エースの秘密

「けどよー、キリはエース自身があんだけ否定してたんだぜ? 今更裏切りってことがあるか?」

「近すぎて気付かぬこともあるだろう。一緒に旅をするうちに情が移ったのかもしれない。本人にも、もしかしたら自覚は無いのかもしれないし、もしくはエースの情を逆に利用しているのかもしれない。今も……あの扉の向こうで、耳をすませているのかもしれない」

「それはさすがにないんじゃないかな。シャワー浴びながら外の音を聞くのは、結構難しいよ」


 クォンは、それを考察してみる……ふりをして。


「なるほど、それならエース様の隣にいる邪魔者を要領よく排除できるな……」


 心の闇がちょっと漏れてきた。


「それはそれとして、ジョーちゃんは? 犯人は誰だと思う?」


 ジョーはクォンをまっすぐ見ながら言う。


「コンちゃんには悪いけど、オレ様は最初からずっとエースが怪しいと思ってる。正直、アインヘル黒幕説だってマユツバもんだぜ」

「まてまて、エースは……エースの一人は被害者だぞ。自ら自分を殺すか?」


 ずいぶん高度な自殺だな、とクーリスは茶化すように言う。

 クォンは静かに聞いている。


「そこだ。元々疑われてたんだから、いくらなんでもそこまでしねーだろってとこまでやって、やっと最重要容疑者から抜けられんだ。身代わりの生贄を用意する価値はあるって判断だろ」


 ジョーは話しながら、その勢いを増していく。


「だいたい、各地の事件を起こすのに、一番都合の良かったのはエース本人だ。パッと見、いまそこにいるエースが何人なのか見分けがつかねーから、別行動も取り放題だし。今だって実際にはどこに誰がいるのかわかんねーし」

「お前は、全てのエースが裏切り者だと思っているのか?」

「さすがに一人二人がこっそり別行動とってたら、他のエースが気付かないわけねーだろ。腐っても《勇者》エースだぜ。内部で意見が分かれてるなら、あんなに普通にしてねーよ」


 普通に……? ジョーは自分のセリフに引っかかる。そういえば、エースに何か違和感を覚えていたような……? 髪をくしゃくしゃかき乱しながら少し考えてみたが結局まとまらず、とりあえず意見を続ける。


「殺されたエースが《次元士》だってのもアヤシイもんだ。メキサラを殺るのに一番適したヤツが同時に殺されてるなんて、都合がよすぎるってもんだろ」

「おまえは、メキサラを殺したのは、《次元士》エースだと思っているのか?」


 だとするとどうなる? クーリスは思考する。


 エースの用意したであろうシナリオはこうなる。


 まず《次元士》が『完全に不完全な檻』に入り、メキサラを殺害。

 その後、シャワールームで殺されることで死亡推定時刻を早め、《次元士》が先に殺されたように見せかけるアリバイ工作をする。


 これで容疑者から外れるはずだった。


「だとすると、『手がかり』がなさすぎる」

「手がかりなんて、探しゃあいくらでも出てくんだろ」

「そうじゃない。メキサラの『完全に不完全な檻』の中に、誰が見てもそうでるとわかるはずの『手がかり』がなければならんのだ」

「なんのことだ?」

「檻の中に入らなければ成せない、『檻の中に入った確かな証拠』だ。それがなければ意味がない」


 被害者以外であの檻に入れる唯一の者が、その事件よりも先に殺されていた。だから犯人は、檻の中に入る能力を持った第三の者である。そんなシナリオでなければならないはずなのに、檻の中に入ったその証拠がない。

 だからこそ、事件の発覚したときには檻の外からメキサラを殺せる手段を模索していたのだ。


「それはアレだ、メキサラの死体になにか細工をしてたのに、朝になったらあんなになっててわかんなくなったとか」


 確かにスジは通る。が、そんなミスをするだろうか? 例えば、檻のスキマを通らないほどの大きさの物を持ち込むだけでもいいのだ。策士、策に溺れるとか、そういうことだろうか?


「結局、エースは容疑者から外れることに失敗したのか」

「いちおー、被害者のほうにまわったんだ。アイツがそーとーイカレた犯人でないなら、無実なんだろ」


 やけっぱちに言うジョーは不満なようだ。エースが犯人だとすると、アリバイ工作に失敗している、ということで逆にエース犯人説の自信が揺らいでいるのかもしれない。それを吹っ切るように続けた。


「とりあえず今一番問題なのは、《超能力者》と《探偵》がどこにいるのかだ! 他のエースに聞いても「別行動している」としか答えやがらねぇ。どう考えたって怪しいだろ! この期に及んで他のどこにいるってんだよ!」


 クォンがうんうんと頷く。


「たしかに、まったくわかんないってのはイライラだよね」

「それに、これは昨日、あーもう一昨日か、オレ様達も初めて知ったんだけど……」


 ここでジョーはうっすらと氣を放ち、周囲の気配を探った。

 部屋の中に怪しいものはない。キリはまだシャワーを浴びているようだ。脱衣所にも誰もいない。

 部屋の外、扉の横にメイドの女性が椅子に座っている。本を読んでいるようだ。彼女には昨晩の事件のときのアリバイがある。中の会話が聞こえているとも思えないが、仮に聞こえていても問題ないだろう。

 ジョーはクーリスに目配せし、クーリスも頷き返す。

 ジョーが改めて口を開く。


「エースには弱点がある」


 クォンは不意の話に目をぱちくりする。


「え、なに? 何の話?」


 クーリスが口を開いた。


「エースの一人に、ジョーの城で話を聞いた。実はエースには全員を同一人物たらしめる、核となる者がいる。おおざっぱな表現になるが、その一人がオリジナルで、他のはコピーみたいなものらしい」

「だから、もしそいつが死ぬようなことになれば、残りの十人……もう九人か、その同一性が無くなって、ただの九人の達人集団になる」


 クーリスのセリフを引き継いだジョーに、クォンが問いかける。


「どういうこと? だからってなにか問題ある? いやまあ、エース様が殺されるのは問題だけど」

「《勇者》がいなくなる。つまり……」

「アインヘルを止めるのに、苦労することになる。最悪……」


 言葉を継いだクーリスは、バスルームの扉を見た。


「キリを抑えられる者が、いなくなってしまう」

「えっ……」


 クォンはクーリスとジョーを交互に見た。二人とも、ふざけている様子はない。


「その話、本当なの?」


 頷く二人。

 しばらく沈黙が続いた。かすかにシャワーの音が聞こえる以外に、変化のない時間が過ぎる。


「それで……」


 静寂を破ったクォンは、なにか、覚悟を決めた顔で言葉を続ける。


「その弱点、核となるエース様は、誰なの?」


 クーリスは、じっとクォンの目を見つめ返す。お互いに、真意をはかり、見極めようとするかのように。あるかないかも分からない、裏の意図を見抜くように。


「エースの核は……《探偵》だ」


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