さらなる悲劇

裏切りの予兆

「えぇ? ホントに? だって一番アレなエース様でしょ?」


クォンをして、一番アレと言わしめる《探偵》エース。お気の毒に。


「弱点なんだから、そんなもんじゃね?」


 ジョーは軽くながす。


「だからこそ、いよいよ居場所が気になるじゃん?」

「……予想はついてるの?」


 うーん、と腕組みをして唸りながらクーリスを見るジョー。


「私は、アインヘル探索に向かった集団の中にいるのではないかと思っている。戦力が集中しているぶん、守りやすいはずだからな」

「そーかー、なるほどー」


 クォンは、なんだか大仰にうなづいている。


 そのとき、プルルプルルルと、なにかが鳴った。


 部屋の中? テーブルの裏? もっと近く? 誰かのポケット?


 それは、ジョーがエースから奪い取った、エース達直通の通信機のコール音だった。


 すばやく取り出したジョーは、通話ボタンを押す。


「なんだ」

『ジョーか? そこにクォンはいるか?』


 エースの声は、今までにないほど焦っていた。


「なにかあったのか?」

『いきなり結界が作動し始めた。念のためにクォンをこっちに、おお、じゃあまた事態が進展したらそっちにやるから』


 それだけ言うと、一方的に通話を切ってしまった。


 気付くと、クォンがいない。エースの元へ行ったようだ。


「ふぅ……」


 めずらしく疲れた様子で、ジョーがソファに腰を下ろした。


「うまくいくと思うか?」

「エースのことだ、なんとでもするだろう」

「そーじゃなくてさー」


 ジョーは右手で自分の顔をつかむようにして、左右のコメカミを揉む。


「あー、頭爆発しそうだぜ。もうわけわかんねー」

「お前にしてはよくやってるよ」

「はぁ? バカにしてんのかテメー。オレ様にできねーことはねーんだよ」


 言い返す言葉にも、勢いがない。

 だれが敵で、だれが味方なのか。

 可能性を模索するしかないが、それは想像以上に精神力を消耗した。

 クーリスが、資料の束ををあらためてめくりながら言う。


「とりあえず罠を張りつつ、まずはメキサラとエースを殺した実行犯を捕まえるところから始めるか」

「おーおー、簡単に言ってくれるねー。なにか策があんのかよ」

「罠の張り方次第だろう。次の狙いもわかっているんだ、おびき寄せるくらいやってやるさ」

「狙い?」

「真犯人がエースでないなら、今狙われてるのはエースだ。二手に別れて両方を見張る」

「地道だねぇ、ってソレ、オレ様も数に入ってんのか?」

「当たり前だろう。他に誰がいる?」

「ザケンな。オレ様はテメーに使われるつもりはねー」

「ちょっと! 二人ケンカしてる場合じゃないよ!」

「コンちゃん!?」


 またも突然、二人の死角からクォンが現れた。かなり焦っている。


「どうした? なにかあったか?」

「結界が本格的に起動しそうだって。もし居場所がバレてたらヤバいから、一度こっちに戻って来るって。計画の途中だけど、死んだら元も子もないって」


 クォンはクーリスに手を差し出す。


「だから、ゲート環、また貸して!」


 話が急すぎて戸惑うクーリスだが、ズボンの隠しポケットのゲート環を探す。

 その間にジョーがクォンにたずねる。


「そこまで場所がわかってんなら、ウチの兵隊で囲むか? 時間は多少かかっても、確実に落とせるぜ」

「えー? いいのかな、そんなことして」


 腕組みをして、うーんと悩むクォン。


「どっちにしろ準備しとくにこしたことはないんだから、やっとこうぜ」

「それもそうかも? かもかも?」

「じゃあ、準備するから、場所と地形を教えてくれ」


 ジョーは自分の携帯通信機を取り出し、番号を呼び出す。

 クォンはコメカミに人差し指をあてて考える。


「えーとたしか、アストラル山脈を越えて、犬死毒沼を渡って、それから……アレよアレ、なんだっけ? アレだよ」


 悩みながら部屋をうろうろするクォン。ハッと顔を上げる。


「うっそう森のえんどう山!」

「けっこう遠いな」


 剣山帝国から軍隊を出すとすると、到着に数日はかかる。そのうちに逃げられては意味がない。こうなったら、シャクだが背に腹はかえられない。クーリスからゲート環を借りて、直接送り込むしかないか。

 ジョーがそんなことを考えていると、クォンが続ける。


「その……」


 直後、プルルプルルルと着信音がセリフをさえぎった。

エースからの直通通信だ。

ジョーがつなぐ。


「どうした? せっかくだから、お前らと入れ違いでウチの兵隊を……」

「早くゲート環を! 罠が発動……! がっ! ……!」


 突然ガガリッというノイズがしたあと、通信機からはなにも音がしなくなった。


「おいエース? エース!?」


 ジョーが叫ぶが、通信機はうんともすんとも言わない。

 ジョーがはっとして振り返る。


「行くな!」


 しかし、そこにクォンの姿はなかった。


「クソッ!」


 ジョーがテーブルを叩くと、それはミシリと音をたてて歪んだ。

 クーリスは突然の展開に、やっと取り出した一対のゲート環を摘まんだまま動きを止めている。


「どうした?」

「エースが……やられた……!」

「なん……だと?」


 クーリスはゲート環を握りしめた。


「コンちゃん? コンちゃん!」


 すぐにでもまたクォンが姿を現すのではないかと、あちこち振り向くジョー。

クォンの能力は、誰も見ていない所から出現する能力だ。ソファのうら、ベッドの下、クローゼットの中。見えない所を探し始めるジョー。だが、一向に現れる気配はない。


 ジョーは錬金術で、唐突に陶器の皿を両手に作り出した。


「クソッ! クソッ!」


 その皿を、壁に投げつける。

 派手な音をたてて割れる皿。

 壁紙が破れ、壁材が傷むが、次々に皿を錬成しては割っていく。

 抑えきれない怒りややるせなさを、皿を破壊することで発散しているのだ。


 クォンがゲート環を持って行かなかったため、今すぐにエース達の安否を確認することは出来ない。だから、エース達が無事なのか、罠にやられて全滅しているのか、現時点では確率は五分五分だ。


 だが、クォンの場合は違う。


 エース達が全滅していた場合、あのタイミングでその場に出現したのなら、クォンも無事ではすまない。


 逆に、エース達が無事な場合、それでもクォンは無事にはすまない可能性が高い。


 なぜなら、アインヘルの強襲そのものが、エース達の自作自演である可能性が高くなるからだ。


 その場合、クォンは口封じのためにエース達に殺されているだろう。


「ウオォーーー!」


 ジョーは、一抱えほどもある大きな壺を作り、力いっぱい壁に投げつけた。ひときわ大きな音をたてて壺が砕ける。


「ジョー、落ち着け。まだクォンが死んだと決まったわけではない」


 ジョーが振り向きざまに、クーリスに何かを投げつけた。大きめのガラスの灰皿だった。

 クーリスはそれをがしっと受けとめる。


「せっかくエースの核というエサを撒いたんだ。針にかかれば内通者の正体も浮かび上がる」


 ジョーがビー玉を弾丸の速度で撃ち出すと、クーリスの持つ灰皿に当たり、双方とも綺麗な響きをあげて砕けた。


 クォンが無事な時、それは。


「コンちゃんが裏切り者だって言いたいのか!」


「え? クォンちゃん、裏切り者なの?」


 突然かけられた声に、ジョーとクーリスが同時に振り向く。


 そこには、パジャマ姿でびっくりした顔のキリが立っていた。


 しまった! いつから聞いていた!? これでは情報の分散が……。


「裏切り者には死を! なの?」


 なぜかワクワクした顔でキリがジョーとクーリスを見比べる。


「いや、そうと決まったわけでは……」


 クーリスが、なんとかわかりやすく状況を説明しようとしたとき、部屋の扉がノックされた。


「なんだ?」


 ジョーが声を返すと。


「ジョー様、クーリス様、お知らせがございます」


 それは、執事風の男の声だった。

 ジョーが扉をバッと開けると、まっすぐ立っている男と、扉の脇から恐る恐る中を覗いている、キリの付き人の女性がいた。

 彼女、なんでこんなにビクビクしてるんだ? あー、アレか。さっきの皿割る音で、またスーパーハイテンションが始まったと思ったのか。


 そんな女性を残して執事風の男は部屋に入り、扉を閉めた。


 男は、部屋の中の三人を見回す。キリがいることを確認すると、ジョーとクーリスに目配せをする。


「どーせ隠しとけることじゃねーんだろ。かまわねーよ」


 ジョーのセリフに、では、と姿勢を改める男。


「皆様にお伝えすることが二つあります。良い知らせと悪い知らせ、どちらからになさいますか?」


 おお、定番のシチュエーション?


「希望は後に残したい。まずは悪い知らせから頼む」


 クーリスに向かってうなずくと、執事風の男は口を開いた。


「エース様の一人が、また殺害されました」


 しまった! 事が起こるなら深夜だと思っていた。後手後手に回ってしまう流れに、クーリスは焦りを感じた。しかし、まずは情報だ。


「では、良い知らせというのは?」


 執事風の男は、苦い笑顔を向けて告げた。


「その犯人を捕らえました」


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