびのような簡単なものが、一つのテーブルに集めて置かれていた。それを各自取りながら食べる。


「テメー自体は部外者だろうが。でしゃばんじゃねーよ」

「そんなことはありませんよ。それに第三者の立場のほうが、客観的な視点が得られるかと」

「知るか。オイお前からもなんか言えよ」


 ジョーがクーリスに話をふるが、クーリスは用意された椅子の一つに腰掛けたまま、視線を床に落としてなにか考え込んでいる様子だ。食事もすすんでいない。


「どうした、なんかあったのか?」

「いや、なんでもない。ちょっと疲れただけだ」


 手を振って答えるクーリス。


「他人がまとめたものを確認することで、新しい発見や気付きがあるかもしれない。やってもらうのもいいんじゃないか」


マジかよ、と言って嫌そうな顔をするジョーだが、それ以上強く拒否はしなかった。


「それでは、犯人側の行動も分かったところで、時系列を追ってまとめてみましょうか。とはいえ、完全に分かったわけではないので、状況からの予測で埋め合わせている部分もありますが」


 そのとき、部屋の扉が開き、ホワイトボードが運び込まれてきた。


「バートツ様、こちらでよろしいですか?」

「おや、ありがとうございます。手間をかけさせますね。またなにか必要なものがあったらお願いするかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」


 いえいえいつでも、と会釈をして去っていく死人達。

 執事風の男、いまさら名前が明らかになったバートツは、皆から見えやすい場所にホワイトボードを設置し、水性マーカーで書き込みながら話す。


「まずは最初の出来事。エース様達の訪問です。犯人達も、ほぼ同時に城に侵入したとみられます」

「一人目の犯人は、見たとおり、光学迷彩による透明化によって、だれにも見つかることなく、簡単に侵入したわけだ」


 エースのひとりが補足する。


「そして二人目の犯人は、環境に溶け込むことで姿を隠す暗殺者らしい。いまいち具体性に欠ける情報だけど、多分透明化と同じくらい厄介な代物のはずだ」


 エースのテレパシーによる情報収集でも、二人目のことは詳しくはわからなかった。元々犯人どうしは別々に行動していたようで、お互いのことをよく知らなかったのだ。

 執事風の男、バートツが続ける。


「そして犯人は城の中を探索した後、ジョー様とクーリス様の様子をうかがっていました。今回の元々のターゲットは、ジョー様かクーリス様だったようです」


 これまでの事件では、エースやキリ、またはその場の英雄を直接狙うことはせず、英雄のまわりの有能な人材を狙ってきた。しかし、メキサラの治めるこの国では、メキサラ一人がトップに立ち、特定の側近をおくことをしなかったため、今まで通りのターゲットの対象になる者がいなかったのだ。なので、今回は思い切って英雄を対象にしようとしたのだ。あのヘルメットには高性能のセンサーが内蔵されていて、壁越しの十分離れた場所からでも部屋の中の様子をうかがえたようだ。


「そのうちジョー様がお一人で部屋を出られました。チャンスとばかりに犯人はジョー様を追いかけました。が、ジョー様の行動が派手すぎて、こっそり殺すことができそうにありませんでした」


 城内のいろんな場所で不審者扱いされたことが、結果的にジョーの命を守ることとなった。


「そこで困った犯人はそれを逆手にとり、ジョー様に容疑をかける方向で、我が主に狙いを変更しました」


 ジョーの表情が歪む。そのまま自分をターゲットにしていれば、返り討ちにしてやったのに、とでも言いたそうだ。


「主の部屋ですから、元々部屋の外に誰かが待機しているわけでもなく部屋に侵入するのはたやすかったでしょう。速やかに我が主を殺害した犯人は、他にできることはないかと、城内を回っていました。そして『次元士』エース様の部屋の前を通りがかったとき、暗殺に絶好の状況が整っていることに気付きました。部屋の前の付き人が席を離れており、本人はシャワーを浴びていたのです」

 見張りがいなかったとしても、扉が勝手に開閉すれば当然警戒されてしまう。シャワーの音で侵入を誤魔化せたのは大きい。

ホワイトボードに書いた、殺された二人の名前にバツ印をつける。


「その後犯人は、どこかの倉庫の片隅で休んでいたようです。そして夜が明け、事件が発覚しました」


 バートツは水性マーカーを手でいじりながら続ける。


「わたくしとエース様達は、なるべく多くの情報を集めるため動いておりました。そのころ、ジョー様、クーリス様、キリ様は、集めた情報をまとめ、犯人さがしをされていた、で間違いないですか?」


 ジョーとクーリスがうなづく。


「途中でキリが抜けて、代わりにクォンがちょくちょくやってきては話に参加してきたな」


 クーリスのセリフに、バートツがホワイトボードに名前を書き込む。


「そのとき、エース様の弱点が《探偵》だなど話されているとき、大変な事件が起こりました」


 バートツは他の名前より少し離れたところに、エース×5、クォンと書いた。


「ちょっとまて、なんでテメーがそのことを知ってんだよ」

「あー、すまない、私が話したんだ」


 クーリスが小さく手を上げながら言った。

 ジョーがクーリスに詰め寄り、ささやく。


「お前、なに考えてんだ。情報を分散させるはずだろうが。これじゃ意味がなくなる」

「そうだな……すまない」

「お前、どうしたんだ? なにかあったのか?」


 ジョーの疑問には、問題はないと手を振るだけのクーリス。

 納得してはいないが、今はこれ以上の追及は無駄だと感じたジョーは、彼から離れた。


「続けます。アインヘル探索に向かったエース様達と、それを援護していたクォン様が、アインヘルに返り討ちにあってしまいました」


 エース×5とクォンの文字に、バツ印をつける。

 ガタッとイスが鳴る音がした。

 エースが、座っていたイスを蹴って立ち上がっていた。


「そう……なのか? まさか全滅……?」

「失礼、その疑惑があります。確認はまだとれていません」


 エースは戸惑った様子だったが、とりあえずイスに座って落ち着いた。

 そのときキリはというと、皿にケーキを三種類とり分け、味比べをしていた。

 先程のメキサラの寝室で死体を見たときもそうだったが、エースの死という情報に、意外なほど反応をしめさない。エースに依存しているのではなかったのか?

 不意に、手を挙げた者がいた。バートツが水性マーカーで指す。


「はい、そちらのエース様」

「さっきちょっと出てきた話なんだけど、俺達の弱点って、なんのことだ?」

「それは、ジョー様とクーリス様が考えた、嘘です」


 ジョーがクーリスを睨む。クーリスは視線を合わせようとしない。


「本当は、その嘘を相手ごとに少しずつ変えて伝えることで、裏切り者をあぶり出そうとしたのですが、すみません、今、話してしまいましたね」

「え!? 嘘なの?」


 なぜかここでキリが反応。


「せっかく面白いネタを見つけたと思ったのに」


 部屋の空気が軽くざわつく。この娘が何を考えているのかわからない。あまりに異質な発言についていけない。

 バートツが軽く咳払いをして、空気を正す。


「んん、話を進めてもよろしいでしょうか? ちょうどそのころ、我が主の寝室をもう一度調べようとしていたエース様が、犯人に襲われてしまいます。そしてさらなる犠牲者を出しつつも、犯人を確保したのでございます」


 ホワイトボードに、エース(精霊使い)と書いてバツ印。その横に犯人一人目と書いて丸で囲む。


「その報を受け、あわてて皆さんに集まっていただき対処したところ、犯人は自爆。その際、もう一人の犯人の情報が得られました」


 丸で囲んだ犯人にバツ印をつけ、その下に犯人二人目と書き、丸で囲む。


「すぐにでも動くのではないかと警戒していたところ、その様子が見られないため、食事と情報の整理と共有をするために再び集まり、今に至ります」


 バートツは水性マーカーのキャップをはめ、皆を見回す。


「いかがでしょう。ここまでで、なにか他にわかったことがありますか?」


 その言葉にジョーが応える。


「結局、オレ様んチでエースの一人から聞いた、『黒幕はアインヘルでエースは被害者』って話を裏付けただけだな」

「消去法でも、少しでも真実に近付けたなら進展と言っていいんじゃないかな。実際に人が消去されてるってのが、まあ問題といえば問題だけど」


 エースの一人が言う。ブラックジョークにもほどがある。被害者本人の口からでたセリフでなければ、重すぎて不謹慎なところだ。

 ところでこのエースはどのエースなのだろうか。あっちもこっちもそっちもエースだらけで、エースがゲシュタルト崩壊気味だ。


「で、本題としてはだ、結局裏切り者はいなかったってことでいいのか? あの実行犯らがエースのあとをつけて情報流してたんだろ」


 これでコンちゃんの無実も証明されたわけだ、と食事を終わらせたジョーが、ソファにどっかりと座り、耳の穴をホジリながら言った。相変わらず行儀の悪いヤツだ。ガラにもなく裏切り者探しの計画を練ったものの、ほとんど無駄になってふてくされているのだろうか?

エースが応える。


「それもどうだろうな。確かにそれで説明できそうなもんだけど、それなりに警戒してる俺達に見つからない距離から探って、俺達がこれからどこへ向かうかなんて細かい情報を読み取れるかな? 正直これまでに、追跡者を想定してそれをまくための行動をとったのだって、やったのは一度や二度じゃないぜ?」

「それだけの装備や技能があったのだろう」

「アイツの頭ん中のぞいたとき、そんなに高性能な感じしたか?」


 クーリスの意見に対し、疑問を投げかけるエース。

 全員、テレパシーで受信した感覚を思い出してみる。


 まだこの世界に来る前。アインヘルに召喚されたあと。エースの追跡時。この城に潜り込んでから。センサーを頼りに、暗闇の中で檻の主に槍を構えた時。シャワールームに忍び寄る手際。付き人を避けてターゲットの背後をとる身のこなし。


「スペックが低いわけではないが……」


 クーリスの呟きに誰も答えない。答えることが出来ない。

 時間が無かったため、事件の状況を確認できる情報を優先して読んだ結果、その場面場面でどんな情報を持っていたのか、どんなことを考えていたのかは、あまり伝わってこなかったのだ。

 エースの追跡は自力で行っていたのか、常にアインヘルからの指令があったのか。もう一人の犯人との連係はどうやっていたのか。もやもやしていていまいちハッキリしない。


「やはり、いるのかもしれない。そう思っていた方が賢明でしょうね」

「だからなんでテメーが仕切ってんだよ! カンケーねーヤツは黙ってろ!」


 話をまとめようとしたバートツにジョーが噛みつく。


「おやおやおや、わたくしも我が主を殺された被害者ですよ? 当事者とは言わずとも、関係無くはないと思いますが?」

「だからってしゃしゃり出てくるほどのタマには見えねーけどなー」

「そうおっしゃられても、そもそも……」


 こんがらがった状況にイライラがつもり、八つ当たりを始めたジョーに対し、皇帝の迫力を真っ向から迎え撃つ、意外と肝の据わったバートツ。

 そこから話はぐだぐだの様相をていしていった。

 二人の言い合いを背景に、他の人は各々物思いにふける。だが、打開策は簡単には出てこない。

 そんな中、椅子に座るクーリスの背後に忍び寄る人影があった。

 ここにいるほとんどが達人級の能力を持っているが、イライラ発散の言い合いをしていたり、それを聞くとはなしに聞きながら考え事をしているこの瞬間だけは、警戒を怠っていた。


油断していた。


 その人物は、誰にも、クーリス本人にも気付かれることなく、その背後に迫っていた。


 すでに手の届く距離。


 大災厄を解決した勇者の仲間の英雄を、一撃で仕留められる距離。


 その人物は、ゆっくりと身をかがめ、クーリスの耳元に口を寄せ、つぶやいた。


「ねむたい」


 キリは、眠そうに目をこすりながらそう言った。

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