実行犯
時間を少し戻す。
クォンがあっちとこっちを、行ったり来たりしているころ、メキサラの寝室に入る、二人の人影があった。
エースと、その付き人だ。
二人は入り口の扉を閉めもせず、部屋の中を見回した。
先ほど一通り調べた、そのときとなにかが変わったようには見えない。
「エース様、まだここに手掛かりがありますかね?」
エースは『完全に不完全な檻』の鉄格子を握って中をのぞき込みながら返事をする。
「探せばまだなにかあるだろ。多分」
付き人ものぞき込むが、ベッドと、その上の黒い煤のようなものがあるだけで、やはり他に特別なものは無さそうだ。
「もしどうしても見つからなければ……」
エースが振り向き、不敵に笑う。
「作ればいいさ」
そのとき突然、入り口の扉が閉じた。二人が振り向くが、なにも見えない。
「おかしいですね。自動的に閉まるような仕組みにはなっていないはずですが」
付き人のセリフに、エースが確認のため扉へ向かって歩きだす。
扉に手を伸ばしたとき、不穏な気配を感じた。
扉? いや、部屋の中。やはり何かがいる?
部屋を見回したそのとき、突然、彼の胸から槍の穂先が飛び出した。
瞬間的にエースは、槍が完全に急所を貫いていて、もう助からないことを察した。
なんとか背後の、槍を持つ暗殺者の姿を確認しようとするが、どうしても見ることが出来ない。
いや、これは。
(角度の問題じゃない。姿を消した、不可視の犯人!)
だが、時すでに遅し。すでに、彼の活動限界をこえようとしていた。
付き人は、突然のことに、身動き一つとれなくなっていた。
動けない彼が最期に見たのは、迫り来る、青く輝く瞳だった。
時を戻して現在、ジョーとクーリスは執事風の男に案内されて、メキサラの寝室へと急いでいた。
今回はキリも一緒だ。パジャマを着替える暇はなかったが、その上から鎧を装着した完全武装だ。
メキサラの寝室の前まで来ると、扉の前に二人の人が立って話していた。
エース達だ。
って、エース〝達〟?
「テメー死んだんじゃねーのか」
ジョーがエースの胸ぐらを掴んで揺さぶる。
「まてまて、俺は」
次の瞬間、そのエースはジョーの背後にいた。
「《超能力者》だ」
青く輝く瞳で告げるエース。
超能力は本人の資質がかなり影響する能力だ。練習してどうにかなるものでもない。さすがに本人と断定して問題ないだろう。
「貴様、いままでどこにいた」
「それはまた後にして、まず先にやることあるんじゃない?」
詰め寄るクーリスに、寝室を指差すエース。
「一応『檻』に入れといたけど、まだまだ元気だから気をつけろよ」
言いながら扉を開けるエース。
「待て、先に状況を……」
「うん? どうした?」
引き止めようとするクーリスにそう言いながらも、エースは部屋の中に入ってしまった。
残った方は、両手の平を上にして、肩をすくめている。
仕方なく、エースの後に続いて寝室に入るジョー達。
「うわっ。なんじゃこりゃ……」
寝室のなかは、大変な有り様だった。
ほとんどの家具が破壊され、壁紙もズタズタに切り裂かれている。
ガラクタに気をつけながら辺りを見まわす。
「んで、肝心のヤツはどこにいんだ?」
ジョーが檻をのぞき込みながら近づく。
檻の中ではベッドが半壊していた。その上には、新たな死体があった。胸を貫かれ、首を切られている。頭もベッドの上にあり、確かにエースの顔だった。それらが、あの黒い煤のような物にまみれていた。
「気をつけろ。あんまり近づかない方がいいぞ」
エースの忠告の直後、見えない何かが檻の隙間から突き出た。ジョーはなんとかとっさにかわす。
動きの速さのためか、突き出された武器の迷彩が一瞬解け、それが槍であることがわかった。
「こ、これは!」
ジョーが飛び退き、戦闘の構えをとる。
「見えないってのは、アレか、あの、こ、こうかく、なんとかいう」
「光学迷彩か」
クーリスも、目をこらして檻の中を探る。が、やはり犯人の姿は見えない。
するといきなり、檻の隙間から円盤状のものが飛んできた。
それは縁に刃物が仕込まれていて、間一髪よけたエースの前髪を数本散らして壁へ刺さった。かと思うと、回転しながら壁を切り裂いて走り回り、残っていた照明を破壊したところで壁から離れ、檻に戻っていった。
「あー、なるほどなー。今のオモチャが、首を切った凶器ってワケかい」
ジョーが呟いたとき、今度はそこにいる六人にそれぞれ一つずつ、円盤が同時に襲いかかってきた。
ジョーは錬成した剣で切り落とした。
クーリスは掌底ではたき落とした。
キリも鎧の硬い拳で殴りとばした。
残りの三つは《超能力者》エースが放ったエネルギー弾に弾きとばされた。
あとの二人は、対応できる戦闘系の技能が無かったのか、心なしか顔色が悪いがとにかく無事だった。
「おーおー、オレ様にケンカ売るたぁどういうことかわかってんだろうな。アァ?」
得意の武器を軽々と防がれ、姿は見えないが、檻の中からどこかしら戸惑いの気配を感じる。
ジョーが、周囲に氣を放った。
氣は檻を取り囲むと、短剣、槍、刀など無数の武器へと変化した。
「見えねぇんじゃあ、数撃って当てるしかねーよなぁ!」
ジョーが指を鳴らすと、無数の武器が檻の中へ殺到する。
檻の中は武器の嵐となった。長剣が床をこすり、トマホークがベッドを削り、鎌が通り抜けて壁に刺さる。檻そのものには傷がつくことはないが、部屋の中はさらにひどい状況になった。鉄格子に阻まれて、中に入りそびれるものがあるのはご愛嬌。その檻の中で、一カ所だけ反応のある場所があった。レイピアが弾かれ、手斧がそらされ、鉈が何かにかすめて火花が散った。
「おい、殺すなよ。話は聞く必要がある」
クーリスが檻の横手にまわり、技の効果範囲からベッドを外す。
腰を落として右手を腰の後ろへ引き、構える。効果範囲と威力を計算し、気合いと共に拳を突き出した。
『爆斗震拳』
衝撃波が部屋を震わせた。
檻の向こう側の壁の全面にヒビが広がる。城の壁がしっかりしていたおかげで耐えはしたが、普通の建物なら青空が見えていただろう。
「ヒトのこと言えねーだろ」
ジョーのぼやきももっともだが、そのぶん十分な効果があった。
衝撃波に吹き飛ばされた犯人が、檻に激突した影響でか光学迷彩が解け、その姿を現していた。
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