自爆

 すかさずエースがその後ろにまわり、超能力でワイヤーを操って犯人を檻に縛りつける。犯人は、鉄格子に背を預けて座った状態で、鉄格子に完全に縛り付けられた。

 気を失っているのか、朦朧としているのか、おとなしくなった犯人を改めて確認する。


 全身に甲冑のようなものを着けている。左手の手甲からは三本の鉤爪が出ていた。頭も兜と仮面に覆われていて、顔が見えない。それらは幾何学的で機械的で、どことなく近未来のサイバースーツを思わせるが、どこかしら野蛮で野性的な雰囲気をもった、独特のものだった。


 ジョーが油断なく背後から近寄ると、剣を突きつけて告げる。


「さんざん好き勝手やってくれたみてーだが、テメーが実行犯で間違いないねーよな。今更すっとぼけたって無駄だ。どっちにしろテメーの命運は決まってる」


 鎧と仮面の隙間に剣先を差し込むようにすべらせる。


「苦しまずに死ぬか、全てを吐かされて死ぬか、選べ」


 緊迫の時間が流れる。が、犯人は身動きしない。っていうか、動く気配がない。


「気を失っているのか、それとも……言葉が通じていない?」

「んなバカな」


 クーリスの疑問に悪態で応えるジョー。


「とりあえずその顔を見せろ」


 ジョーは犯人の仮面に手を掛け、力任せに引っ張る。が、取れない。横に引っ張ってもまっすぐにしても、上にずらしても斜めに傾けても、犯人の頭がぐりぐり動くだけで、仮面の外れる様子はない。


 イラついたジョーが犯人の頭を殴るが、兜の硬い部分だったのか、痛かった拳をさする。

 その様子を見ていたキリが、犯人の耳の後ろ辺りにあるスイッチに気付き、それを押した。


 と、空気圧の抜ける音とともに仮面が浮き、床に落ちた。

 そこに現れた顔は。


「人間じゃねーのかよ」


 ハッキリと怪物だった。爬虫類の顔を平面にしたような顔つきで、特に口まわりが骨格ごと大きく開くようになっていて、大きな牙がのぞいている。


「なんなんだコイツは。太古の爬虫人類か?」

「それか地底人、もしくは宇宙人といったところか。それなら言葉が通じないのも無理はない」


 この天地球の世界中を包んでいる言語翻訳システムは、人間にしか効果がない。効果がないように作られている。


 様々な異世界のなかには、その世界の中でも言葉の通じない怪物が存在する世界がある。そういった怪物は、言葉が通じないからこそ恐ろしいといったものも多くある。そんな怪物とコミュニケーションをとれてしまうと、その世界観を壊してしまう可能性がある。そのため、人間と、元々人間の言葉を解する生き物にしか、翻訳システムは効果をなさないようにしてあるのだ。


「ザケンなよ! これじゃあ尋問も拷問も出来ねえじゃねーか!」


 とうの犯人は、やっと意識が覚醒してきたのか、まわりを見回して自分のおかれた状況を確認している。マスクがはずれていることを確認すると、大きく口を開けて威嚇してきた。

 だからってビビるようなヤツはここにはいなかったが。


「あーもう、しょうがないな。本当はあまり得意じゃないんだけど、俺が記憶を読み取ってやるよ」


 そう言ったのは《超能力者》エースだ。テレパシーで怪物の頭の中を覗こうというのだ。


「大丈夫なのか?」

「やってみないと分からんが、うまくいけば拷問するより手っ取り早く情報が手に入るさ」


 心配そうなクーリスに、あっけらかんと返すエース。


 実際、生き物の思考に無理矢理入り込んでそれに触れるというのは、術者本人にとってもリスクが高い。無防備な精神が、相手の強い意思に影響されてしまう場合があるのだ。それが怪物の、理不尽な思考回路であったならなおさらだ。


「これだけ文明レベルが高いんなら、人間と同等の知能はあるだろ。なんとかなるさ」


 さきほど叩き落とした円盤の残骸を蹴り飛ばしながら言うエース。文明レベルや知能が高いからといって、行動原理や思考回路まで同じだとは限らない。むしろ、似ているからこそ、理解できないほどの狂気に不用意に触れ、トラウマを負ってしまう場合もありうる。

 が、エースはそんなリスクは無いかのように、簡単に準備を進める。


「みんなにも見えるように中継するから、抵抗しないようにな」

「おいおい、それこそ大丈夫なのか? 全員同時に廃人化したらシャレになんねーぞ?」

「そこまで危ない情報は俺が耐えられないから、みんなは大丈夫だよ。俺が死ぬだけ」

「それはそれで困るが」

「どっちにしろ他に方法もないなら、やるだけだよ。それなら情報を共有する人数は多い方が良いだろ?」


 みんな納得していいものかどうか悩んでいるうちに、やる気まんまんのエースに押しきられた形で、やるだけやってみることになった。

もちろん、危ないと思ったらすぐに止めることを条件に。


 早速エースは犯人の後ろにまわると、しゃがんで目線の位置を合わせ、犯人の頭の左右に指先だけで触れる。息をゆっくりと吐きながら軽く目を閉じると、エースの体から赤いオーラのようなものがにじみ出てきた。それが指先を通して犯人に移る。


 戸惑う犯人が、急に痙攣し始めた。


 と同時に、そこにいる者の脳裏に、映像が浮かぶ。


 それは、自分の過去を思い出しているときの映像に近い。視界とは違う感覚の映像。それが次々と流れてくる不思議な感覚。

 ただ、無理矢理見せられていて止めることが出来ないので、決して気持ち良いものではなかった。


 最初はデタラメに風景や人物が、なんの関連性もなく流れていくだけだった。


 それは見たこともない風景。見たこともない生物。見たこともない世界だった。


 場面は変わり、これは戦闘訓練だろうか。やたら凶暴な獣と戦っている最中、突然目の前に魔法陣が現れた。それに吸い込まれた次の瞬間には、部屋の中にいた。そこには妙齢の女性がいた。直感的に彼女が召還主だとわかった。召還術の効果で、この世界の簡単なことわりと、召還主の命令が理解できた。


 目的の人物を陥れるための、実行部隊。その戦闘能力を買われたのだ。


 そのとき、エースが後ろ向きに床に転がった。


「ちょっと待って、休憩……休憩させてくれ」


 仰向けのまま、エースはなんとか荒い息を整える。


「今の、ちゃんと見えたか?」

「ああ。お前こそ大丈夫なのか? アイツの精神に直接触れたんだろ」

「中身は意外と普通だったよ。青春してた」


 心配するクーリスに、冗談なのか本気なのかわからないことを言うエース。

 ジョーが先ほどの映像を思い出しながら言う。


「最後のヤツが、アインヘルなのか?」

「多分な。俺は本人を見たことがないけど……キリ、どうだ?」


 後ろにたたずんでいたキリに、視線が集まる。

 全身鎧にフルフェイスの姿からは、やはり感情をうかがうことは難しいが、どことなく何か懐かしんでいるかのような雰囲気があった。


「そう。あれがアインヘル。わたしの始まりの人」


 どこか、心ここにあらずといった感じではあったが、その言葉はハッキリしていた。


「ということはだ、黒幕はアインヘルで確定か。エースは被害者だったということだな」

「いーや、まだ共犯の疑いはあるだろ」

「本人が何人も殺されていながら、一体何を共謀するというのだ!」


 しかもそれを本人の前で言うとか、エースも苦笑するしかない。

 クーリスの言葉に、イライラした様子で考え込むジョー。視線を檻の中のベッドへ向ける。


「そういえば、アイツはどのエースだ?」


 後ろから返事がくる。


「俺は、『付与魔術師』だから……」

「死んだのは精霊使いか。しかしなぜアイツはここに来たのだ?」

「なにか手掛かりがないかと、もう一度調査をしたいからとお話を伺っていました」


 執事風の男が答える。


「なにか新しい手掛かりはあったのか?」

「そこまでは……。報告を受けた時にはこの惨状でしたので」

「まー、仮にあったとしても、コレじゃあな」


 ジョーが部屋の様子を見回しながら言う。


「それも、コイツの頭をもっと探ればわかるかもな」


 エースが起き上がり、犯人へともう一度記憶の読み取りを準備する。

 そのとき『付与魔術師』エースが、犯人の腕を指して言った。


「これはなんだ? 何か変な表示が動いてるぞ」


 見ると確かに、犯人の着けている腕の機械に何かの模様のようなものが、次々と表示されている。


「これは、カウントダウンではないか?」


 クーリスの言葉に、緊張が高まる。

 拘束された状況で、何かのカウントダウンが始まるとすれば、それは。


「まさか、自爆!?」


 皆の動きが一瞬止まる。


「クソ! 出来るだけ情報は引き出す。自爆もどうにかする! 他の可能性に備えろ!」


 可能性なら、爆弾はすでに仕掛けられていて、この城を吹き飛ばす場合もある。この犯人にはそれを準備するだけの時間はあった。そのときは、犯人自身をどうにかしても被害がでてしまう。とはいえ、どれだけの時間があるのかわからないが、爆弾そのものをどうにか出来るほどの時間は無いだろう。自分達の身の安全をはかるくらいしかない。

 クーリスは窓際に走り、まだ残っているカーテンのうち、状態のましなものを選ぶと一気に引き剥がした。

 そのとき、表示の桁が一つ減った。


「ヤバい! 時間が無い!」


 エースが叫ぶ。


 クーリスは他の皆を部屋の隅に集め、自分達を包み込むようにカーテンを大きく広げた。それを『位置事停止術イージス』で固定する。しかし、それではまだ隙間が多い。そこにジョーが氣を集め、隙間を埋めるように鋼鉄の板を作り出す。


 また表示の桁が一つ減る。


 いったい何進数の表示なのかは分からないが、少ない桁ほど加速度的に早くなくなる。残り時間はほとんどないはずだ。

 皆は何かの衝撃に備える。時間が静かに過ぎる。

 突然、何かの振動音が、壁を伝わって聞こえてきた。直後に、脳内に直接声が聞こえた。


『とりあえずもう大丈夫だろう』


 エースのテレパシーだ。ジョーとクーリスが術を解く。


 窓際に、エースの姿があった。その背後の空では、何かが爆発した後の煙が広がっているのが見えた。エースが瞬間移動で犯人ごと外へ転移し、放り出したのだ。

 エースが尻餅をつくように座り込む。


「ヤバかった。ギリギリだった。それでも、有効な情報が一つだけあったな」


 この状況でも、テレパシーによる情報の共有はしていた。その中で一つだけ、無視できないものがあった。


 エースが言葉にする。


「実行犯は、もう一人いる」


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